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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
51/95

8   広瀬勝吾 7月28日(月) 朝のできごと


(簡単には会えないなあ……。)


月曜日の朝、雀野駅前のコンビニで昼食を買いながら思った。


今週の部活は午前中。

そのあと昼飯を食べて、午後から図書室に寄る予定。

課題の本は雪見さんの勧めで借りたけど、結局、家ではダラダラ過ごして読まなかった。

図書室に行けばほかにやることがないから、本を読むしかないのだ。


金曜からは、サッカー部のほかの一年生も図書室に通い始めた。

最初は俺のことを笑っていた友人たちも、俺が本当に宿題を始めていると知ったら不安になったらしい。


けれど、佐藤先輩にはあれ以来会えていない。

金曜にも、俺は学校に一日中いた。

なのに、一度も見かけなかった。


ボランティア部がどこで活動しているのかも知らない。

職員室に行けばたまちゃんがいるだろうから、訊くことはできると思う。

だけど、そんなの変に思われるに決まってる。


(あーあ。夏休みなんて………いや、「なければいい」とまでは思わないけど。)


学校に通っている時期なら、同じクラスの木場に訊くことだってできる。

なのに……。


レジでお金を払って自動ドアに向かう。

ドアが開いて暑さがぶわっと襲いかかって来た瞬間、ほんの2、3メートル先を通り過ぎたのは ――― 。


(佐藤先輩?!)


うちの学校の制服に、毛先がくるんと巻いているポニーテールの横顔。

熱心に携帯の画面を見ながら駅前ロータリーの先にある信号に向かっている。


慌てて追いかけようとして、自転車があることを思い出した。

俺の家は駅の反対側で、自転車で通えるということがこの学校を選んだ理由の一つだった。


(早く早く早く!)


先輩も一人、俺も一人。

この時間なら、一緒に学校まで歩いても、練習にはどうにか間に合う。


やたらとガチャガチャいわせながら鍵を開け、自転車を引きながら先輩を追う。

周囲にもうちの学校の生徒はいるけれど、俺の知り合いは見当たらない。

歩行者信号は赤。絶対に追い付くはず。

こんなチャンス、二度とないかも知れない!


もうすぐ信号というところで、そろそろ声を掛けてもいいかと思った。

さあ!

息を吸い込んで元気良く!


「さ……。」


(あぶない!)


赤信号なのに、佐藤先輩は止まらなかった。

携帯の画面を見たまま、道路に踏み出しそうになっている。

こういうとき、ものすごくドキドキするって初めて知った。

先輩を止めようと手を伸ばしながら、間に合うだろうかという不安と、間に合わなかった場合の景色が脳裏に浮かぶ。


「先輩! 赤です!」


あと一歩で道路に出る、というタイミングで間に合った。

がしっ、と先輩の右腕を握るのと、後ろで「ガシャーーーン!」と大きな音がしたのがほぼ同時だった。


「わ!」


腕をつかまれた佐藤先輩が驚いて俺を見て、すぐにもっと後ろを振り返る。

俺も後ろを見ると……。


(俺の自転車……。)


スタンドを立てないまま手を放してしまったので、当然、自転車は倒れてしまっていた。

そのそばに、前かごに乗せる程度にしていたサッカー部のエナメルバッグと、さっき買ったおにぎりが飛び出しかけたコンビニの袋がだらしなく横たわっている。

周囲を通る人がチラチラと俺たちと自転車を見て行く。

うちの学校の生徒が少し離れたところで足を止めている。


(うわ……、なんか…カッコ悪……。)


