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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『ハックルベリイとわたし』
34/95

7  7月6日(日) 一緒にいると心が揺れる


日曜日。

朝起きたら、雨だった。


でも、昨日の天気予報では午後は止むと言っていたし、龍野くんは屋内の施設もあると言っていた。

それに、何よりも、わたしは龍野くんの連絡先を知らない。

金曜日に約束をしたとき、アドレスの交換をすることを、どちらも思い付かなかったのだ。

だから、行くしかない。


龍野くんが言っていたフィールドアスレチックは、渡り浜海岸のはずれの姫ケ崎という岬にある。

海岸から岬のある丘までの一帯が県立公園になっていて、その一画に更衣室やシャワーも備えたフィールドアスレチックがある……と、昨日、インターネットで見た。

更衣室やシャワーがあるということは、汚れるか、本格的だということ。

つまり、着替えを持って行かなくちゃいけない。


龍野くんは行き先と待ち合わせの場所と時間だけしか言わなかったので、ネットで確認したのは正解だった。

情報が少ないことも、アドレスの交換をしなかったことも、とても龍野くんらしい気がして可笑しかった。

それに、その程度の気の遣われ方が、わたしには気楽でちょうど良かった。


昨日の夜に選んだ服は、白い半袖シャツと赤いタンクトップ、それにジーンズをロールアップで。

スニーカーは赤、着替えを入れた大きめのバッグにはタオルと念のため日焼け止めも入れた。


(まるで遠足に行くみたい。)


そんなことを思ったら、お弁当のことが気になる。

けれど、それは龍野くんだって同じことなのだから、会ってからでいいや、と脇に置いた。



待ち合わせは、9時半に鯨崎線の姫ケ崎駅。龍野くんの家のある渡り浜駅の一つ先。

烏が岡で乗り換えて、急行で渡り浜まで行き、各駅停車に乗り換え。

少し面倒だけど、それがまた遠足気分を盛り上げてくれる。

でも、長い傘が結構邪魔。


姫ケ崎の駅で降りたとき、ホームを歩く数人の中に、大柄な男の子の後ろ姿が。


(龍野くんかな……?)


隣の車両に乗っていたのだろうか。

硬そうな真っ黒な髪と大きな背中は、きっと龍野くん。肩にリュックを担ぐ様子も。

でも、今まで制服姿しか見たことがないから、前を歩く白地に細い焦げ茶のチェックが入ったシャツとブラックジーンズという後ろ姿に確信が持てない。

迷いながら速さを合わせて歩いていたら、改札口へ下りる階段の手前で、その人が左右を見回してから振り向いた。


あ、と思った途端、目が合って、日焼けした顔が白い歯を見せて笑った。


(あらららら……。)


「おはよう。」


急いで追い付いて、隣に並びながら笑顔であいさつをする。

でも、本当は緊張してる。

龍野くんはチェックのシャツの前を開けて中に黒いタンクトップを着ていて、その着こなしが……とても似合っていたから。

そんなことを思った自分に驚いてしまったから。


同時に、自分の服装も気になってしまう。

おしゃれはして来なかった。

胸元を開けて中のタンクトップを見せるように着ているとはいえ、白いシャツなんて、いつもの制服と変わりない。


「俺、着替えがあった方がいいとか、昼メシのこととか、何も言わなかったよな? ごめん。」


けれど、申し訳なさそうに言った龍野くんを見て、ほっとした。

服は違っても、いつもの龍野くんと同じだ。


「大丈夫。ネットで確認して、着替えは持ってきたから。」


「そうか。よかった。電話もメールも訊かなかったから、どうしたかなーと思って。」


「ふふ、そうだよね。わたしも、中止の相談ができないから、台風が来ても行かなくちゃって思っちゃった。」


「そうだよなー。」


そう言いつつも、龍野くんは、「じゃあ、アドレスを」とは言わない。

わたしもなんとなく言い出せない。

この距離は、どうしたらいいんだろう?


