13 6月22日(日) みんなで
雅さんのお兄さんを見て落ち込んだ僕だったけれど、作業が始まったら、落ち込んでいる暇なんかなくなった。
梅の木は、納屋の裏手に10本ほどあって、枝には青い実がたくさんなっていた。
木の下に落ちている実もたくさんある。
木の背丈はあまり高くなくて、これは収穫しやすいように切ってあるのだそうだ。けれど、脚立に乗っての作業が必要なのは間違いない。
10本と言っても、間をあけて植えてあるから、広さはかなりある。
梅畑の手前に、たくさんの青いプラスチックのコンテナと3台の脚立が用意してあった。
「全部やらなくてもいいのよ。ちゃんと休憩しながらやってね。」
おばさんがにこやかに言いながら、麦茶とスポーツ飲料のペットボトルを、氷水を入れた盥に入れて日陰に置いてくれた。
作業そのものは難しくない。
落ちた実を拾う作業と、脚立に登って枝の実をもぎとる作業がある。
雅さん以外は梅の実にさわるのは初めてで、その硬さや表面の感触が珍しくて歓声を上げた。
予想外だったのは、その重さ。
一つひとつは小さいのに、集めた梅の実は意外に重かったのだ。
最初に脚立に登ったのは佐倉と姉さんと僕で、ひもを付けたカゴを肩から下げていた。
カゴに少しずつ貯まって行くときには気付かないのだけど、動いたときにひもが肩に食い込んだり、脚立の上でバランスを崩しそうになったりする。
脚立から落ちそうになった姉さんは、一回だけでやめてしまった。
その後、天園と何人かの女子が脚立に登りたくて佐倉と僕も交代し、カゴがいっぱいになると上から僕たちを呼び付けるという方法で、偉い人の気分を味わっていた。
面白がって枝を揺らして、下にいる僕たちの上に実を落として笑ったりもしていた。
姉さんは実を入れるプラスチックのコンテナがいっぱいになると、
「駿ちゃ〜ん、運んで〜。」
と僕を呼び、へっぴり腰でコンテナを運ぶ僕を後ろで笑った。
けれど、一応僕でも女子よりは力があることが分かって、女子には感心されたし、自分でも密かにほっとした。
佐倉はやっぱり僕よりも力があるようで、コンテナを運ぶ姿が板に付いていた。
こういう作業をしていると、お互いに遠慮なんかしていられなくなる。
外だということもあって大きな声で話すし、「危ないよ」とか「これお願い」とか、声を掛け合う場面もたくさんある。
虫が出たと言って叫んだり、尻もちをついた誰かを笑ったり、性別も年齢も関係なく、賑やかに作業は進んだ。
――― まあ、僕がみんなに命令される立場だということだけは、どうにもしようがなかったけど。
一回目の休憩のとき、僕の要領の悪さが天園と姉さんの間で話題になり、それをまたみんなに笑われた。
姉さんと天園がいると、いつもの2倍どころか3倍も4倍も、みんなに面白い話題を提供する破目になる。
もう、これも運命だと諦めがついたけど。
……と思っていたら。
休憩のあと、女子の一人が面白がって僕のことを「駿ちゃん」と呼び始めた。
それがたちまち広がって、雅さんと天園以外の全員が僕を「駿ちゃん」と呼ぶようになってしまった。
今まで天園がずっと「ムカイ」と呼んでいても誰も同調しなかったのに、これはいったいどういうことなんだろう?
佐倉のことは誰も「佐倉くん」(天園は呼び捨てだけど)以外の呼び方をしないのに。
僕は女子に
「駿ちゃ〜ん、ちょっと〜。」
と言われるたびに決まりの悪い思いをし、そんな僕を見て、雅さんまでくすくすと笑った。
(どうせなら、雅さんも呼んでくれればいいのに。)
そんなことを思っても、それを口に出すほどの勇気はない。
あの可愛い声で呼ばれたら、気分が全然違うと思うんだけどな。
「お昼ですよ〜!」
雅さんのお母さんの声。
気付くと、とてもお腹が空いていた。
お昼は納屋の庇の下にテーブルと椅子が出してあり、そこに大きなお皿に乗せたおにぎりと具だくさんの味噌汁、それに漬け物が用意されていた。
外での食事ということもいつもと違って面白かったけど、椅子の形や色がいろいろだったことが、僕にはとても楽しく思えた。
納屋の横にある水道で手を洗い、適当に席に着いてみたら、雅さんの隣だった。
みんなで会話をする合間に何度か顔を見合わせて微笑み合うチャンスもあって、まさに至福のひととき。
それに、普段よりもずっとスムーズに言葉が出て、みんなともたくさんしゃべった。
おにぎりは梅干しと鮭とタラコの3種類。
梅干しは、去年漬けた自家製だそうだ。
すごく酸っぱいところがいかにも自家製らしい気がしたし、種を抜いて握ってあって、おばさんの温かさを感じた。
漬け物と思ったのはピクルスで、おばさんお得意のメニューだそうだ。
カブやキュウリ、パプリカ、ニンジン、キャベツなどが程よい甘酸っぱさで漬かっていて、とても美味しかった。
雅さんの話では、玉ねぎをすりおろして入れてあるらしい。
