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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『傘をさしたマトリョーシカ』
22/95

14  6月22日(日) 写真


(いったい僕はどうしたらいいんだろう……?)


駅へ佐倉と天園を乗せて行くワゴン車を雅さんと並んで見送りながら、ひたすら困ってしまう。

さっきまでは大勢の中にいて、二人で話すことも普通のことに思えた。

けれど、こんなふうに取り残されてしまうと、一気に気まずさが戻ってくる。

夕方になってきて少し風が吹き始めたのに、さっきよりも熱いような気がした。

駅は近いから、おばさんはすぐに帰ってくるだろうけど、それまでここに突っ立っているのは変な気がするし……。


「ええと……、あの、か、片付けは、あれでよかったのかな?」


話題をどうにか見付けて、口に出してみる。

言いながら雅さんの方を向いたら、すぐ横にいた雅さんと目が合って……。


(いつもと違う。)


ハッとした。

もちろん、学校と違うのは当たり前なんだけど……。


大きな瞳とその上で切りそろえた前髪は同じ。

ふっくらとしたピンク色の頬も、小さな口も。


違うのは、髪を下ろしていること。

いつもは耳を出して、肩までの髪の上半分を後ろで結んでいるけれど、今は違う。

まっすぐでたっぷりした髪が、頬にかかりながら、日本人形みたいに肩までおりている。


もう一つ違うのは、服装。

さっきまでのオーバーオールではなく、白とオレンジのTシャツの重ね着と弛めのジーンズ、それに、突っかけサンダル。


ものすごく普段着。

それが、とても似合っている。


ほんの一瞬の間に僕の目と脳はそんなことを読みとって、雅さんの姿を頭の中に焼きつけた。

胸が痛いような、苦しいような……、泣きたいような気分。

僕は今、どんな顔をしているんだろう?


「あ……、え、と、一応、大丈夫だと思うけど……、もう一回、見ておこうかな。」


雅さんの態度もさっきまでとは違う。

みんながいるときはもっと屈託のない笑顔だったのに、今は視線が落ち着かない。

僕と二人きりでは、話すことがなくて困ってしまうのは当然のことだ。

納屋に向かって歩き出した雅さんの斜め後ろを歩きながら、隣に並ばなくて済んだことにほっとした。


彼女の普段着の後ろ姿と、履いているサンダルのパタパタという音が僕の心を和ませる。

雅さんと一緒にいると、緊張したり、ほっとしたり、まるで嵐の海に浮かんでいるように気持ちが激しく上下する。


でも……。


近くにいられるだけで、幸せだ。



雅さんが納屋をのぞいて、脚立もコンテナも大丈夫と言った。

僕たちがもらって帰っても、梅の実はまだたくさん残っていた。

畑には収穫しきれなかった分もある。

どうするのか尋ねたら、雅さんはくすくす笑って「梅づくし。」と言った。


「梅干しでしょ、梅酒でしょ、梅シロップに梅ジャム……。一番多いのは梅干しかな。親戚に送ったりもするの。」


「へえ。こんなにあると、ものすごく大変そうだね。」


「うふふ、わかる? ホントに大変なんだよ。小さいへたをとったり、大きなお鍋で煮たり。梅を漬けるビンもたくさんあるんだよ。」


「ああ、そうだよね。」


会話がうまく回り始めて、僕も雅さんも肩の力が抜けた。

リラックスした空気が戻ってくる。


「向風くんは、トラクターが気に入ったみたいだったね?」


雅さんが楽しそうに言いながら、納屋の中をトラクターの方に歩いて行く。

彼女を視線で追いながら、ちょっと驚いた。


「……分かった?」


僕は姉さんほど態度に出さなかったつもりなのに。


「うん。」


雅さんはトラクターの横でくるりと振り向いて手を後ろに組むと、恥ずかしげな、そして得意気な顔をして言った。


「ちゃんと見てたもん。何回も近付いたり離れたりしながら、真剣な顔をしたり、にこにこしたりしていたよ。」


(しまった……。)


声に出して騒がなかったけど、顔には出てたのか……。


雅さんは「にこにこ」と言ってくれたけど、本当は「ニヤニヤ」だったに違いない。

図書室の人形のことと言い、今回と言い、雅さんは僕が見られたくない場面をいつも見てしまう。


僕ががっかりしているのを見て、彼女はまたくすくす笑った。

その様子を見ていたら ―― なんだか、見られたことくらいどうでもいいような気がしてきた。

面白がられているのは間違いないけど、だからといって、雅さんが僕を嫌いになったわけじゃないんだから。


星歌(せいか)ー。中に入ってもらったらー?」


「あ、お母さんだ。はーい。」


おばさんが駅から戻って来たらしい。

ああ言ってくれたってことは、姉さんたちは、まだ戻っていないのだ。


玄関に向かいながら今日が日曜日だということを思い出し、少しだけトラクターの仕返しのような気持ちで、からかう意味も込めて訊いてみる。


「今朝も仮面ライダーを見たの?」


すると、雅さんは一瞬驚いたように僕を見て、それからくすっと笑って言った。


「見てないよ。今日はお客様が来るから、落ち着かなくて見なかったの。」


「ふうん。」


もう少し恥ずかしがるとか、違う反応が返ってくると思ったのに。

僕の小さな反撃は上手く行かなかったようだ。


「だからね、」


雅さんが打ち明けるように続ける。

その様子に思わず興味をかきたてられて、彼女をまじまじと見てしまう。


「録画しておいたの。」


「え?」


仮面ライダーを?