「昼メシはコンビニで買って行こうと思うんだ。向こうの展望フロアで食べれらるはずだから。いいか?」


「うん。」


わたしの微かな気遅れには気付かない様子で、龍野くんは話し続ける。

それを見ていたら、小さなことをいちいち気にしている自分が馬鹿みたいに思えてきた。

龍野くんは友達として接してくれているんだから、わたしもそうすればいいんだ。

麻美やクラスの女子と話すように、遠慮なく何でも言ってしまおう。


だって、今日はわたしのストレス解消が目的なんだから。




コンビニでサンドイッチやおにぎり、飲み物を仕入れて、雨の中を県立公園へと歩く。

雨はしとしとと降っているけれど、風がないので服はそれほど濡れない。

たしか、ネットでは15分くらいだと書いてあった。

でも、丘の上の公園でずっと上り坂だということには、ネットの地図では気付かなかった。


「ほら、荷物。」


途中で息が切れて黙りがちになったわたしに、龍野くんが手を出す。


「うー……、ごめん!」


頭を下げて荷物を差し出すと、笑って受け取ってくれた。

そして、半ば呆れたような、半ばからかうような顔で言う。


「ブラバンはよく走ってるけど、駒居は体力ないなあ。」


「そりゃあ、登山部と比べたら無いに決まってるよ。」


答えながらも息が切れる。

情けない!


「そうか? そう言えば、運動も苦手そうだったな。今日は無謀だったかも。」


「え? アスレチックって、小学生だって来るところでしょ? それくらい、わたしだって大丈夫だよ。」


「うーん、そうか?」


「そうだよ。それに、『運動が苦手』って言うけど、見たことないでしょ、クラスが違うんだから。」


「見たこと? あるよ、この前の球技大会で。」


球技大会……。

それは……。


「駒居、バスケでヘディングしてただろ。驚いたなあ、あれは。キャッチするふりをしてヘディングだもんなあ。」


そう言ったあとに、具体的に思い出したらしく「プッ。」と吹き出した。


「あれは……笑い事じゃないよ。ものすごく痛かったんだからね!」


「ああ、やっぱり痛いのか。俺は、もしかしたら部活のために指を怪我しないようにしてるのかと思って、ちょっと感心したんだけど。」


ふんっ!


「だとしたら、それはわざとやってるってことでしょ? 運動が苦手っていう証明にはならないよ。」


「そうだな。あはははは!」


悔しい!


「ああ、あそこだ。」


何か言い返してやろうと考えている間に道を上りきり、目的の建物が見えて来た。

丸太やロープを組んだアスレチックの遊具が雨の中に並んでいる横に、白いコンクリートの大きな建物がある。


「3階が展望台で、1、2階に屋内の遊び場があるんだ。更衣室とトイレは地下。」


「よく来るの?」


「中学のころまでは、友達としょっちゅう来てたよ。今日は雨だから、人は少ないな。」


龍野くんの視線を追って左の方を見ると、広い駐車場には3台しか車がなかった。


建物の受け付けで入場料を払うと、鍵のついた腕輪をくれた。

この鍵でロッカーは何度でも開け閉めできるらしい。


スニーカーをビニール袋に入れて持ち、龍野くんの後について中へ。

小さい子どもの笑い声が聞こえてくる。


体育館にあるような扉を開けると、それまでの白っぽい内装とは打って変わって、木でできた部屋だった。

微かに冷房が利いていて、空気がさらっとしている。

広さは体育館の半分くらいだろうか。2階部分は三分の二くらいまでしか床がない。

複雑に組まれた角材のオブジェや、丸太を斜めに並べた階段、2階の床の一部に張ってある網、垂れ下がるロープ……。

2階に上がるのも、螺旋階段以外に、斜面を登ったり、ロープや棒を使ったりするらしい。

幼稚園くらいの男の子が大人に見守られながら、チューブ状の滑り台から降りて来た。


「できそう?」


その声に龍野くんを見上げると、またニヤニヤしている。


「当たり前でしょ。あんなに小さい子だって遊んでるじゃない。」


「そうか。じゃあ、着替えに行くか。」


まだ笑いをこらえるような顔をして、龍野くんが言った。


「あ、でも、ここなら汚れないような気がするけど……。」


室内をながめながら迷う。

着替えるのって面倒だし……。


「汚れないけど、汗はかくぞ。それに、その服だと中が見えるかも。」


(中?!)


慌てて自分の胸元を見下ろす。

シャツのボタンは3つめまで開いていて、中のタンクトップは襟ぐりが広い。

たしかに屈んだら見えるかな……と、その場で確認しそうになってやめる。


「そ、そうだね。龍野くんが気が散って怪我したりすると悪いから、着替えることにするよ。」


「そうだな。あはははは!」


“ふん!” という顔をしつつ、気持ちは複雑だ。

あんなふうに何でもない言い方をされるなんて、やっぱりわたしは女の子として見られていないんだ、と分かって。


ほっとするけど、ちょっと不満。

女の子の心は微妙なんだよ。







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