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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
52/95

9  7月28日(月) 雪見さんのお弁当(1)


「サトリ。そろそろ戻ろうよ。」


ユキナの声で我に返って時計を見ると、12時15分。


「あれ、もうこんな時間? じゃあ、みんなに声を掛けなくちゃ。」


(12時までに戻りたかったのに……。)


去って行くユキナと反対方向に部員を探して歩きながら、心の中で舌打ちする。

ここ、市立図書館から学校までは10分くらいはかかるだろう ――― 。



今朝、被服室に集合しておはなし会の打ち合わせを始めた。

けれど、すぐに壁にぶつかってしまった。

わたしたちはあまりにも、絵本も物語も知らな過ぎて。

絵本のリストなどは解説書にたくさん出ているけれど、実際にどんな本なのか、自分たちが読みたいかどうか、まるで見当がつかないのだ。


困って雪見さんに相談に行くと、駅への途中にある市立図書館に行くといいと教えてくれた。

子どもの本のコーナーがあり、絵本もたくさんあるという。

市内の学校に通っている生徒なら借りることもできるから、生徒手帳を持って行くようにとも言ってくれた。


児玉先生に部員全員で図書館に行きたいと伝えると、念のためにと図書館に電話をかけてくれた。

お陰で図書館では司書さんが必要なことを教えてくれて、貸し出しカードもすぐに作ってもらえた。

図書館でやっているおはなし会のチラシもくれた。


スムーズに事が運び、絵本もストーリーテリング用の本もたくさんあって、全員テンションが上がった。

みんな夢中になって本を探していたけれど……。


みんなに声を掛けて、それぞれが本を借りたりしていたら、学校に着くのは12時半ごろ?

いえ、みんなが抱えている本(貸し出しは上限6冊。)を見ると、借りるのも歩くのも時間がかかりそう。

その頃には、雪見さんはお昼ご飯を食べ終わっているのではないだろうか?


(ツイてないな……。)


みんなに気付かれないようにため息をつく。


(今日は朝から落ち込むことばっかり……。)


朝、歩きながら、携帯に入れた雪見さんの情報を見てあれこれ考えていたら、赤信号に気付かなかった。

危ないところを助けてくれたあの子のお握りは地面に落ちてしまうし、倒れた自転車は変な音がして。

本当に申し訳なかった。


絵本選びで雪見さんに会う口実ができたと喜んだのも束の間、「市立図書館へ」というアドバイスであっという間に終わってしまった。(アドバイスとしては的確だったけど。)

日焼けしていることに気付いて話題を振ってみても、「うん、友達と海に行ったから。」で終わり。

そのあと図書館に行くことを考えると、ぐずぐずと話をしているわけにはいかなかった。


昨日、あんなに気合いを入れて選んで来たコロンにも気付いてもらえなかった。

わたしのお小遣いだとけっこう奮発した値段で買ったのに。


さらにがっかりしたのは、児玉先生のところに行ったとき。

前の日にいろいろな香りを嗅いでまわったせいか、わたしの嗅覚は敏感になっていたらしい。今まで気付かなかった児玉先生の香りに気付いた。

それはとても微かで、もう一度確認したくなるくらい一瞬だったのだけど。


わたしも気に入ったものの高くて買えなかったフランスのブランドのグリーンティの香り。すぐに分かった。

値段が高いだけじゃなく、大人の女性じゃないと似合わないと思った香りだった。

それを、児玉先生は使いこなしている。さり気なく、上品に。

それに比べると、わたしの使っているシトラスの香りが、これ見よがしに思えてしまう。


べつに児玉先生をライバル視しているわけではない。

でも……同じ女性として、自分の未熟さにがっかりしてしまうのだ。


そして今は、狙っていた昼休みの職員室訪問がふいになりつつある。

まあ、学校に戻ったら児玉先生に報告に行く必要があるから、怪しまれない口実はできたけれど。


(解決したこともあるけどね……。)


