5 広瀬勝吾 7月24日(木) 出会い
もう一人の主人公、登場です。
「ねえねえ。キミも聞きたいよねえ?」
夏休みの課題になっている本を読みに来ていた図書室で声を掛けられた。
学習コーナーには先輩たちがいたので、俺は一人で自由席に座っていた。
「はい……?」
顔を上げると、知らない女子の先輩。
上履きのつま先が黄色ってことは3年生だ。
「雪見さんのおはなし会。見たいでしょ?」
おはなし会……。
どんなものかは知っている。
俺が通っていた小学校で、朝自習の時間に母親ボランティアがやっていたから。
……というか、うちの母親もその一人だ。
(高校でおはなし会?)
そう思ったけど、話しかけてきた先輩には有無を言わせない勢いがあった。
「はい……。」
(まあ、本を読むのも飽きちゃうだろうから、気晴らしにいいか。)
そのとき。
その先輩の数歩後ろに立っている二人組が目に入った。
一人は2本の三つ編み、もう一人はポニーテール。
白いワイシャツに白いニットベスト、紺のスカート、紺のハイソックス。まったく普通。
でも、ポニーテールのひとの顔から、その一瞬で目が離せなくなって……。
要するに、一目惚れ。
黒目が大きい切れ長の瞳。低めの鼻とつややかなピンク色の唇。
耳からあごへのラインはすっきりして大人っぽい。
斜めに下ろした前髪からちらりと見える額は賢そう。
少し困った様子で、お腹の前で両手の指先を組み合わせている。
上履きのつま先は緑。2年生。先輩だ。
「よし。これで全員OKだね。」
3年生の先輩が満足そうに振り向いて、2年生の二人組と相談。
最終的にうなずく三つ編みとポニーテール。
3年生の先輩は二人を引き連れてカウンターの雪見さんのところに行き、交渉を始めた。
何度かのやり取りのあと、三つ編みとポニーテールの先輩は出て行ってしまった。
それを見送って、3年生の先輩の声が図書室に響いた。
「11時半から、雪見さんがおはなし会をやってくれまーす!」
学習コーナーからいくつかの歓声が上がっている。
(どうしようかな……。)
さっきは聞くのも悪くないと思ったけど、先輩ばかりの中に1年生が俺一人というのは居づらい。
せっかくの面白い話も、気を遣いながら聞くと、面白さが半減してしまう。
でも、今さら出て行くのは何となく悪い気がするし、もしかしたら、さっきのポニーテールの先輩が戻って来るのかも知れない。
(誰か呼ぶか。)
“誰か” と言っても、心当たりはそれほど多くない。
その中で、同じサッカー部で、気軽に誘いに乗ってくれて、おはなし会を楽しめるヤツ。
(伊田かな。)
午後に部活があるから、昼飯を持って早めに来てもらえばいい。
小学校から一緒だから読み聞かせを聞くのは慣れてるし、あいつは周りに気兼ねなく笑うから。
昇降口に降りて電話をかけると、あくびをしながらの返事が聞こえた。
「今、学校にいるんだけど。」
俺の言葉に伊田が慌てた。
「あれ?! 今日の部活、午前中だっけ?!」
「違うよ。ほら、図書室に行くって言っただろ?」
「え……、ああ! 本当に行ったのか!」
昨日の部活の帰り、現国の読書課題のために図書室に行こうと誘ったら、伊田も、ほかの1年部員も「真面目だなあ。」と俺を笑ったのだ。
笑われても夏休みの宿題の量はものすごくて、とにかく少しでも進めようと思って一人で来た。
図書室で本を読むなんて慣れていないから緊張したけど、雪見さんが課題の本の中から選ぶのを手伝ってくれた。
それに、話してみたら、雪見さんも中学から大学までサッカーをやっていたことが分かって、少し雑談をしたことで気持ちが落ち着いた。
「うん。空いてるし、冷房が入ってて快適だぜ。お前も来ないか?」
「図書室にか? 今から?」
気の進まない声。
「なんかさ、雪見さんが絵本読んでくれるらしいんだ。」
「絵本? 高校生にか?」
「そう。よく分からないけど、夏休みのイベントみたいなものかな? 11時半から。お前、好きだっただろ?」
「うん…、まあ……。」
どうもノリがイマイチだな。
「実はさ、美人の先輩がいるんだ。」
声をひそめて打ち明けるように言うと、伊田が食いついた。
「え? ホント?」
「うん。普段は近付けないけど、今日は人数少ないし、イベントなら話すチャンスもあるかも。」
「サッカー部の先輩は……?」
「来てなかった。誰も。」
「よっしゃ! 行く!」
急に気合いの入った伊田の声を聞きながら、誰が “美人の先輩” なのかは、伊田本人に判断してもらおうと決める。
好みは人それぞれだし、何も自分からライバルを作る必要はない。
「あははははは!」
(こいつを誘って正解だった……。)
隣で元気に笑っている伊田を横目で見ながら思う。
伊田は11時半直前に、もう一人のサッカー部員 根本を誘ってやって来た。
図書室に入らずに戸口から覗き込んでいるので、仕方なく俺が廊下に出ると、
「美人の先輩ってどこだ?」
と、あいさつもしないうちに訊くので呆れてしまった。
確かに前から「高校生になったら、絶対に彼女を作る!」と宣言していたのは知ってるけど……。
どう言おうかと迷っているうちに雪見さんが顔を出し、机を動かすから荷物を触ってもいいかと尋ねられた。
ちょうどいいタイミングだったので、「手伝います。」と申し出て、二人を引き連れて図書室に戻った。
机や椅子を並べているあいだに、女子が何人か図書室に入って来た。
さっきの二人の先輩もいるし、ほかにも女子ばかり7、8人。その中に、同じクラスの木場の姿もあった。
伊田はずっとちらちらと室内を見回していた。
集まった生徒は20人ちょっと。
雪見さんが「好きな席に自由にどうぞ。」と言うと、伊田は素早く席を決めて座った。
座りながら、「隣、いいっすか?」なんてさっきの三つ編みの先輩に声を掛けている。伊田のお気に入りはこの先輩らしい。
ポニーテールの先輩はその向こうに座っていた。
その隣は女子の先輩で埋まっているし、伊田や根本と離れて座るのは1年坊主の立場では憚られる。
仕方なく、伊田の隣の席に着き、根本も並んで座った。
雪見さんの用意したプログラムは、メリハリが効いていて面白かった。
最初に『これは のみのぴこ』という絵本、次が『100万回生きたねこ』という絵本、最後が笑い話の『エパミナンダス』。
最初と最後は知っている。小学校で聞いたことがあるし、うちの母親が家で練習しているのに付き合わされたこともあるから。
でも、男の人が読むのを聞くのは初めてで、今までとは違う味わいだった。
それに、真ん中の絵本は静かに読むのが似合う話で、雪見さんの低い声が雰囲気によく合っていた。
伊田は最後の話のときに、聞いたことがあると思い出した。
俺や根本に小声で話しかけ、面白いところでは素直に笑っている。
お陰で俺もリラックスして聞くことができて、小学校以来のおはなし会を十分に楽しむことができた。
『これはのみのぴこ』谷川俊太郎作、和田誠絵 サンリード 1985年
『100万回生きたねこ』佐野洋子作・絵 講談社 1977年
「エパミナンダス」 『エパミナンダス』愛蔵版おはなしのろうそく1(東京子ども図書館編集・発行 1997年)より




