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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『ハックルベリイとわたし』
39/95

12  7月8日(火) やっぱり好きなのかな


月曜日の部活に、佐川くんはマスクをかけて現れた。

それを見て、麻美とわたしは無言で視線を交わした。

後輩に尋ねられると、佐川くんは「のどが痛くて。」と答えていた。


個人練習のとき、佐川くんはそっと、保健室でマスクをもらって来たのだと教えてくれた。


「今日は試しに黙っていてみようと思って。でも、黙ってるのって簡単じゃないからな。」


どんな方法でも、前向きに考えてくれたことが嬉しかった。

それに、黙っているなんて無理だと高をくくっていたけれど、佐川くんは本当に、ほとんどしゃべらなかった。

そのせいか、全体練習がなんとなく活気がなくて、変な感じがした。




火曜日の昼休み。

借りていた本を返すために図書室に行った。


続けて何か借りようかと思ったけれど、自分では選ぶことができなかった。

ぼんやりと室内を見回すと、背の高い男の人が本棚の間を歩いている。

食べ物屋さんみたいな黒くて長いエプロンをかけて、薄いブルーのワイシャツにチノパン、胸元にIDカード。

襟足が長めのクセのある髪で、少しふっくらしているけれど、まだ若くて優しそう。

この人がきっと、龍野くんが言っていた司書に違いない。


面白い本はないかと尋ねれば、たぶん何か紹介してくれるのだろう。

でも、それはなんだか恥ずかしいので、何も借りないまま図書室を出て来てしまった。


階段を一階分駆け上り、顔を上げたら ――― 。


「あ。」


通りかかった龍野くんと目が合った。


「よう。」


立ち止まって笑いかけてくれた龍野くんに、自然に笑顔を返すわたし。

気分のグラフがぐぐっと上がった気がする。


「元気そうだな。」


トトン、と走り寄って隣に並ぶと、龍野くんが笑顔で言った。

元気になったと気付いてもらえて、胸の中がくすぐったい。


「今ね、図書室に行って来たの。」


教室の方へと歩き出しながら、少しはしゃいでいる自分を感じている。

共通の話題があることが嬉しくて、すぐに報告する。


「ああ、そうなのか。何か借りた?」


少しハスキーな低い声が、通り過ぎる話し声を押しのけて聞こえる。


「今日は借りなかった。でも、司書さんを見たよ。」


「ああ、雪見さんはたいてい図書室に出て来てるからなあ。」


「出て来てるって……?」


「図書室の隣に司書室っていうのがあるんだよ。前の人はそっちにいることが多かったみたいで、図書室ではあんまり見かけなかったから。」


「ふうん。」


龍野くんは、そんなに前から図書室に通ってたんだ……。


「あの人、大きいね。」


「雪見さん? そうだな。俺より背は高いな。」


「へえ、そうなの。龍野くんだって、男子の中でも大きい方なのにね。」


(ああ、5組に着いちゃった。)


「じゃあね。」と言おうと足を止めると龍野くんも止まったけれど、会話は続いたまま。


「雪見さん、球技大会では活躍してたんだぜ。見なかった?」


「そうなの? 気付かなかったけど……。」


(いいのかな? このまま話していても?)


通りすがりの時間つぶしの会話ではない?

わたしと話すのは嫌じゃない?


「ほら、教職員のチームがあるだろ? バレーボールの。あれで ――― 」


「あ、駒居! ちょうどよかった。」


佐川くんの声だ。

顔を向けると、5組の戸口から佐川くんが走り寄る。


「ちょうどよかったって……?」


「話があるんだ。昨日のことで。」


そう言いながら、わたしの肘をつかむ。


「昨日のこと?」


部活の相談のことか。

わたしから持ちかけた話だから、行かないと。


「ごめんね、龍野くん、話の途中で。またね。」


「え、あ、ああ。うん。」


「悪いな、龍野。」


「ああ、いや。」


龍野くんの返事もそこそこに、佐川くんがわたしを引っ張って歩き出す。

学校の廊下で手を振るのも憚られて、本当はもう少し話したかったという想いを込めて龍野くんを見た。


「駒居。」


「う、うん。」


5、6歩あるいてもう一度振り返ったら、もう龍野くんはいなかった。


(当然か。)


