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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『ハックルベリイとわたし』
38/95

11  7月7日(月) 転がる方向が変わったみたい


翌月曜日。

朝、麻美と会ったとき、「佐川くんと話すことにした。」と言うと、「一緒に行こうか?」と言ってくれた。


それを聞いて、わたしは自分の心の狭さを反省した。

麻美は麻美なりに、わたしを心配してくれていることに気付いたから。


けれど同時に、一番の仲良しであっても、立場が違えば考え方も違うのだとあらためて心に刻んだ。

麻美は麻美、わたしはわたし。すべてを解り合えるわけではない。

そして結局は、自分の役割は自分で果たさなくてはならないということを。



お昼休みに、佐川くんのいる5組へ向かう。

麻美の申し出は断って、一人で。


麻美の申し出は嬉しかったけど、一人で行くことにしたのには理由がある。

女子二人に詰め寄られたら、佐川くんは反感を抱くだろう、というのが一つ。

もう一つは……5組には龍野くんがいるから。


できれば龍野くんに、昨日のお礼を言いたい。

……というか、ちょっと会えたらいいな、と思っている。


でも、それを麻美には知られたくない。

いくら龍野くんの “良心の問題” だとしても、二人で出かけたというのはそれなりの憶測を呼ぶ。

けれど、わたしの気持ちは今のところ不確かで、友達として好きなのか、それ以上なのか、よく分からない。

そんなときに、周囲にあれこれ言われたくはないから。


クラスの友達には、「ちょっと5組に行ってくる。」と言ってきた。

5組は廊下の並びだし、ウソをついて、後でバレる方が始末が悪い。

たぶん、誰か友達のところに行ったと思ってくれていると思う。


佐川くんにどう言うかは頭の中で何度も繰り返してきたけれど、上手く行くかどうか分からないから緊張してる。

けれど、龍野くんに会えるかも知れないと思うと、行くのが楽しい。


廊下を行き交う生徒の間を縫って、二つ先の教室へ向かう足は滑らか。


(いるかな?)


開いている後ろの戸に手を掛けて中を覗いてみる。

何箇所かに固まっている生徒を、後ろから順番に確認していくと……。


「あれ? 駒居?」


後ろで声がした。

この声は。


「あ、龍野くん。」


(やった♪)


振り向きながら、自分が笑顔になっているのが分かる。


今日はラッキーな日だ。

これなら佐川くんのことも上手く行きそう。


「昨日はお世話になりました。」


小声で言ってきちんと頭を下げたら、龍野くんが「あ、いや。」と言いながら慌てている。

顔を上げると、なんとなく落ち着かない様子で尋ねられた。


「ええと、何か……?」


「うん。佐川くんはいるかな、と思って。」


「え? 佐川?」


意外そうな顔。

わたしがお礼を言いに来ただけだと思った?


「うん、そうなの。ようやく決心がついてね。」


そう言って教室を覗きこむと、龍野くんが教室に入って佐川くんを呼んでくれた。

こちらを見てちょっと嫌な顔をした佐川くんに、手を振って合図する。

嫌々出て来た佐川くんをなだめながら、誰も通らなそうな場所へと向かった。




「また俺の口の利き方をどうにかしろって言うわけ?」


A棟からC棟へ曲がった廊下で止まると、佐川くんが切り口上で言った。

両手をポケットに突っ込んで、面倒くさそうに、まさに不機嫌だと示すための態度。

でも、これはもちろん予想の範囲内だ。


「この前は、ごめん。」


そう言って、頭を下げた。


まずは謝ること。

これは一番に決めた。

前回の言い方が悪かったのは本当のことだから。


顔を上げ、佐川くんときちんと向き合って、わたしの気持ちを伝える。


「あのときは、上手く説明することができなくて。あんな言い方しちゃって、悪かったなって思ってる。」


わたしの言葉を聞いて、佐川くんの表情が警戒するように変わった。

そんなに信用がないのだろうか?


