表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『運命のひと。』
44/95

1  わたしの好きなひと

今回は少し長めになりそうです。

よろしくお付き合いください。




わたしの恋は一年で終わる。


まあ…… “恋” と言っても、今まで片想いばっかりだったけど。


どうして一年かというと、いつも同級生を好きになるから。

そして、春になってクラス替えをすると、いつの間にかまた新しい誰かを好きになる。

どうやら身近な人を好きになってしまうクセがあるみたい。

残念なのか、ラッキーなのか、クラス替えのときに、それまで好きだった人と同じクラスになったことがない。

だから、今までのわたしの恋の寿命は一年。


でも!


今回は違う。

一年じゃなくて、もっと長くなる予感がする。


なぜなら。


今の好きなひとは、クラスメイトじゃないから!



クラスメイト以外を好きになるのは初めて。

クラスメイトどころか、生徒ですらない。


これこそ本当の恋なんじゃないかな?

お手軽に身近な相手を見繕ったわけじゃない。

まるで振り向きざまにボールを投げられたように、あの瞬間はやって来た。


そのボールを投げた人は ――― 図書室の雪見さん。




5月の図書委員のお当番の日。

放課後に行ってみると、新しく本を紹介するコーナーができていた。

机に7冊ほど立てて表紙を見せてある本と、その横にあるワゴン。

相変わらずお客様は少なかったけど、スポーツをテーマにした本が置いてあるそのコーナーは、通りすがりに立ち止まる人が多かった。


仕事が一段落したとき、そのコーナーに目を向けると、立ててあった本が残り一冊になっていた。

仕事がなくなってヒマなので、わたしは雪見さんに、ワゴンの本をそのブックスタンドに移して飾ってもいいかと尋ねた。


それまでは、雪見さんとはあいさつくらいしかしたことがなかった。

4月に初めて見たときには、 “背が高くて太っている” という印象しかなかった。

黒いエプロンをしていることで、ますます大きさが強調されているような気がした。

ただ、図書委員会で話す様子を見て、穏やかで優しそうなひとだとは思っていた。


わたしの申し出に、雪見さんは笑顔で


「気付いてくれてありがとう。」


と言ってくれた。

その途端、目が覚めたような気がして、同時に


(うわ、ずるいよ。)


と思った。


大人からお礼を言われるなんて(ボランティア部の活動の中ではあるけれど)、とても意外だった……ということが一つ。

でも、それよりも衝撃を受けたのは、その笑顔と声。

今までどこに隠していたのだろうと思ってしまうような、優しくてちょっと少年のような笑顔と、深みのある声だった。


なんだかドキドキしながら、ワゴンの本を見比べる目が真剣になってしまった。

軽い気持ちで申し出たものの、本の大きさと表紙の色合いを考えながらブックスタンドに並べるのは、自分のセンスを試されているような気がして緊張した。


とりあえず並べ終わって、点検するつもりで眺めているとき、横から声がかかった。


「上手だね。」


ハッとして振り仰ぐと、雪見さんが補充用の本を抱えてにっこり笑っていた。

またしてもその声と笑顔に、胸がきゅーんとなってしまい……。


「…あ、そうですか?」


答えながら、激しくなった自分の鼓動が信じられなかった。


(どう見ても “かっこいい” とは言えないこの人に?)


(高校生から見たら “オジサン” と言われても仕方ないこの人に?)


わたしが自分の反応に戸惑っていることには気付かず、雪見さんはわたしの仕事を「センスがあるんだね。」と褒めてくれた。

しかも、あいさつくらいしか交わしたことのないわたしの名前を覚えてくれていたのだ!


「これからもよろしく。」


と言われたときには、毎日でも図書室に来たい気分になっていた。

それでもやっぱり、自分の気持ちが信じられないでいたのだけれど。



それからは、いつも雪見さんのことを気にしていた。


図書室は昇降口の上にあるから、朝や帰り、体育の授業の前後にすぐ近くを通る。

昇降口に降りる階段が手前にあるので、図書室の廊下まで行くわけではない。

けれど、図書室のこちら側には普段は使わない戸があって、そこのガラスから中を窺うくらいはできた。

もちろん友達には内緒だから、堂々とやっていたわけではないけど。

一度はその戸のすぐ前に雪見さんがいたことがあったし、廊下に出ていることもあった。

姿を見かけると「やった!」と密かにガッツポーズをしていた。


図書委員のお当番で行くと、雪見さんは「いらっしゃい。」「ありがとう。」と声を掛けてくれた。

その声と笑顔に、心が踊った。

検索機のキーボードの上をピアノを弾くように滑らかに動く指に見惚れた。

ほかの図書委員よりも優秀だと思われたくて、仕事をテキパキこなそうと努力した。


そうしながらも、やっぱり信じられない気がして、クラスの誰かを好きにならないか観察してみたりもした。

実を言えば、クラスには “この人かな?” と思う男子もいたのだ。


けれど。


そのときになってみると、クラスの男子はみんな子供っぽく感じた。

大きな声でふざけたり、誰かをからかったり、 “注目してほしい” っていうのが見え見え。

そうじゃない男子は、静かにすることで自分をアピールしているか、何を考えているのか分からないような人。


それに比べて雪見さんは、落ち着いていて、自然体。

太めではあるけれど、なんとなく癒されるし、結構かっこいい。


“かっこいい” と思った時点で覚悟が決まった。


(わたしは雪見さんが好き。)


クラスメイトを子供っぽいと思うってことは、きっと、わたしがほかのみんなよりも精神的に成長が早いってこと。

だから同い年の男の子じゃ、もうダメ。雪見さんみたいに大人の男のひとじゃないと。


きっと、今までの恋は単なる “お楽しみ” みたいなものだったんだと思う。

身近に好きな人がいると、学校に行くのが楽しくなるから。

要するに、毎日の単調な学校生活に添えるスパイスのようなもの。


でも、今回はそうじゃない。


毎日会わない人なのに好きになった。

絶対に “対象外” だと思っていた人を好きになった。

あの体型も気にならない。


これが “本当の恋” じゃなくて何だって言うの!


今までは好きな人ができても、特別な関係に憧れながらも、行動に移すことはしなかった。

それは “本当の恋” じゃなかったから。

「今日も話せちゃった〜♪」で済むような、お子様の恋だったから。


今回は違う。


雪見さんにわたしのことを好きになってもらいたい。

二人でおしゃべりしたり、出掛けたりしたい。

「佐藤さん」じゃなくて、「梨奈ちゃん」って呼んでほしい。


でも、今のままでは、わたしはただの図書委員の一人でしかない。

だから、何か行動に出なくちゃ。



“行動に出る” と言ったって、できることは高が知れてる。

校内で会える時間は限られているし、わたしはチャラチャラした性格じゃないから、気軽に馴れ馴れしくなんてできない。

それに、最初から積極的に行き過ぎて警戒されては困る。なにしろ職員と生徒なのだから。

下手なことをして、雪見さんがクビになってしまったりしたら大変だ。


わたしが卒業するまであと2年。時間はたっぷりある。

あの外見では(こんなことを言うのは失礼だけど)ライバルはいないだろう。


だから、まずは図書委員の仕事をしながらチャンスを窺うことにした。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