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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『ハックルベリイとわたし』
43/95

16  7月21日(月) 二人の関係は


「残念だったねー。」


「本当にね。」


夏休みに入る海の日の今日、わたしたち3年生にとって最後の大会が終わった。

県のブロック別大会で、結果は銀賞。次の大会へ進むことはできなかった。


結果発表のときは、3年女子のほとんどが泣いてしまった。

残念だ、ということもあるけれど、この2年と少しの期間の出来事や想いが胸に迫って。

ひとしきり泣いてしまうと、気持ちがすっきりした。

これからは、それぞれの進路に向かって集中することになる。


「お疲れさま〜。」


「気を付けてね。」


会場の外でみんなに別れを告げる。

大きな楽器は車に積み込んで学校に運ぶことになっていて、毎回各学年から2、3人が運搬係として付き添う。

今回は、3年からは佐川くんとわたしが、部長と副部長の最後の仕事として行くことにしてあった。


顧問の先生が運転するマイクロバスの中で、不安定な楽器を押さえながら、通路を挟んで座る佐川くんと話をした。

今日のことや今までの思い出を語り合いながら、何度か涙が出そうになった。

わたしの吹奏楽部の思い出は、高校生活そのものともいえるものだから。


「龍野は山に行ってるんだっけ?」


部活の思い出話が途切れたとき、佐川くんが言った。


「そうだよ。今日の夜に帰って来るの。」


後輩たちとは席が離れていることに安心しつつ、わたしが答える。

龍野くんとのことは、佐川くんには気にせずに話せる。

あんな現場を見られているから、今さら恥ずかしがっても仕方がない気がして。


「最後の大会なのに、見てもらえなくて残念だったな。」


「うん。でもいいよ。龍野くんだって、大事な山登りなんだから。」


そう。

龍野くんにとっては受験前の最後の登山。

しかも、大人に混じって本格的に行けるチャンスなのだ。


「ふうん。向こうから連絡来た?」


「来ないよ。」


わたしの答に佐川くんが顔をしかめる。


「まさか、まだアドレスを知らないとか……。」


「あはは、それはないよ。ちゃんと知ってる。向こうでは、緊急時のために、電源入れないでおくって言ってたから。」


「ああ、そうか。」


「それに、伯父さんたちと一緒だと、メールするのも気兼ねしちゃうんじゃない?」


「ふうん。理解のある彼女だなあ、連絡がなくても信じて待ってるなんて。」


“彼女” と言われると、ちょっと恥ずかしい。


「まだ “彼女” って決まってないもん。」


否定しながら頬が熱くなるけど、強気の態度は崩さない。


「えぇ? まだ返事してないのか?」


「そう。」


佐川くんが呆れた顔をしている。

けれど、すぐに笑い出した。


「駒居ってさあ、怒ると龍野のこと呼び捨てにするんだって?」


「……なんで知ってるの?」


「いや、だって、龍野が言ってたぜ。」


くすくす笑い続ける佐川くんに、わたしは何も言えない。


「最初は愚痴かと思ったら、のろけ話でさあ。『駒居が素直に甘えられるのは俺しかいないからなー。』なんて言ってくれちゃって。」


(龍野めーーーーー!)


“文句を言わなくちゃ!” と思う一方で、嬉しいのも本当。

わたしがどんなに強気に出ても、龍野くんはちゃんと理解してくれていると分かったから。


「駒居。」


「なに?」


佐川くんはまだくすくす笑っている。


「甘えるってどんなふうに? 龍野の膝に座っちゃったりするわけ?」


「まさか! 何言ってんの?! そんなわけないでしょ?!」


龍野くんが言っている “甘える” とは、わたしが怒ったり我が儘を言ったりすることだ。

“膝に座る” なんて、あまりのあり得なさに、恥ずかしくもならない!


「そうだよなー。駒居と龍野だもんなー。」


「ふん。わたしはまだ “彼女” じゃないからです。」


「ああ、そうだったなあ。あはははは!」


龍野くんが、自分の立場をどう思っているのかは知らないけれど。


あの何日かあと、龍野くんは照れながらこんなことを言った。


「いつから俺が駒居のことを好きだったのか、なんて訊かないでくれよ。」


と。


「俺だって、どの時点からなのか、よく分からないんだから。でも、佐川が駒居を引っ張って行ったとき、 “このまま負けたくない!” って思ったんだ。」


それを聞いて、わたしは胸の中が温かくなった。


“いつからか” なんてことははどうでもいい。

小さな偶然が積み重なって、二人が少しずつ歩み寄って、だんだんと一緒にいると楽しいと思うようになった、という過程が優しい思い出として残っているから。

そして、これからどこまで行けるのかな、と考えることも楽しいから。


「あんまり待たせると、誰かに取られちゃうかも知れないぞ。」


佐川くんがからかう。


「それはそれで仕方ないんじゃない?」


平気な顔をして強気な言葉を返す。

けれど、心の中では別の言葉が。


(もうちょっと優しくした方がいいかな……?)