あの男の子の名前が分かった。


学校に着いてから、 ボラ部の一年生の木場さんに名前を尋ねてみると、「広瀬くん」だった。

それを聞いて、 “中国地方に関係がある” というのは、 “広島” と “瀬戸内海” だったと思い出した。

あのときに一緒にいたおとなしい男の子は「根本くん」だそうだ。


駅前での一件を話し、お詫びをしたいと言うと、サッカー部は今週は午前中に練習があるはずだと教えてくれた。

午後には図書室で夏休みの課題の本を読むとか。

「よく知ってるね。」と感心すると、なんと昨日、根本くんとデートしたそうだ。


「木曜日に図書室で会ったときに誘われて……。」


と、恥ずかしそうに教えてくれた。

彼も木場さんも、とってもおとなしそうなのに……と、びっくりした。

とは言え、生徒同士なら何も障害はない。

でも、高校生と社会人となると……簡単にはいかないのだ。


ともあれ、自転車のことが心配だから、午後になったら図書室をのぞきに行ってみよう。

……雪見さんもいるし。




学校に着いたときには12時40分になっていた。


「児玉先生に戻ったって言ってくるから、先にお弁当食べてて。」


昇降口でみんなと別れて二階へ上る。

右側の図書室の廊下に雪見さんがいないかと空しい視線を投げてから、左へ。

すぐ前にあるA棟の廊下を左に進み、ノックをして職員室の戸を開けると、冷房の効いた爽やかな空気が流れ出た。

長く開けておくともったいない気がするので、一歩中に入って戸を閉める。


(児玉先生……?)


職員室の中央あたりにある児玉先生の席にはいない。


わたしが入ったのは校長先生の席とは反対側の入り口。

この正面の一番窓の近くに雪見さんの席があるけど、雪見さんも見当たらない。


「あははははは!」


「何それ〜?!」


(?)


職員室では聞いたことがない笑い声。

声の聞こえた左奥の方に目を向けると、何人かの先生たちが一つの机を囲んで楽しそうに話をしていた。


(あんなふうに笑ったりするんだ……。)


体育の小野先生(女性)や美人の横川先生、バレーの上手な中林先生と伊藤先生、サッカー部の内田先生。

この学校では若手と言える先生たちが、くつろいだ様子で笑っている。


「あ。佐藤さん?」


呼ばれて視線を移すと、雪見さんの席の方から児玉先生が小走りにやって来た。

手にえんじ色のお弁当箱を持っている。


「待たせちゃった? ごめんね。みんな戻ったの?」


「あ、はい。」


「よかった。1時になっても戻らなかったら、呼びに行こうと思ってたの。」


いつもの屈託ない笑顔の児玉先生は、向かい合うとわたしよりも背が低い。

でも、明るさと大人としての自信のようなオーラがあって、それほど “小さい” とは感じないのだ。


「みんな夢中になってしまって、気付いたら12時を過ぎていて……。」


「そうなの。じゃあ、行った甲斐があったってことだね。よかったね。」


「はい。……あのう、先生、今、どこから出て来たんですか?」


お弁当箱を持っていきなり現れたなんて、不思議だ。


「え? ああ、奥の右側に給湯室があるの。お弁当箱を洗って来たんだよ。」


「そうなんですか……。」


“給湯室” 。

小さいキッチンみたいなもの?


「あ、じゃあ、これで失礼します。これからお昼なので。」


「はい。報告ありがとう。あとでちょっと顔を出すね。」


お辞儀をすると、児玉先生はにこにこと手を振って席に戻って行く。

わたしも廊下に出て、「失礼しました。」と言いながら戸を閉めようとした ――― とき。


(雪見さん?)


児玉先生が言っていた給湯室らしき場所から雪見さんが出て来た。

その手には黒いお弁当箱が。


(お弁当?!)


雪見さんがすぐそばの自分の席に行くと、手元は見えなくなってしまった。

戻って確認したかったけど、閉めかけた戸を途中で開けるほどの理由が思い付かない。

思いっきり心残りのまま、静かに戸を閉めた。







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