録画?

そんなに大事なの?


「せっかくだから一緒に見る?」


いたずらっ子のような顔で言われて、僕は……。


(負けだ……。)


彼女の態度も言うことも、僕よりも一枚上手な気がする。

おとなしそうだし……、実際、おとなしいけれど、親しくなると、こんな素顔も見せてくれる。

それに、素の雅さんも、可愛らしさは変わらない。

いや、普段よりも、ずっといい。


「うん。いいね。」


答えながら笑ってしまった。

僕は今まで、雅さんの何を見ていたんだろう、と思って。


だって、今まで知っていたのは、雅さんのほんの少し。表面だけ。

こうやって話せば話すほど、本来の雅さんを知ることになる。

そして、知ってみると、そっちの方がずっと生き生きとして魅力的だ。


僕の気持ちは、いったいどこまで行くのだろう……?





玄関に入ったとき、広々としていて驚いた。お昼の片付けのときは勝手口から入ったので、ここは見なかったのだ。

靴箱の棚の上に写真立てが3つ置いてあり、一番手前の写真には、舞台の上に小さい子が何人か立っているところが写っている。

どうやら、幼稚園のおゆうぎ会のようなものらしい。

真ん中の女の子が赤い防災頭巾のようなものを被っている。その隣には尻尾をつけた男の子。

たぶん、「赤ずきん」の劇だ。


(もしかして、雅さんか?)


そう思いながら顔を近付けて見ると……やっぱりそうだ。

赤ずきん役の女の子。

今よりも顔が丸くて頬が赤いけど、それ以外はほとんど変わっていない。


(この雰囲気、どこかで見た気がする……。)


「あ! 見ちゃダメ!」


大きな声がして、目の前から写真が消えた。

振り向くと、スリッパを履いた雅さんが、手を後ろに隠していた。


「見ちゃダメなの、これは。お母さん、何度言っても片付けてくれないんだもの……。」


さっきの写真に負けないくらい赤い頬をして、最後の方はブツブツと文句を言っている。


「向風くん、早く入って。こんなところで写真なんか見なくていいんだから。」


「……はい。」


笑いたいのをこらえるのが大変で、顔をそむけているしかない。

雅さんは、もうあの写真を僕の前に出すつもりはないようだけど、そんなことをしても手遅れだ。

あの写真の雅さんは、すでに僕の目に焼き付いてしまったから。




和室の居間は、長方形の座卓の周りにイグサの座布団が並んでいた。


(正座ってめったにしないけど、耐えられるかな……。)


不安になった僕の前で、雅さんがさっさと座布団を重ねている。


「はい、どうぞ。脚は伸ばして座ってね。」


にこにこしながら示してくれたのは、三段重ねの座布団。

勧められるままに、座卓の下に脚を伸ばして座ってみると、イグサの感触が気持ち良かった。


「お持たせでごめんなさいね。」


おばさんが紅茶と一緒に、お土産に持って来たうちの母親のパウンドケーキを出してくれた。

パウンドケーキを切らないでお土産にするのは内心不安だったので、出て来たケーキがいつも食べているのと同じようにちゃんと焼けていてほっとした。


それから、居間のテレビで、雅さんが録画した仮面ライダーを一緒に見た。

初めて見る僕に、雅さんは今までのストーリーや登場人物を解説してくれた。


「あれが変身用のベルトだよ。」

「こっちの敵は、裏切りそうなんだよ。」

「今回のはね、戦闘中の動きが綺麗なんだよね。」

「この人は一応味方なんだけど、戦ってる目的が違うんだよ。」


などなど。


僕は、雅さんが真面目な顔をしてそんなことを言うことの方が面白かった。

それよりも、僕が興味を引かれたのは、いろいろなグッズの方。


変身ベルトや武器の開発に、おもちゃ屋はどのくらい関わっているのだろうか。

あの怪人のデザインもすごいけど、あのスーツを作っている職人技がすごい気がする。

主人公が乗っているオートバイは、実際に買えるのか?


30分間に楽しいことがたくさん詰まっていて、あっという間に来週の予告まで見てしまった。


「うーん……、結構奥が深いね。もしかしたら、来週も見ちゃうかも。」


思わずそう口にすると、雅さんがパッと嬉しそうな顔をした。


「ね、そうでしょ? 来週も見て。」


その笑顔を見て思った。

これを毎週見たら、雅さんと共通の話題が増えるんだな、って。







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