「でもね、わたしだって言いにくかったんだよ。佐川くんが、演奏を良くしたいから言ってるって分かってるし。だから、あんな言い方になっちゃって。ごめんね。」


「……いや。まあ……、いいけど……。」


落ち着かな気に足を踏み替えながら、佐川くんが答える。

その顔からとがった様子が消えたことを確認して、話を先に進めることにした。


「だけどね、わたしが困ってるのは本当なの。『なんとかしろ』って責められるんだもの。」


佐川くんがカッとなった。


「そんなの、あいつらがもっと努力すれば ――― 」


「ほらね?」


「……え?」


わたしに言葉を遮られて、佐川くんがぽかんとする。


「佐川くん、すぐにポンポン言うから。」


「……え?」


「ホントだよ。誰かがミスすると、すぐに言うでしょう?」


「それは……、だって、ミスは指摘しないと分からないじゃないか。それにだいたい、練習が足りないんじゃないのか?」


「練習は、みんなちゃんとやってるよ。だけど、完璧にやるのは簡単なことじゃないよ。それにね、佐川くんは早すぎるんだよ。」


「早すぎる?」


佐川くんが訝しげな顔をする。


「うん、ミスを指摘するのが。だって、佐川くんは打楽器で、いつでも口が利けるから。」


「は?」


「ほら、木管も金管も、練習中は吹いてるか、吹く準備をしてるか、でしょう? みんな口が塞がってるんだよ。だから、何か言おうと思っても、すぐには言えないの。」


「……ああ。」


「それにね、打楽器って、みんなの後ろにいるじゃない? 後ろから大きな声で言われたら、嫌な気分になると思わない?」


「う……、まあ……たしかに。」


佐川くんが落ち着いた。

そして、少し考えてから口を開いた。


「で、俺にどうしてほしいわけ?」


諦めたような口調。

もう敵意は感じられない。

ほっとして、緊張が解けた。


「助けてほしいの。」


「え?」


「だって、佐川くんは副部長でしょ? わたしが困ってるんだから、助けてくれないと。」


「そりゃそうだけど……、どうやって?」


「一緒に考えてよ、どうしたらいいのか。」


「……副部長だから?」


「そうだよ。この前は、わたしが一人で動いて失敗したし。」


「ああ、うん……。」


わたしは困惑している佐川くんを黙って見ていた。

不思議だけれど、ここまで話せばもう大丈夫だという気がした。


「駒居。」


「ん?」


佐川くんの真面目な顔に、やっぱり大丈夫だと確信しながら返事をする。


「今すぐには何も思い付かないから、後でもいいか?」


「うん。すぐには無理だよね。話を聞いてくれてありがとう。」


「いや。」


教室の方へ並んで歩きながら、佐川くんがわたしを観察しているのが分かった。


「なんか駒居……変わった?」


「そう?」


変わっただろうか?

先週とは気持ちの持ちようが変わったのは間違いないけれど。


「うん。何て言うか……力が抜けたみたいな。」


「ああ。うん、そうかな。ふふ。」


それは当たってる。


「それに、素直になったな。」


「え。何それ?」


「素直って言うか、なんか可愛くなった。」


(うっわー。褒めすぎだよ。)


佐川くんにそんなことを言われるとは思ってもみなかった!

照れくさいのを隠すために、大袈裟に気味悪がっている顔をしてみせる。


「やだなあ、どうしたの? 彼女に怒られるよ。それに、そんなこと言っても奢らないからね。」


「あははは! そんな意味じゃないけど。でも、あんなふうに『助けてほしい』って言われたら、断る男は鬼だな。」


「へえ、そうか。じゃあ、これからは、男子に頼みごとをするときは、ああすればいいんだね。」


「恐ろしいな。いつの間にか、学校中の男が駒居の家来になってたりして。」


「あはは! さすがにそんなことはないでしょ。あ、じゃあ、放課後にね。」


「おう。」


昼休みの残りが少なくなっていたので、急いでトイレに向かう。

歩きながら、佐川くんとの関係が修復できた達成感で、背筋が伸びて、足取りが軽くなった。







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