うちの母親が玉ねぎを切るたびに泣いていることを思い出して、心の中で頭を下げながらいただいた。
食べ終わると、ぼんやりと休憩タイム。
佐倉は納屋の壁際に並べて置いてある木に座り、壁に寄りかかって眠ってしまった。
机に伏せて寝ている女子も二人ほど。
残りの僕たちも、半分まどろみながら、話をしたり黙ったり。
お腹がいっぱいの満足感と、心地よい疲労感。
こんなふうに、何もしないで友達と過ごす時間なんて、今まであったかなあ……と思った。
しばらく休んでから、姉さんと雅さんと僕で食器を片付けに行き、キッチンでおばさんと話をしながら食器を洗ったり拭いたりした。
お椀を拭いているだけなのに、雅さんの隣にいると、楽しくて楽しくてしょうがない。
少しでも感心してもらいたくて、姿勢や手つきも、つい気取ってしまう。
「慣れてるわねえ。駿介くんは、いつもお母さんのお手伝いをやってるの?」
雅さんではなく、おばさんに褒められて慌ててしまった。
しかも「駿介くん」なんて呼ばれて。
「ええと……、たまにですけど……。」
思わず顔が赤くなってしまう。
下を向きながら、姉さんが余計なことを言わないようにと心の中で祈った。
調子に乗ると、何を言い出すか分かったものじゃないから。
けれど、姉さんは僕を馬鹿にするようなことは言わなかった。
ピクルスの作り方をおばさんに尋ねたりして、なんとなく大人の会話をしているので、僕はほっとして雅さんと話をすることができた。
それが終わったところで、広彰さんがショベルカーを動かすために出てきてくれた。
眠っていたメンバーも起きだして、みんなで納屋から小さいショベルカーが出てくるのを見守った。
緑色のショベルカーは、小さくても、大きいものと同じように動く。
キャタピラで移動するし、車体が左右に回転する。
もちろん、関節のある腕だってなめらかに動くし、土をすくう部分も同様。
姉さんは僕よりもはしゃいでいる。
エンジンを止めたあと、あちこち触ったり、運転席に乗せてもらったりした。
僕はトラクターの方が気に入った。
大きなタイヤがカッコいいし、後ろについているツメが何とも言えない。
むき出しの運転席は、ジープみたいだ。
ナンバープレートが付いているので驚いていたら、
「畑に行くのに道路を走るからね。」
と、広彰さんが笑って言った。
トラクターが道路を走っているところは見たことがなかったけれど、想像してみると、このあたりの景色にはまったく違和感がなさそうだった。
午後は一時間ほど収穫作業をし、そのあとは納屋の庇の下にブルーシートを敷いて、のんびりと実の寄り分け。
ずっと和やかな会話が続き、疲れてはいたけれど、とても気持ちが良かった。
雅さんが持ち帰り用の袋を持って来てくれて、きれいな実を持って帰れるようにと気を配ってくれた。
みんな、
「こんなに持って帰れない!」
なんて言っていたけど、雅さんがどんどん袋に詰めて渡すので、結局大笑いしながら受け取っていた。
3時になると、おやつの時間。
おばさんと姉さんが、小さい新じゃがを茹でたものを、大きな皿2つに山盛りで持って来てくれた。
いつの間にか姉さんがいなくなっていたことに、僕は全然気付いていなかった。
きっと、みんなが「駿ちゃん」と呼んでいたからだ。
それに、姉さんがそんなに気が利くなんて思ってもみなかった。
一口サイズの新じゃがには、味付け用にバターと塩が用意してあった。
まだ熱いじゃがいもがとても美味しくて、2皿とも、あっと言う間になくなってしまった。
遠くから来ている女子もいたので4時には出発することにして、女子は雅さんの部屋で、佐倉と僕は納屋で着替えさせてもらった。
みんな来たときよりも大きな荷物を持ち、雅さんの家の玄関前に集合。
荷物が重いので、おばさんが2回に分けて駅まで車で送ると言ってくれた。
ところが……。
「あれ? 姉さんがいない。」
確かにいない。
じゃがいものお皿を片付けに行ったところは覚えている。
「そういえば、着替えのときもいなかったよ。先に着替えたんだと思っていたんだけど。」
「え? そうなの?」
てっきり、家に入った女子と一緒に着替えているんだと思ったのに。
きょろきょろしている僕たちに気付いて、ワゴン車を出して来たおばさんが言った。
「穂乃香ちゃんなら、広彰と畑を見に行ったわよ。」
「え?!」
畑を見に行ったって……?
「二人で話がしたかったみたいよ。うふふふふ……。小一時間もすれば帰って来ると思うから、駿介くんはうちで待っててね。」
おばさんの言葉に僕は唖然とするばかり。
後ろで女子が小声で「早いねー。」とか「美男美女。」などと囁き合っているのが聞こえる。
「最初は誰? 7人まで乗れるけど。」
おばさんの問いに女子6人が手を上げ、最初に送られて行った。
ワゴン車はすぐに戻って来て佐倉と天園が乗ったけど、出発までに姉さんは帰って来なかった。




