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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
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2  チャンスを窺う


時間はたっぷりあって、ライバルはいない ――― というのは、どうやら甘い推測だったと気付いたのは、それから間もなく。

6月の初めに行われた球技大会でのことだった。


雪見さんは教職員チームでバレーボールに出ることになっていた。

球技大会でバレーボールに教職員チームが出るのは恒例で、どちらかというと、余興的な位置付けになっている。


去年、バレーボールらしいプレーができていたのは、古文の伊藤先生と数学の中林先生 ―― この二人は若めの男性 ―― 、そして、わたしたちボランティア部の顧問で家庭科の児玉先生(29歳、女性)の3人だけ。

児玉先生は体は小さいけれど、中学・高校とバレー部でセッターだったそうだ。

体育の先生が出ないのは、実は下手だからだという噂がある。


去年はこの3人の先生以外はすべて “穴” で、一日目の第一試合と二日目の敗者復活戦では、生徒の目を十分に楽しませてくれた。

今年もそうなることは明白だ……と思われていた。


なにしろメンバーが、見るからに頼りない。

伊藤先生、中林先生、児玉先生はいいとして。

男性陣は副校長の大谷先生(年齢的にヤバいでしょう)、新米の岸部先生(華奢で、ボールがぶつかったら折れそう)、そして雪見さん(あの体型では……)。

女性は控えで英語の横川先生(美人で有名。ピンクのジャージは似合っているけれど、どう見てもマネージャー以外はやる気がなさそう)。


というわけで、雪見さんが生徒に笑われるという役に回されたことに心を痛めつつ、図書室以外の姿を見ることができるチャンスを逃さないため、自分のクラスの応援もそこそこに教職員チームの試合に駆け付けた。

すると驚いたことに、一年男子を相手に教職員チームがリードしていたのだ!


高齢だと思っていた大谷先生は、コースを突くサーブで得点を重ねた。

雪見さんは長身を活かしてブロックを決め、2、3度はアタックにも挑戦。

去年活躍した3人の先生たちも、もちろんちゃんと活躍している。


コートの周りに集まっている生徒は去年よりも多く、特に女子の黄色い声が目立つ。

ほとんどがアタッカーとして活躍している伊藤先生と中林先生に向けた声だけど、中には雪見さんの名前を叫ぶ声も。


(確かにかっこいいけど……、かっこいいけど、目立って欲しくないのに!)


とても複雑な気分だった。


それまで、雪見さんとスポーツを関連付けて考えたことはなかった。

けれど、その動きを見ていると、運動は苦手ではないように見えた。

“苦手ではない” どころか、慣れているようでもある。


(もしかしたら、何かやっているのかも……。)


そう思ったらハッとした。

雪見さんは、いつから太っているのか?


第一印象が “太っている” だったからうっかりしていたけど、スリムだった時期もあったのかも知れない。


そう思って見てみると、雪見さんの太り具合はそれほどではない気がしてきた。

胴まわりからヒップにかけてが太めなのは間違いない。頬からあごにかけてお肉がついていることも。

けれど、 “肥満” と言うのは言い過ぎで、全体的にふっくらしているという程度。

その日はジャージを上下とも着ていたからよく分からなかったけど、ジャンプをしてお腹が揺れるというほどではないみたい。


そんなことを考えていたら、第一セットを教職員チームが取って終わった。

コートチェンジをするときに、横川先生が笑顔でタオルを渡す様子にピピッと反応した自分に少し呆れてしまう。


第二セットが始まってからは、反対側のコートにこちらを向いて立つ雪見さんを、まるで観察するように見ていた。

あの動き。あの笑顔。


(もし、太っていなかったら……、かなりいいセン行ってるかも。)


頭の中に、スマートで背の高い雪見さんと一緒に歩く自分の姿が浮かんだ。

顔もシュッとした雪見さんが、わたしに優しく微笑む……。


そのときだった。


「雪見さーん!」


コートサイドで応援する横川先生の声。

振り向いた雪見さんに、横川先生が笑顔で手を振る。

雪見さんは嬉しそうに会釈を返した。


(やっぱり美人が好きなのかなあ……。)


職員室で、横川先生が雪見さんと話しているところを見たことがある。

雪見さんの席の前で、二人で本を見ながら楽しそうに話していた。

あのときは仕事の話だと思って気にしなかったけど……。


そんなことを考えていたら、今度は後ろの囁きが耳に入った。


「ねえ、あの人、雪見さんっていうの? 結構かっこよくない?」


「あ、そうだよね? まあちょっと太めだけど、なんかさ、スポーツ得意な感じだし。」


「だよね、だよね?! それにさあ、笑った顔が可愛くない? ちょっと照れた感じで♪」


「あ〜、分かる〜!」


心の中で、「いや、分からなくていいから!」とツッコミを入れながら焦った。


雪見さんが笑い物になるのを心配している場合じゃなかった。

ライバルが増えるのを覚悟しなくちゃいけなかったんだ、と気付いた。




そう分かっても、やっぱり簡単に行動に出るわけには行かない。

ただ、こうなったら遠慮せず、使える手段は何でも使おうと心に決めた。


とりあえずは図書委員だけど、昼休みと放課後のお当番は月に2、3回。

登校時間に一緒になれないかとやってみたけれど、朝は電車1、2本程度早めるくらいでは無理だと分かった。

あとはマメに通うしかないのか……、と思っているうちに中間テストが始まって終わり、あっという間に6月半ば。

気持ちは焦るけど、7月の初めにボランティア部の保育園訪問の予定があって、自分が部長になって初めての訪問を前に、落ち着かない気分だった。

そのうえ、児玉先生から9月の文化祭の予定を尋ねられ、去年の面白味のない活動報告を思い出して気が滅入った。


そんなとき、まるでタイミングを見計らったようにチャンスがやって来た。

放課後のお当番のあと、雪見さんが「おはなし会」なるものを口にしたのだ。



最初は、部活の用件でお当番を交代すると伝えたのが始まりだった。

当番表に書いておけばいいと知ってはいたけれど、少しでも接点を作りたくて言ってみたのだ。

すると、雪見さんがボランティア部は何をやっているのかと尋ねてくれた。

ほかの学校ではあまり聞かない名前だから、不思議だったのだと思う。


保育園と老人施設の訪問だと答えながら、心の中では飛び上がるほど嬉しかった。ようやく図書委員の仕事以外の話ができたのだから。

その会話の中で、雪見さんから「おはなし会」という言葉が出て来た。


わたしには、それは初めて耳にする言葉だった。

でも、どうやらボランティア部の活動に合うようなものらしい。

なぜなら、「絵本」と「保育園」という言葉が出たところで雪見さんがそれを口にしたから。


頭の中で、「カチッ!」とスイッチが入った。


おはなし会とはどんなものかと尋ねると、 “子どもたちを集めて本を読んであげる会” のことらしい。

興味を持ったわたしに、少し嬉しそうに雪見さんが説明してくれた。


「絵本とか、ストーリーテリングとか、小さい子のときは紙芝居なんかを取り混ぜたりね。」


今度は「カチカチカチッ!」とスイッチが。


これはわたしたちの活動に使えそう。

雪見さんの専門ともつながりがありそう。

もしかしたらアドバイスをもらったり、今までよりも仲良くできたりしちゃうかも!


すぐに参考図書を教えてもらい、それを研究しながら計画を練ることにした。







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