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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
50/95

7  7月24日(木) 首尾は上々


(やったよ……。)


夜。

ベッドに寝転んで、今日の午後のことを思い出す。


3時過ぎに被服室に来た雪見さんは、いつもの黒いエプロンをはずしていた。

淡いグリーンのボタンダウンの半袖シャツとグレーのパンツ姿は思っていたよりも細かった。

いや……、さすがに “細い” とは言えないけれど、 “お腹が出っ張っている” 状態ではなかった。

それに、エプロンをしていないと雰囲気が全然違っていて、何て言うか……若い男の人って感じ。


学校にいるのに先生とは違う。

大学生のようなお兄さんっぽさとも違う。

もしかしたら、 “サラリーマン” という人たちは、あんな感じなんだろうか?


いつもと違って爽やかな雰囲気の雪見さんにドキドキしてしまった。

そんな雪見さんをほかの部員にも見られることが悔しくなった。



やって来た雪見さんは、最初は少し用心深い顔をしていた。

でも、緊張が解けると自然な笑顔が出て、本の話をするときにはとても楽しそうだった。

その楽しさを共有することができて、幸せな気分になれた。


まあ、それも途中で終わってしまったけど。


「ふふ…。」


思わず思い出し笑い。


一通りのおはなし会についての質問のあと、部員たちの興味津津の質問が始まった。

雪見さんはどの質問も、一度ははぐらかそうと試みていたと思う。それに、何度か帰ろうともしていた。

でも、結局はわたしたちの強引さが勝った。

少し気の毒かな、とは思ったけど、ほかの生徒もいる図書室では聞けない話を聞きたいのだから仕方ない。

それに、女の子に囲まれて困っている雪見さんは何となく可愛くて、おまけをもらった気分♪


もちろん、情報もバッチリだ。


(ええと……。)


今日の成果をメモした携帯を開く。


『28歳。彼女なし。一人暮らし。浜山線鳩川駅。』


鳩川と言えば、児玉先生も住んでいるところだったはず。

あのあたりは県の真ん中辺だから、県立高校に勤めるには便利なのかも知れない。


『誕生日:8月11日』


これは簡単に教えてもらえたわけじゃない。

一番押しの強いユキナと2人の1年生が、しつこく尋ねたのだ。

分かったときには、心の中で3人に拍手を送った。

8月11日なんてもうすぐだし、この日はラッキーなことに部活の予定があるから、何かお祝いしてあげたい。


『中学から大学までサッカー部。今はフットサルのチームに所属。』


やっぱりスポーツ経験者だった。

しかも、中学から大学までずっとサッカーなんて、カッコいい!

まあ、最近は月に1回程度って言ってたから、「やっている」とは言い切れないかな。


ユキナが、サッカーをやっている写真はないのかと訊いたら、「今は持っていない。」と言われてしまった。

見せてもらえれば、痩せるとどうなるのか分かったのに。残念。


『身長:185cm  体重:? 』


体重は、4月から6kgくらい減ったのだと言っていた。

6kgなら、もう “誤差の範囲” とは言えない。

どうりで太って見えないわけだ。


ダイエットの方法は、食事と歩くことだそうだ。自炊を始めたとも。

それなりのものは作れるらしいけど、手の込んだものは無理みたい。


(わたしがお料理してあげたいなあ……。)


我が家は子どもに手伝いをさせる家だから、料理は小学生のころからやっている。

面倒だと思っていたけれど、こうなってみると有り難い。

雪見さんの部屋のキッチンでお料理をしている自分を思い浮かべて、嬉しくなってしまう。

彼女がいないのだから、可能性は十分にある。


(せめて、お弁当を作る、なんてどうだろう?)


好きな人のためにお弁当を作るなんて、考えただけでも気合いが入る。

カロリーと栄養のバランスを考えて、彩り良く。

食べたあと、「美味しかったよ。また明日もお願いしたいな。」なんて、あの笑顔で言われたりして……。


(いや〜ん! そんな!)


うーん……。


ここまで想像が広がったのは初めてだ。

やっぱりわたし、本気なんだ!!


どうしよう?

本当にお弁当を作っちゃおうかな?

