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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『5月の花火』
4/95

4  5月13日(月)、14日(火)


月曜日の朝、家から出てきた裕司をつかまえられないかと望みをかけてみる。


そうは言っても、あからさまに裕司を待つ勇気はない。プライドが、それを邪魔する。

忘れ物を部屋に取りに行くふりをしたり、自転車の鍵が開かないふりをしたりして、ぐずぐずと出発時間を遅らせてみた。

けれど、裕司はいつまでたっても出て来ない。

さすがに自分が遅刻しては困るので、あきらめて出発することにした。

もしかしたら朝練かも、と思いながら裕司の家の車庫をのぞいたら、まだ自転車があった。

いったいどれくらいのスピードで自転車を走らせているのだろうと、ちょっと呆れた。




学校にいる間も、裕司に謝らなくちゃ、という言葉が頭から離れない。

けれど、2つ先の裕司のクラスまで行って、呼び出してもらう勇気は出ない。

友人たちに金曜日のやり取りや裕司との関係を話して、協力してもらう決心もつかない。

でも、雑談して笑っている間も、裕司のことばかりが気になる。


(わたしって、意気地無しだ。)


みんなの話に笑いながら、心の中には苦い思いばかりが溜まっていく……。




4時間目の途中、先週の裕司を思い出した。


(そうだ。図書室なら。)


一人で本を読んでいた。

最初のときは仕事の途中で。

その次は、一人で来て。


もしかしたら、裕司はあの本を読みに、今日も図書室に来るかも知れない。

友人たちは、わたしが図書室に行くと言っても誰も一緒に行くとは言わない。


(うん、それだ。それしかない。)


お弁当を食べ終わって早々に、図書室へと急いだ。




図書委員とほぼ同時に着いたので、室内には司書の雪見さんだけ。


「こんにちは。」


穏やかな微笑みとともに掛けられた声に、少し落ち着く。


裕司が読んでいた本があるか確かめてみようと、先週の棚に行ってみる。

もしも裕司が借りて行っていたら、ここで待っていても仕方ないから。

本棚の間に入ると、今は誰も座っていない丸椅子がなんとなく淋しそうに見えた。


(ええと、なんだっけ……。)


たしか、 “ぼけた” って言葉が入ってたような……。

あ、これだ。

『おばあちゃんが、ぼけた。』。


手に取ろうとしてやめた。

わたしが持っていても意味がない。


(どこで待てばいい?)


本棚の前で、ちょっと考えてみる。


先週のことがあるから、裕司はわたしの姿を見たら警戒して図書室に入らないで戻ってしまうかも知れない。

だとすると、わたしは見えない場所にいなくちゃいけない。

どこがいいだろう……?


並んだ本棚の陰?

うーん……。

そこで入り口の方をのぞき込んでいるなんて、怪しいよね?


でも、すぐに来るかも知れない。

今、ここで悩んでいる間にも。


慌てて本棚の奥へと抜けて、身を隠すように廊下側まで移動。

念のために一度室内を見回して、それから奥に戻って、入り口を見張る。


(裕司……、来るよね……?)


狭い範囲を行ったり来たりしながら待った昼休み、裕司はやって来なかった。




放課後、再チャレンジ。


部活に出ないなら、ここに来るかも知れない。

昼休みはわたしに邪魔をされると思って、放課後に。


けれど……。


貸出時間が終了して図書委員が帰るまで、やっぱり裕司は来なかった。






翌日も、朝、昼休み、放課後と、同じように待ってみた。

月曜、火曜と図書館に通っているわたしを、美羽ちゃんが「本当に本が好きなんだね!」と笑った。


けれども火曜日の放課後、貸出時間の終了を目前に、わたしは本棚の陰でため息をつきながら、裕司を待つことをあきらめた。


もう裕司は来ない。

これ以上、ここに通っても無駄だ。

たぶん、あの本は読み終わってしまったんだ。


金曜日に言葉を交わした棚の前に行ってみる。

今日も丸椅子には誰も座っていない。


「えーーーっ?! やだ、ホント?!」


「しーーーっ。声が大きいよ。」


女子の声に複数の軽い笑い声が続く。

自由席で雑誌を読みながら笑い合う女の子たち。

明るい楽しそうな声を聞いていると、こんな自分が情けなくなってしまう。


手を伸ばして、裕司が読んでいた本を取り出してみた。

『おばあちゃんが、ぼけた。』の文字とイラストが楽しげな表紙。


(読んでみようかな……。)


あの裕司が、図書委員の仕事の合間に夢中になっていた本。

そのあとも通ってまで読んでいた本。

これを読んだら、少しは裕司の考えていたことが分かるかも。

一年以上、きちんと話していない裕司の考えていたことが……。


裕司に対する罪滅ぼしの気持ちもあって、借りることに決めた。





スーパーのレジのバイトから帰って夕食とお風呂を済ませてから、宿題をしようとカバンを開けて、その本を見付けた。

イラストに誘われて読み始めてみると、それは、介護の現場で働く著者が、日々のできごとと介護という仕事への想いをつづったものだった。

軽い文章と、認知症のお年寄りの言動に思わず笑ってしまう。


けれど、読み進むうちに気付いた。

これはふざけた本なんかじゃないってことに。

本気でお年寄りに寄り添っている人の本だ……。



止まらなくなって、結局最後まで読んでしまった。

読み終えて宿題をしながら、そしてベッドに入ってからも、裕司がなぜこの本を図書室に通ってまで読んでいたのか考えをめぐらせる。


最初に見た日に裕司のおじいちゃんのことをちらりと思い出したけれど、それほど気にはしていなかった。

金曜日に話したあとは、自分のことしか考えられなかった。


裕司がこの本を読んでいたのは、きっと、おじいちゃんのことがあるからだ。

部活を休んでいるのも、たぶん。


(おじいちゃん、そんなに具合が悪いのかな?)


昔のおじいちゃんの記憶を探してみる。


わたしが裕司の家に遊びに行くと、いつもにこにこと見守ってくれていた。

小学生のときにおばあちゃんが亡くなって、それからは、たまに玄関前を掃いている姿を見かけた。

道で会うと、いつも声をかけてくれた。


(でも、今は……?)


わからない。

認知症のことは本やテレビで知識はあっても、実感がなくて。

さっきの本を読んでも、自分の知っている人が変わったということが想像できない。




金曜日の会話を何度も頭の中で再生しながら、裕司がどんな気持ちでいたのか考えてみる。

けれど、裕司の家のことは今では何も知らなくて……。


とても淋しい気がした。







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