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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
47/95

4  7月24日(木) いよいよ、というときに


「サトリちゃん。菜穂ちゃん。」


本棚へと向かう途中で左側の学習コーナーから声が。

少し先の通路横の席で、引退した坂川先輩が手を振っている。


「あ。おはようございます。」


慌ててあいさつをするわたしたちに、先輩が嬉しそうに微笑む。


「おはよう。久しぶりだね。元気だった?」


「「はい。」」


坂川先輩はフレンドリーで元気な先輩だ。

現役のときは副部長で、部長だった濱田先輩と、いつも漫才のような掛け合いで笑わせてくれた。


「今日は活動日なの? 今年も文化祭はアレ?」


坂川先輩の微妙な表現に笑いそうになりながら、少し得意な気分で答える。


「違うんです。今年はおはなし会をやるんですよ。」


隣で菜穂ちゃんも笑顔でうなずく。


「え?! おはなし会?!」


大きな声を出した先輩が慌てて口元を押さえた。


「はい。雪見さんが教えてくれることになっていて、今日、お手本を見せてもらうんです♪」


「見せてもらうの? いいなー。」


「ねえねえ、おはなし会って、この間の?」


向かい側に座っていた女子の先輩が、身を乗り出して坂川先輩に尋ねた。


「うん、きっとそうだよ。今日、ボラ部でもやるんだって。」


「え〜、あたしも聞きたい。ねえ、おはなし会だって。ほら、5組の…… 」


「河西くん、おはなし会って見たくない? ほら、5組と2組でやったって…… 」


(次々と話が広まって行く……?)


先輩たちの間でつながって行く話に割り込めず、かと言って、そのまま立ち去るのも失礼な気がする。

仕方なくその場に立っていると、そのうち坂川先輩が、机の間をまわり始めた。


(まさか全員に話をするつもりでは……。)


不安は的中し、坂川先輩はあっという間に自由席にも話を通して戻って来た。


「ねえ。みんな聞きたいっていうから、ここでやってもらおうよ。」


「え、あの……。」


それじゃあ、質問の時間がとれないんですけど……。


「今の部員は10人でしょ? ここに9人しかいないんだから、広さは問題ないよ。」


「はあ……。」


「あたしからお願いするから。ね?」


坂川先輩にこうまで言われたら断れない。

以前から自分の要望を通すのが上手な先輩だったから。


「はい……。」


わたしと菜穂ちゃんは、顔を見合わせてうなずくしかなかった。

それを見て、先輩は張り切って雪見さんのところへ。

わたしたちも仕方なくあとに続く。


「雪見さん。ボラ部でおはなし会をやるって聞いたんですけど……?」


カウンターの中にいる雪見さんに、先輩が話しかける。

雪見さんは、いつもの優しい笑顔でうなずいた。


「うん、そうだよ。」


「この前、3年5組でやったのと同じですか?」


「5組っていうと…、倉本先生のクラス? うん、同じだよ。」


「雪見さん! あたしたちも聞きたいんですけど!」


坂川先輩は両手を胸の前で握り合わせて、カウンターに乗り出すようにして言った。

その勢いに、雪見さんが一歩下がる。

それを見たら、ボラ部で質問攻めにされる雪見さんの様子が簡単に想像できた。


「え、ええと、ボランティア部の先輩……なんだよね? 11時から被服室でやるから、そっちに……」


「そうじゃなくて、ここで。」


「え? ここで? だって、勉強してる邪魔になっちゃうよ。」


「大丈夫。今、みんなに訊いたら、全員、聞きたいって言ってますから!」


「え? 全員?」


雪見さんが驚いている。

確かに坂川先輩の素早さには驚くだろうと思う。


「3年生のあいだで、面白いってウワサになってたんですよ。2組と5組だけしかやらないなんて、ずるいじゃないですか!」


ますますカウンターに乗り出す先輩に、じりじりと雪見さんが後退。


「ずるいって言われても、担任の先生からの依頼で……。」


「この子たちも、部員をこっちに連れて来るって言ってますから、お願いします!」


「ええと……。」


雪見さんがちらりとわたしたちを見たあと、


「いいのかな……?」


と、室内を見回す。

わたしたちもつられて見回すと、学習コーナーにいる何人かが雪見さんの視線に応えてうなずいている。


「…わかったよ。じゃあ、11時から。」


時計を確認しながらそう言った雪見さんが、すぐに言い直した。


「11時半からにしようか? そうすればみんな、そのままお昼の休憩に入るだろ? きみたちはどう?」


わたしたちを見た雪見さんに、 “本当はボラ部だけにやってほしいんです!” という意味を込めて答える。


「わたしたち、見せてもらったあとで、相談に乗ってほしかったんですけど……。」


「ああ、そうだよね。ええと、その前か……、午後は3時からなら空いてるけど……。」


午後3時から?


(その方がゆっくり時間がとれるかも!)


「3時からにしてもらう?」


菜穂ちゃんと小声で相談。

わたしの中では、既に「3時から」に決まっているけれど。


「そうだね。見てから訊きたくなることもあると思うから。」


菜穂ちゃんはあくまでも真面目だ。


「じゃあ、3時からお願いします。」


「それでいい? 悪いね。」


「いいえ、いいです。その方が、雪見さんが来てくれる前に、みんなで見た感想や、質問をまとめたりできるので。」


「そう? じゃあ、まずは11時半に、ここで。」


「「はい。」」


午前も午後も、楽しみだ!






11時半。

図書室でおはなし会が始まった。


机を端に寄せて、ひとかたまりに椅子を出し、雪見さんはホワイトボードを背にして高めの椅子に寄り掛かるように腰掛けた。

生徒は椅子に自由に座り、中には机に腰掛けている男子もいて、それぞれくつろいだ雰囲気。

電気は雪見さんの上だけを残して消してあり、カーテンを引いた室内は少し薄暗い。


読んでくれた本は、絵本が2冊とストーリーテリングが1つ。

最初は特に意味のない、でも楽しい、言葉遊びの絵本。

次が悲しいけれど感動する絵本。

最後が笑い話のストーリーテリング。


普段の話し方とは違うゆったりしたリズムで、深みのある声が図書室内に響く。

大きな声を出しているわけではないのに、わたしたちの耳にはっきりと聞こえる。

その声に導かれて、おはなしの世界に入り込んで行く……。


ときどきハッと我に返り、周囲をそっと観察してみた。


最初は「ふうん。」という様子だった人たちが、絵本のページが進むうちにだんだんと引き寄せられていくのが分かった。

聞き手全体が息をひそめて次を待っているような、まるで一体化しているような瞬間もある。

特に目に留まったのは、最後の笑い話のときに笑っていた一年生の男子2人。

楽しい場面では遠慮なく笑い、その合間もくすくすと隣と囁き合いながら笑っている。

その様子があどけなくて、わたしも思わず微笑んでしまった。


(なんだか可愛い。高校生でもあんなふうに聞くんだな……。)


文化祭での自分たちの姿を想像しながら、雪見さんの声に聞き入った。







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