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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『ハックルベリイとわたし』
28/95

1  7月1日(火) こんなに憂うつなのは初めて

吹奏楽部部長の駒居胡桃こまい くるみと大きくて穏やかな龍野大貴たつの だいきの物語。




気が重い……。


今まで、これほど憂うつになったことはなかった。……部活のことでは。

先輩にたくさん怒られても、大会出場メンバーに選ばれなくても、部室に行くのが嫌になったことはなかった。


でも、今日はダメ。

みんなと顔を合わせたくない……。


わたしたちにとっては最後の大会だから、いい成績を取りたい気持ちは分かる。

わたしだって同じ。

だけど、だからと言って、佐川くんのことをわたし一人に押し付けるのは……。



佐川くんは、わたしたち吹奏楽部の同じ3年生。

副部長で、打楽器を担当している。

結構上手だし、練習熱心ではあるのだけど、部員には受けが良くない。

なぜなら、上から目線の口の利き方をするから。


1、2年生のころは先輩がいたからまだよかった。

でも、去年の夏休みに先輩が引退してから、彼のものの言い方が部員達 ――― 特に同学年の間で、反感を買うようになった。

それでも表立って言い争いになったりすると部の雰囲気が悪くなると思って、みんな、なるべく気にしないようにしてきた。


けれど、先月の中間テストが終わってから、様子が変わった。


毎年、夏休みの最初に行われる大会で3年生は引退と決まっている。

だから、3年生はみんな、一層気合いが入る。

そんな中で佐川くんの言葉も、いつもよりも調子が強くなってきた。

一番困るのは、最近の彼の指摘が部員の技術面の未熟さだけでなく、精神面にまで及ぶようになってきたこと。

「たるんでる。」とか「やる気がないからだ。」なんて決めつけて言われると、 “頑張っているのに” と傷付く。

自分が言われたのではなくても居心地が悪い。


そんなことが、もともとイライラしている部員たちの癇に障り、一部では爆発寸前の状態。


うちの顧問はたまにしか顔を出さず、活動は生徒にまかされている。

わたしは部長という立場上、どうにか喧嘩になるのを避けようと、それなりに努力はしてきた。

全体練習中には仲裁に入り、個別の愚痴を聞き、先生にも相談した。

もちろん、佐川くんとも話した。

みんな……佐川くん以外は、わたしが努力していることは理解してくれていると思っていた。



そう。

“思っていた” ――― 。



それが自分の思い込みだったと知ったのは昨日のこと。

部活終了後に駅に向かう道で、リサたち3人から責められたのだ。


胡桃(くるみ)が甘やかすから、佐川くんがつけ上がるんだよ。」


最初の一言に頬を殴られたような気がした。

心臓がドキリとし、耳がかーっと熱くなった。


「そうそう。みんなの前で、はっきり言ってやった方がいいんだよ、威張るなって。」


「そうだよ。ちょっと顔がいいからって、何を言っても許されると思ってるんじゃないの? ほんとに頭に来る!」


「副部長の佐川くんより胡桃の方が偉いんだから、胡桃が一喝すれば、あいつだって少しは反省するでしょ。」


言葉が被せられるたび、心臓がドキドキして、体が熱いような、寒いような感覚に襲われる。

耳と頬に血が上ってきたことが分かって、ショートボブにしている髪が隠してくれることを祈った。


「で、でも、さすがに後輩の前では言えないよ。佐川くんの立場だってあるし……。」


反論しながら、唇がが震えていることが分かった。

なんとか落ち着こうとゆっくり言葉を重ねて、わたしはリサたちをなだめようとした。


「それに、わたしたちが目の前で揉めたら、1、2年生だって困っちゃうよ、きっと。」


わたしだって佐川くんの口の利き方に腹が立つことはある。

でも、それは彼なりの熱心さの表れだと思うと一方的に責めることはできない。

それに、やっぱり同じ部の仲間として上手くやっていきたい。最後の大会なのだから。

それをリサたちにも分かってほしいのに……。


「そうやって胡桃が厳しく言わないから、あいつが調子に乗るんだよ。」


そう言って、彼女たちはますます怒ってしまった。

理解してもらえないことに、わたしは驚いて、困って、悲しくなってしまった。


駅で反対方向に帰るリサたちと別れたあと、一番の理解者だと思っていた麻美に相談しようとした。

ところが、麻美から返って来た言葉は


「胡桃は部長なんだから、仕方ないんじゃない。」


だった。


麻美なら分かってくれると思っていたのに、「仕方ない」で片付けられてしまうなんて。


リサたちの怒りよりも、麻美のこの一言の方がずっとショックが大きかった。



そんなことがあって、今日は部活に行きづらい。

佐川くんは今日も人を傷つけるような言い方をするだろうし、リサたちは不満を態度で示すだろう。

麻美も助けてくれない。後輩はびくびくする。

わたしは ――― 大声で怒鳴って、ほったらかして帰ってしまいたいけれど、できるはずはない。


(どこかで時間稼ぎでもしたいな……。)


でも、どこで?


トイレに閉じこもるのは落ち着きそうだけど、人が出入りすると気になるよね。

教室に一人でいたりしたら、まるで「悩みがあります。」って言いふらしてるみたいだし。

ああ、それにうちの教室は、放課後に勉強してるカップルがいるんだった……。


うじうじと思い悩みながら、廊下を歩く。

立ち止まっているのも変な気がするので仕方なく歩いているけれど、音楽室に近付くのが嫌だ。



音楽室はC棟の4階。3階から上にクラスの教室のある東西に長いA棟の東側に直角に接続している。

A棟3階にあるわたしの教室からは、東の突き当たりまで歩き、C棟の角にある階段を上って右に行けばすぐだ。


「は………。」


階段まで来たら、ため息が出た。

上からは、早くも誰かがクラリネットを練習している音が聞こえる。


(行きたくない。でも……。)


一歩、二歩、三歩。

重い足取りで階段に近付く。


(うー……。)


最後の一歩。

階段の一段目に足を掛ける直前で、左に向きを変えた。

そのまま急ぎ足で、左側の下り階段を2階へと掛け降りる。

一段降りるたびに、サイドの髪が頬にパタパタとあたる。


(もうちょっとだけ。)


もうちょっと。


もうちょっとだけゆっくり。


2階に下りて、ちょっと迷う。

左に進めばA棟の2階、職員室。

右に進めばC棟の社会や英語の教材室が並ぶ。


(人のいないところ。)


一つ頷いて、C棟の廊下を北側へ向かって歩き始める。


この廊下は突き当たりまで行くと、左向きにD棟がつながっている。

D棟を西端まで歩けばB棟につながり、B棟はA棟の途中にぶつかる。

うちの校舎は、長いA棟のうしろに、中庭を囲んで四角く3つの棟がつながっているのだ。

高さは、南側のA棟が5階建、東側のC棟、北側のD棟が4階建、西側のB棟が昇降口と図書室の2階建。

2階の廊下なら、校舎をぐるりと一回りできる。

1階は、A棟の下を中庭に抜ける広いトンネルがあるので、校舎を一回りできるのは2階だけだ。


(一回りすれば落ち着くかな。)


そう思って歩き出したけれど、B棟へと曲がったとき、それほど時間はかからないと分かった。

まだ音楽室に行く決心がつかなくて、2周目を考えてしまう。

そのとき、通りかかった図書室の戸のガラスから中がちらりと見えた。


(そうか。使っていいんだ……。)


中を覗くと7、8人の生徒がウロウロしたり座ったりしている。

それを見て、ほっとする思いで戸を開けて中に入った。







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