佐藤先輩にこんなところを見せたくなかった。

もっと爽やかに、颯爽と登場したかったのに。


「あ……、すみません。」


急いで手を放して自転車を起こしに戻る。

恥ずかしくて、先輩の顔を見ることができなかった。

自分がもっと要領が良ければ、自転車のスタンドを立ててからでも間に合ったかも知れないし、もっと早く追い付いていたかも知れないのだ。


うじうじと考えながら、自転車の具合を見ている風を装って、下を向いたまま自転車を起こしてスタンドを立てる。


――― と。


視界の端からローファーを履いた脚がさっと近付いて来て、エナメルバッグとコンビニの袋を手早く拾い上げた。

荷物を追って視線を上げると、佐藤先輩がバッグを肘にかけ、心配そうな顔でおにぎりについた砂を払ってくれていた。


「あの……、いいです。大丈夫ですから。」


俺の言葉に佐藤先輩が目を上げる。


「あの、ごめんね。それから…ありがとう。」


こんなときなのに、先輩の透き通るような声に心が踊る。

申し訳なさそうに俺を見る顔は、脳が瞬時に記録。


「いえ、その……。」


たちまち胸がドキドキして呼吸が苦しくなり、顔が熱くなる。

またしても、みっともない姿。


「えっと、あの……荷物を……。」


もぞもぞとしか言葉が出ないまま、バッグとコンビニ袋を受け取ろうと手を伸ばした。

サッカー部のバッグは女子にはかなり重いはずだ。


「ああ、はい。自転車は大丈夫?」


佐藤先輩がバッグを「よいしょ。」と肘からはずす。

それを受け取るつもりでストラップを掴んだのに、そのまま先輩は手を放さない。


「あの、重いですから…。」


「このくらい平気だよ。」


気さくな笑顔にまたドキドキしながら、二人で一緒にバッグを自転車のカゴに乗せた。

先輩が隣で身をかがめた瞬間、鼻先をかすめるレモンの香り。

先輩との距離の近さを急に感じて、幸せな気分が押し寄せる。


お礼を言おうと先輩の方に顔を向けると、先輩が困った顔でコンビニの袋を覗き込んだ。


「これ……どうしよう……?」


「あ、大丈夫です。食べられますから。」


ビニールに包んであるんだから、砂が付いたくらいどうってことない。

落ちた衝撃で多少形がいびつでも味が変わるわけじゃないし、先輩が手に持ったおにぎりなら周りのビニールも取っておきたいくらいだ。


「うーーーん、でも……、買い直すよ。コンビニはすぐそこだし。」


「あの、いえ、いいです。本当に大丈夫ですから。」


慌てて袋をつかむと、先輩は困った表情のまま渡してくれた。

それからパッと明るい顔になり、嬉しそうに「そうだ。」と胸の前で手を合わせた。


「お詫びにこれあげる。」


そう言いながら、肩に掛けている自分のバッグを覗き込む。


「飲み物なら、何本あってもいいよね? はい、どうぞ。」


差し出してくれたのは、500mlのスポーツ飲料のペットボトル。

受け取る決心がつかない俺に、「お詫びだから。ね?」と可愛らしく首を傾げて。


「……はい。どうも…ありがとうございます。」


ペットボトルを受け取ると、先輩がとても嬉しそうににっこりしてくれた。

それを見たら、なんだか頭がふわふわしてしまう。

いつのまにか自分も笑顔になってるし。


「あ、あの、部活、ですか?」


先輩が歩き出す前に急いで尋ねる。

ペットボトルはコンビニの袋に入れて、バッグの下のカゴの隙間に押し込んだ。


「ああ、うん、そうなの。」


返事を聞きながら自転車のスタンドを上げ、前に押し出す。

こんな出だしでも、学校まで一緒に行くことはできそうだ。


と。


キキキキキキ………。


(なんだ、この音?!)


びっくりして立ち止まると、音も止まった。


(もしかして、自転車?)


そっと動かしてみると、また「キキキ…」と音がした。

倒れたときに、どこかが歪んだらしい。


「やだ、どうしよう?!」


俺より先に佐藤先輩が言う。

驚いた様子で、両手で口元を覆っている。

きっと、自分の責任だと思っているんだ。そんなことないのに。


「あ、あの、大丈夫です。ちゃんと動きますから。」


ざっと見たところでは、ペダルは動くし、チェーンもはずれていない。ブレーキも効いている。


「でも……。」


「ホントに大丈夫です。あの……、すみません、先に行きます。」


「え? あ。」


自転車にまたがって、青信号が点滅し始めた横断歩道を一気に渡った。

一緒に学校まで歩きたかったけど、こんな音がする自転車を引いてなんて無理だ。

先輩は責任を感じてしまうだろうし、第一、うるさくて話をすることができない。


「キキキキキ……」と嫌な音を出す自転車をこぎながら、今朝の出会いは俺にとってプラスだったのか、マイナスだったのか考えてみた。


(インパクトは強かったと思うけど……。)


イメージ的にはマイナスか。

あーあ。






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