龍野くんとは偶然会っただけなんだから。

べつにわたしと話したいなんて思ってなかったんだ……。




「俺、昨日、分かったんだ。」


わたしとは逆に、佐川くんはちょっと興奮気味。

落ち着いて黙っていることができない、という感じ。


「やっぱり、俺が悪かったんだよな。」


(あら。)


「ええと、そんなに悪いってわけでも……。」


自分ではっきり言われてしまうと、なんとなく気の毒だ。


「そんなことないよ。昨日見てて、よく分かった。みんなホントは、自分で上手くできないところは分かってるんだよな。」


「あ……。」


(気付いてくれたんだ。)


そう。

昨日はみんなそれぞれ、自分が上手くできないところを「もう一回いい?」と言って、やり直していた。

それを、佐川くんは黙って見ていたのだ。


「なのに、俺がギャーギャー言うから腹が立ったんだ。そうだろ?」


「まあ……、たぶん、そうだと思うよ。」


「やっぱりな。」


佐川くんが下を向いて頭を掻く。

そして、バツの悪そうな顔をして言った。


「ごめんな。」


今まで下手に出たことのない佐川くんが謝るなんて、びっくり!

驚き過ぎて言葉が出ず、ただ首を横にふった。


「なんかさあ、俺、だんだん自分だけが正しいことを言ってるような気分になっちゃってたみたいでさあ。」


「そう……?」


「うん。『俺が言わなきゃ、誰も気付かないだろ!』って思って……、部員を信用してなかったって言うか……。」


「ああ。わたしだって、そういう部分はあるよ。」


佐川くんがニヤリとする。


「俺のこととか?」


「ふふ、まあね。」


そう。

佐川くんのことは、単なる困り者だと思ったりした。


「面倒かけたな。これからは、ひとこと言う前に、ちょっと考えることにするよ。」


「そうしてくれる? どうもありがとう。」


ほっとした空気が流れて、心が軽くなった。

教室の方に戻りながら、佐川くんが昨日の帰りのことを話してくれた。


「仲尾がさあ、飴をくれたんだよ。」


「リサが?」


「うん。俺、マスクしてただろ? 『大事にしないと悪化するよ。』ってさあ。」


「ああ、そうなんだ。」


やっぱり仲間だもんね。

それとも、今までの仲直りのつもりかな。


「いいのかなあ?」


「え? 何が?」


「あいつ、俺に気があるんじゃないかと思って。」


「ぐふっ、う…ごほっ、はあ?」


(本気で思ってんの?! 冗談じゃなく?!)


「俺、一応、彼女いるんだけどな……。」


(本気……?)


佐川くんの表情は、とても冗談には見えず……。


「うーん……、佐川くんに彼女がいることは部員ならみんな知ってるから、リサの気持ちには気付かないことにした方がいいんじゃないかな?」


「そうか?」


「うん。好きだって言われたら、そのときに考えればいいよ。気付かないふりをしてあげるのも、優しさだよ。」


「うーーーん、そうか。そうだな。」


よかった。

せっかく重い課題をクリアしたのに、恋愛問題で揉めたりするのはやめてほしい。


(それにしても……。)


佐川くんは単純だね。飴をくれたくらいでそんな心配をするんだから。

それとも、自信過剰なのかな?

まあ、うちの学年の中では、見た目では上位に入るって言われているけど……。


わたしなんか、龍野くんの気持ち、全然わからないのに。

龍野くんどころか、自分の気持ちだってはっきりしないのに。




6時間目の物理の時間、龍野くんは先に席に着いていた。

前の授業が長引いてギリギリに教室に入ったとき、すぐに龍野くんと目が合ってドキドキしてしまった。


(やっぱり友達よりは好き……かも。)


頬が赤くなっていることに気付かれたくなくて、話しかけられてもちゃんと目を合わせることができなかった。


お礼をしようと思い付いたのは、その授業中。

わたしが佐川くんに話をしようと決心できたのは、龍野くんのお陰だから。


それから部活が終わるまで、ずーっと考えていた。

ようやく最後に、龍野くんが夏休みに山に行くと言っていたことを思い出して、お守りにしようと決めた。

思い付いたら早く渡したくて、帰りに烏が岡で電車を降り、大急ぎで雑貨店をめぐる。

3つめの和風雑貨のお店で、オレンジの蛙と紺色の玉に小さな鈴の付いた根付を見付けてそれに決めた。


(無事に帰って来てください。)


入れてもらった小さな紙袋に向かって祈る。


さっそく明日、渡しに行こう。







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