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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『ハックルベリイとわたし』
36/95

9  7月6日(日) キラキラの午後のできごと


外に出てみると、龍野くんが予想したとおりだった。

丸太は滑りそうで、ロープは服が濡れそう。


「小学生のころ、網に座ってるうちに、ズボンのお尻からパンツまで濡れたことがあったよ。」


と、龍野くんが笑った。


それでもわたしは諦めきれなくて、ジグザグにつながった低い平均台やでこぼこの階段に乗ってみる。

すると、龍野くんが心配そうに隣を歩いてくれた。

そうやって、落ちたときに備えてくれていることがちょっと嬉しくて、次々に試したくなる。

もしかしたら、少しテンションが上がってるのかも。


アスレチックの敷地はけっこう広くて、遊びながらはずれまで行くのはかなり時間がかかる。

その間に雲が晴れて、青い空に明るい太陽が輝き始めた。

光を受けて、残っていた雨のしずくがキラキラと光る。

いつもよりも周囲の色がくっきりしているように見える。


湿度の高い空気と強い日差しでかなり暑い。

見た目なんか気にしていられなくて、持っていたタオルを日除け代わりに頭に被った。


一番はずれには大小の池があり、小さめの1つには2列の飛び石が並んでいた。

もう一つは学校のプールくらいの広さで、4本のドラム缶に板を渡した筏が2つ浮かんでいる。


(あれなら平気かも!)


小走りに近付くわたしの後ろから、龍野くんが「滑って転ぶぞ!」と叫ぶ。


(まるでお母さんみたい。)


心の中で笑いながら筏のそばまで行くと、思ったとおり、筏の平らな板は日差しでかなり乾いていた。


船着き場になっている岸の横に説明板が立っていて、長い棒で池の底を押すようにして動かすという図が描いてあった。

2本ずつ縦に並べたドラム缶に渡してある板はけっこうな広さがある。

説明の絵を見ると、3人くらいまでは乗れるらしい。


試しに足の先で筏の端を上から押してみたら、ゆらりと揺れて、本当に浮いているのが分かった。

筏に乗せてある棒は紐で筏につながっていて、間違って手を放しても回収できるようになっている。


「乗りたいのか?」


声に振り返ると、龍野くんが渋い顔をして立っていた。

たぶん、わたしには無理だと思っているんだろう。


「うん。」


わざと無邪気な顔をしてうなずくと、龍野くんはため息をついた。


「止めてもやるんだよな。」


「もちろん!」


そう答えると、龍野くんは無言で筏のそばまで行き、もやい綱を持って筏を引き寄せてくれた。


「ありがとう。」


元気な笑顔とは似合わない慎重さで、おそるおそる筏に足を掛ける。

端に乗ると揺れるので、なるべく真ん中に乗ろうと、少しジャンプして飛び降りたら上手く乗れた。


予想外の安定感で水に浮かぶ筏にほっとして岸を見ると、龍野くんはもやい綱を持ったまま立っていた。

わたしを一人で行かせても平気かどうか迷っているらしい。


「一緒に乗ろうよ。棒も2本あるし。」


龍野くんは疑り深い顔をして、筏を見た。

それからいきなり飛び乗った!


「え?!」


ぐらり、と筏が傾いて、岸から離れる方向に動く。

その動きで、立っていたわたしは龍野くんのいる方にトトトッと移動してしまった。


「あれ? うわ。」


傾いた重心がさらにずれて筏がますます傾く。

バランスを取りきれていなかった龍野くんは、腕を振り回しながら後ろ向きに水の中へ。


「え、そんな。」


龍野くんがいなくなった筏の揺れが怖くなって、わたしは床に手をつこうとした。

けれど、慌てていたわたしの左手が乗ったのは、板の外側のドラム缶の上で ――― 。


(落ちる!)


左手はするりとすべって下へ。そのまま体も後に続く。


「駒居!」


一瞬、龍野くんの声が聞こえたけれど、もうどうしようもなかった。

あっという間に頭まで水の中!


(どっ、どのくらい深いの?! 溺れたらどうしよう?!)


びっくりして何も考えられない! ――― と思ったら、右手が引っ張られた。

左手が水面をたたいたことに気付いて、動きを止めて目を開ける。

すると、目の前に龍野くんの顔が。

そして彼の手が、池の中に座ったわたしの両肩を支えている。


「大丈夫だ。深くないから。落ち着いて。」


たしかに水は深くはない。座ったわたしの肩が出ている。

でも………びっしょり!!


「どっか痛いか? 水飲んじゃった? おい、大丈夫か?」


呆然としているわたしを心配して、龍野くんが声を掛けてくれている。

それを間近に見ながら、頭の中で、落ちるまでの景色が再生されて……。


「もう……、龍野の馬鹿!」


思わず、思いっきり叫んでしまった。

よろけつつ立ち上がりながら、次々と言葉が飛び出す。


「あんな乗り方したら、危ないのが分からないの?! 自分の体の大きさを考えなさいよ! 物理の授業取ってるんだから、どうやって乗ったらいいかくらい想像できるでしょう?!」


怒りにまかせて怒鳴るわたしを、龍野くんは目を瞠って見るばかり。

そして、パチパチッと瞬きをすると、慌てて立ち上がった。


「ごめん!」


目の前で深々と頭を下げられても、わたしの怒りは収まらない。


「だいたいねえ、ジャンプする方向が ――― 」

「あの、ほら、早く着替えよう。風邪ひくから。」


わたしの言葉を遮り、龍野くんが手首を持って引っ張る。

そのままじゃぶじゃぶと岸へと歩き出す龍野くんに引かれて、また転びそうになる。


「やだ、ちょっと待って。あ、タオルが。」


引き返そうとすると、龍野くんがさっさと戻って拾って来てくれた。

それからまた手首を掴んで、引っ張って行こうとする。


「え? わかったけど、そんなに急がなくても。」


「いや、ダメだよ。早く。」


その勢いに、わたしの怒りは尻すぼみになってしまう。


(そんなに心配してくれてるの……?)


髪からも服からもしずくをたらしながら、ほとんど引きずられるように、遊具の間を抜けて最初の建物に向かう。

大丈夫だからもう少しゆっくり歩いて欲しいと言っても、龍野くんは拒否するし、振り向きもしない。


(もしかして、怒ってるのかな? 呼び捨てにしちゃったし。)


建物の入り口で受け付けのおばさんに腕輪を見せるとき、龍野くんはわたしを背中に隠すように立ってくれた。

おばさんには


「あらあら、池に落ちちゃったのね〜。」


とバレバレだったけど。


二人分の靴を持って先に階段を下りた龍野くんが、更衣室の前で後ろ手にわたしの靴を差し出す。

そして、言った。


「俺はその、見てないから。」


(?)


筏から落ちるカッコ悪い姿のことだろうか?

そりゃあ、龍野くんは自分が落ちてる最中だったんだから見ていなかったはずだ。


そう思いながら更衣室に入った途端。


「あーーーーーーっ!!」


龍野くんがあんなに急いでいた本当の理由が分かった。

それと……さっきの言葉がウソだってことも。


大きな鏡に映ったわたしは、ぼさぼさの頭に葉っぱがくっついて……、びっしょり濡れたポロシャツは、体に張り付いて、ブラがくっきりと透けていた。







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