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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『傘をさしたマトリョーシカ』
26/95

18  6月27日(金) 告白


『向風くん、ごめんなさい!』


あいさつもそこそこに電話から聞こえて来た雅さんの声は、今にも泣き出しそうだった。


「え? あの……、どうしたの?」


『あの……、あの……、あ……、わたし……。』


(このまま泣かれちゃったらどうしよう?!)


電話の向こうで泣かれてしまっても、どうやって慰めたらいいのかわからない。

僕もパニックになりかけながら、雅さんに声をかける。


「あの、雅さん、落ち着いて。ええと……、ちょっと深呼吸しようか。ね?」


『は、はい。』


返事のあと、しばらく電話は沈黙していた。

その間、僕は雅さんが深呼吸している姿を思い浮かべつつ、電話をかけてきた理由を想像してみる。


最初に『ごめんなさい。』と言ったからには、何か僕に謝ることがあるらしい。

けれど、思い当たるようなことは何もない。


『あ、あの……。』


「あ、はい。大丈夫?」


『うん……。』


雅さんの元気のない声。

いったい何があったんだろう?


「どうしたの?」


話しにくいかも知れないと思って、こちらから尋ねてみる。

何秒か間があって、雅さんが話し始めた。


『今日……、クラスの女の子たちから聞いたの……。』


「うん。何を?」


『あの……、ウワサが……。』


ウワサ話か。

学校ではいくらでも流れている。

今日聞かされた槌田の話だってそうだ。


「何か、ひどい内容だった? あ、もしかして、雅さんの家のことで?」


それで雅さんは傷付いているんだろうか?

彼女の家が農家だっていうことで何か……?


『あ、ううん、違うの。そのことじゃないの。』


「そう? それならいいけど……。」


また少し間が空いて、小さな声が聞こえた。


『向風くんのことなの……。』


「僕の?」


嫌な胸騒ぎがする。

せっかくクラスに馴染んできたというのに、誰かが流したウワサのせいで、僕はみんなに避けられるようになってしまうのだろうか?


『あの……、わたしのせいなの……。』


(雅さん……。)


彼女の泣きそうな声を聞いた途端、自分のことなんかどうでもよくなった。

僕のために彼女に泣いてほしくなんかない。


「雅さんが流したウワサじゃないんだよね?」


『うん……。違うけど……。』


「じゃあ、雅さんのせいじゃないよ。どんなウワサなのか、教えてくれるかな?」


『あの………。』


一呼吸置いて、声が聞こえた。


『あの……、向風くんが……。』


「うん。」


『あの……、わ、わた、わたしのことを、好きだって……。』


「あ……。」


びっくりして、言葉が出なかった。

何か言わなくちゃと思って口を開けても声が出なくて、また閉じてしまう。

それを何度も繰り返しているうちに、時間だけが過ぎていく。


『ご、ごめんなさい。わたしのせいで……。』


「え…、いや…、その…、え?」


混乱して、変な受け答えになってしまった。


ウワサそのものもびっくりしたけど、雅さんに謝られている意味がもっと分からない。

雅さんが可愛すぎることを謝っている、なんてことがあるわけないし。


『あの、ごめんなさい……。』


か細い声の謝罪の言葉を聞いて、今度は自分が深呼吸をする番。

良く考えて、何か言わなくちゃ。


(今、やらなくちゃいけないことは何だ?)


雅さんを慰めること。

雅さんの心配を取り除いてあげること。


うん、そうだ。

まずは、雅さんがどうして僕のウワサを自分のせいだと思っているのか聞き出さなくちゃ。


「あの、雅さん。どうして雅さんが謝るの?」


『え? あの、だって……、わたしが向風くんを頼り過ぎて……。』


「僕を?」


(そうだったっけ?)


『うん……。わたし……心配になると、すぐ向風くんを頼って、相談して……、それを見ていた人が……勘違いして……。』


「ああ……。」


勘違いじゃない。

たぶん、僕の嬉しそうな顔や慌てぶりを見たからだ。

あんな様子を見たら、誰が気付いても不思議じゃない。


「雅さん、ごめん。」


そう。

謝るのは僕の方だ。

雅さんにそんな思いをさせてしまったのは僕が原因だ。


『え?』


「雅さんは悪くないよ。」


『え……、でも……。』


納得してもらうには、言ってしまうしかない。


「それ……勘違いじゃないから。」


『え……?』


「ごめんね、雅さん。言うつもりじゃなかったんだけど……、そのウワサ、本当だから。」


少し待っても何も聞こえて来なかった。

きっと驚いているに違いない。


「たぶん、僕の態度に出ちゃったからだよ、嬉しそうなのが。だから、雅さんのせいじゃないよ。」


おかしな告白になったけど、言ってしまったらすっきりした。

これでたぶん、雅さんとの関係はおしまいだ。


『……うそ。』


「……え?」


『うそでしょ、そんなの。』


「え……、どうして……?」


断られる覚悟はしていたけれど、否定されるとは思わなかった!