『無事に帰って来たよ。』


真夜中に近い時間。

龍野くんから電話がきた。


明日会う予定があるから連絡がなくても気にならないと思っていたけれど、こうやって電話をもらってみると、やけに嬉しい気分になってびっくり。


声が聞き取りづらいのは、龍野くんがこっそりと話しているから。

夜中だということもあるけれど、マサミちゃんに気付かれないため、というのが大きな理由。


「お帰りなさい。お天気は良かったみたいだよね?」


この三日間、天気予報はできる限りチェックしていた。

天気予報だけじゃなく、新聞やニュースも。

山は思わぬ事故もあったりすると聞いたので、結構心配だったから。


『うん。夜も晴れてて、星がきれいだったよ。天の川も見えるくらい。』


満足そうに報告してくれる龍野くんに、心配していたことは言わないでおく。

今は龍野くんの楽しい気分を壊したくないし、会ったときに言ったら嬉しそうな顔をしてくれるかな、なんて思って。

代わりに山で見たもののことを教えてもらい、わたしは今日の大会のことを話す。

遅い時間でもあるし、マサミちゃんのことが不安でもあるので、あまり長い時間は話さずに明日の確認をして電話を切った。



ベッドに入る前に、バッグからスケジュール帳を取り出して7月のページを開く。

7月21日の欄には赤で「大会」、そして緑で「山から帰る」と書いてある。

7月22日には、青で「PM 図書室で勉強」。


このスケジュール帳は、龍野くんとお揃いで買ったもの。

少し大きめのサイズで、表紙の色は、わたしは赤、龍野くんがグリーン。

スケジュールを書くときは、どちらのノートにもわたしの予定が赤、龍野くんの予定は緑、そして、二人の予定は青で書くことに決めてある。


後ろの方にはメモのページが多めについていて、そこには龍野くんにもらった付せんが貼ってある。

カバーの見返しには、これから使うメモや付せん。

龍野くんとわたしは、これを使って、大事な連絡事項をやりとりしている。

これは、龍野くんのメールを見てしまうというマサミちゃん対策なのだ。


なんだかアナログな感じがするけれど、わたしは結構気に入っている。


大事な連絡じゃないことも、龍野くんに言いたくなったことを付せんに書いておく。

たいていはそれを「はい。」ってあげるのだけれど、こっそりと見つからないように、龍野くんのスケジュール帳に貼っておくこともある。

あとでそれを見付けた龍野くんが、どんな顔をするかな、と想像しながら。


龍野くんからもらう付せんやメモは、龍野くんには似合わない丸っこい字が並んでいる。

そこには彼の気持ちも込められているような気がして、見ているといつの間にかにこにこしている自分に気付く。

この三日間で、何枚か書いてきてくれていると嬉しいんだけど。


いつでも簡単に話したりメールしたりはできたりしないけれど、メモとスケジュール帳のおかげで、会えない時間も楽しい。

用もないのにスケジュール帳を出して、何度も読み返したりしてしまう。

可愛い付せん紙やメモを見付けると、つい買ってしまったり。


夏休み中のカレンダーには、赤の「夏期講習」の合間に青で「図書室」。

二人の時間が合うときに、学校の図書室で一緒に勉強をすることにしたのだ。

毎日会えるわけではないけれど、夏休み中もこのスケジュール帳がわたしの元気のもとになることは間違いないと思う。

それに、いざとなれば電話で話すことはできるし。



あとは、いつ龍野くんに返事をするか、なんだけど……。


たぶん龍野くんは、もう返事なんかいらないと思っているんじゃないかな。

だって、わたしの言動を見ていれば、もう十分に分かっているような気がするんだよね。

それに、返事をしてもしなくても、龍野くんの態度は変わらないと思うけど……、違うかな?





       ----- 『ハックルベリイとわたし』 おしまい。 -----






3つめのおはなしが終わりました。

読んでくださったみなさま、どうもありがとうございます。


後半は二通りの案があったのですが、短編ということもあり、軽い方にしました。

その結果、ここまでの3つの中で一番楽しんで書けました!


次は、この中ではメインのおはなしになる予定です。

楽しい作品にできたらいいな、と思っていますので、引き続き、よろしくお願いいたします。


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