夏休みで校内に生徒も少ないから、渡せるチャンスもありそうだし。


(あ……、でも……。)


『押しの強い女性は苦手』


好きなタイプは「特に決まっていない」と答えていたけど、苦手なタイプを訊かれたら即答だった。

もしかしたら、わたしたちがしつこく質問したから、牽制する意味で言われたのかも知れない。

だとしたら、勝手にお弁当なんて持って行ったりしたら逆効果だよね……。


それに、雪見さんが自分で持って来てたらダメだ。

残したら傷んで捨てることになっちゃうし、全部食べちゃったら食べ過ぎでダイエットに障る。


(事前に連絡できればいいけど、メールアドレスは教えてくれなかったしなあ……。)


さすがにこれは拒否された。


「僕に緊急の用事はないと思うよ。」


と、笑って。

いざとなったら顧問の児玉先生から連絡してもらえればいいからと。

まあ、先生ではないのだから仕方ない。


(事前に連絡なんかしたら、「いらない」って言われちゃうかな。)


うん、そうかも。

特別な関係じゃない生徒の一人からお弁当なんかもらったら、そのあとどうなるか分からないもんね。


とは言え、 “お弁当を作ってあげる” という思い付きが頭から離れない。


(そうだ! 今度、雪見さんのお昼ご飯を見に行こう。)


お昼時に用事を作って行ってみよう。

どんなお昼ご飯を食べているのか分かったら、話の持って行きようもあるかも知れない。


(……そういえば、今まで、雪見さんはお昼休みには食事をしていなかったっけ。)


お昼休みのお当番で図書室に行くと、雪見さんはいつも仕事をしていた。

わたしはかなり急いで行っていたのに、いつ行っても、食事をしているところを見たことがない。

つまり、学校がある間は、昼休み以外の時間にお昼を食べているのだ。


(だとすると、夏休みの今がチャンス? そうだ……。)


夏休みの課題のプリント類を出してみると、現国の読書課題の下に、図書室の開いている時間が書いてあった。

『開館時間 9:00〜12:00、13:00〜17:30』 ――― ということは、雪見さんがお昼を食べるのは12時から13時の間だろう。

どこで食べるのだろうか? 司書室? 職員室?

たしか、職員室にも雪見さんの席があったはずだけど……。


司書室だったら、見るのは難しそう。

午前中に行ったらお昼休みになるときに追い出されてしまうし、昼休み中に行くほどの用事はない。


(職員室に行ってみようかな。)


昼休みの時間でも、職員室なら追い出されることはない。

顧問の児玉先生に用事を作るのは簡単だし。


(そうだね。職員室に行ってみよう。)


次の活動日は来週の月曜日。

うん。楽しみ♪



そういえば……。


あの一年生たち、本当に楽しそうだったなあ。

あんなに無邪気に笑って。


三人とも名前を教えてもらったけど……なんだっけ?

ええと、一人は「イダくん」だ。賑やかな子。

で、もう一人は……お母さんがおはなし会のボランティアをやってるって……ええと……。

なんか、イメージは浮かぶんだけどな。確か、中国地方に関係がある名前だったと思うけど。

あと、もう一人、おとなしそうな子が…「ネ」が付いたよね。


やだな、思い出せない。

ボランティアをやっているお母さんがいるっていうから覚えておこうと思ったのに。

まだ高校生なのに、これじゃ困っちゃうな。


うーん……、まあ、いいか。

児玉先生のクラスの子だって分かってるもんね。

必要になったら木場さんに訊けばいいや。


うん。

あのお母さんがボランティアの子は可愛かった。

丸顔で、くりくりした目で、日に焼けて真っ黒で。白いワイシャツが似合ってた。

サラっとした髪が爽やかだったよね。

それに、あんまりうるさくないし、かと言って無愛想でもないし。

きっと、女の子に人気があるんじゃないかな。


「ふふ……。」


今年の夏休みは忙しくなりそう。

8月末には老人施設の訪問があるし、文化祭の準備もいつもより大変。

雪見さんとのことも、学校が休みの間に進めたいし……。

大変だけど、充実してるかも。


やっぱり文化祭では、わたしはストーリーテリングをやりたいな。

おはなしを覚えて語るなんて、絵本を読むだけよりも難しいもんね。

難しいことに挑戦して、雪見さんに認めてもらいたい。

ほかにやりたい部員はいないみたいだったから、個人的にアドバイスをもらいに行けそうだし♪


うん。やろう!


部活に恋、……あと宿題か。

本当に、今年の夏休みは忙しくなりそう!







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