『向風くん、優しいもん。そうやって、わたしは悪くないって庇ってくれてるんでしょう?』


「え? そんなこと…ないよ。」


(誓って本当だけど!)


『うそ。違うもん。だって、困ってたじゃない。』


「困ってたって……?」


『今週、何度も困った顔してたもん! 本当はこのウワサのことを知ってて、わたしと話したくなかったんでしょう。誤解されたら困るから!』


「ああ……、なるほど。」


半泣き状態の雅さんの説明を聞いて、僕は妙に感心してしまった。

誤解や勘違いというものは、どこにでも転がっているのだ。


『ひっく……、向風くんの…馬鹿……。』


(しまった! 泣いちゃってる!)


「あ、あの、雅さん、ごめん。泣かないで。」


『やだ。もう……う……。』


(どうしよう?!)


「あのね、雅さん。うそじゃないんだよ。僕は本当に雅さんのことが好きなんだよ。」


(ああもう! 恥ずかしいよ!)


『うそだもん。』


「うそじゃないよ。」


(こんなこと、うそつくヤツいるのか?)


『そんなこと……ぐすっ……知らなかった。』


「そ、そうだよね。びっくりさせて、ごめんね。」


しばらく間が空いてから、落ち着いたらしい雅さんの声が聞こえた。


『あの……、いつから?』


「あー……。」


話さなくちゃならないだろうか?

でも、今ごろ隠して何になる?

僕の気持ちを伝えてしまった今では、隠す意味なんかないじゃないか。


「最初から。」


答えながら力が抜けた。


『最初……? じゃあ、一緒に帰った日は……。』


「うん。あのときも、そうだった。」


ほっとしたら、言葉がすらすらと出る。


「ああ、でも、傘を貸したのは、恩を売ろうとか、そういう気持ちじゃなかったんだよ。ただ、雅さんの役に立ちたかったんだ。相談に乗るって言ったことも、そうだよ。」


『ずっと……?』


「うん。でも、ごめんね、ウワサになっちゃったりして。雅さんには知らせないつもりだったのに。」


またしても沈黙。

ショックを受けているのか、どう断ろうかと考えているのか……。

どちらにしても、これで終わりだ。


『やっぱり信じない。』


「えぇ?!」


『言うだけだったら、いくらでも言えるもん。』


(そんな!)


『ウワサはわたしのせいじゃないって慰めようとして、そんなこと言うんでしょう。向風くんは、いつだって優しいから……、う………。』


(また泣いちゃってる?!)


「あの、うそじゃないよ。ああ、あの、どうやったら信じてくれるの?」


『し…、ひっく、知らないよ。そん、そんなの……、自分で考えてよ。』


(自分でって……。)


「ええと、あの、うーーー……ん、そ、そうだ! あの、アイスを食べに行こうよ。この前のお店に。ね?」


『い……、一回だけなんて、誰でも……できるもん。』


「え? ええと、それなら……、あ、そうだ、ほら、学校の帰り。一緒に帰ろうよ。」


(これならどうだ!)


「ね? でさ、烏が岡で寄り道しよう。どう?」


(もしかして……、僕は雅さんをデートに誘ってるのか?)


『ホントに……?』


「うん。ほんとほんと。……あ、でも、部活があるから毎日は無理だけど……。」


『う……、それでいい……。』


(いいんだ?! よかったー!)


ぽつんと返って来た答えに、心からほっとした。

しばらくの間、電話からは、雅さんが落ち着こうとする気配が伝わってきていた。

それから……。

次に聞こえてきたのは、僕が一気に脱力するような言葉だった。


『本当は……、ホントはね……、ウワサが本当だったらいいなあって……思ってたの。』


(えぇ?!)


「……だったら、もっと早く信じてくれればよかったのに……。」


僕があんなに焦ったのは、いったい何だったのか……。


『だって……、信じられなかったんだもん……。』


「ああ……うん、そうなんだね。」


信じられなかったものは仕方がないけど……。


まあいいや。

僕の気持ちは伝わって、……伝わって、どうなるんだ?


『あの……。』


「あ、うん、なに?」


『アイスは、いつ?』


(こうなるんだ!)


「え、ええと、その……明日。」


『明日?』


「うん。……明日。」


『わかった。』


電話から聞こえる声は明らかに安心しているようで、僕は久しぶりに晴れ晴れした気分になった。


『明日、10時にこの前のところで。』


「うん。明日ね。じゃあ……、またね。」


『うん。……ありがとう。じゃあね。』


電話が切れてからも、そのまま携帯を握りしめ、雅さんとの会話の内容を再確認した。

何度思い返しても、明日、雅さんとデートすることは間違いないようだった。







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