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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『傘をさしたマトリョーシカ』
19/95

11  6月20日(金) 失言


雅さんの家に遊びに行く計画は順調に進んだ。


参加者には、雅さんの家に行くとは言わないことにした。

ただ、 “知り合いの農家” へ梅の実の収穫をしに行くと説明しただけ。(収穫と言っても、半分は遊びだ。)

誘った相手は天園と雅さんが仲良くしているクラスの女子で、6人が来ることになった。


男は結局、佐倉と僕だけ。

天園の説明によると、男を選んで声をかけるのは、男子にも女子にも気を遣うらしい。

佐倉と僕には天園と雅さんの組み合わせから考えて、誘われる理由があるのだそうだ。

まあ、通学の間にこういう企画ができた、という言い訳が通るからだろう。


当日は、雅さん以外の参加者は境山で待ち合わせをして鷹野山まで行く。

鷹野山駅で雅さんが合流し、何も言わずに自宅まで案内する。

そして、現地に着いてから初めてそこが雅さんの家であることを明かす、という段取りになっている。


ひとつだけ心配だったのは、雨。

火曜日に梅雨入りしてしまい、木曜日までしとしとと降っていた。

けれど、みんなの行いが良かったのか金曜日には止んで、雨は4、5日はお休みという天気予報が出た。



この一週間はとてもウキウキした気分だった。

毎朝4人で日曜日の話やそれ以外のことも話しながら登校した。

雀野駅から学校までの間に、誰かが仲間入りすることもあった。

教室でも雅さんと話す回数が増え、僕にも雅さんにも、席の近い生徒が声をかけてくることが増えた。

特別な用事がないクラスメイトから一言二言声を掛けられるということが、僕にとっては久しぶりの経験で、妙に嬉しかった。




金曜日の夜、夕飯を食べながら、日曜日に雅さんの家に行く話をしていた。

母さんと梅の実で何を作るかという話をし、そこから農作業の話に話題が移ったとき、姉さんが言った。


「駿介じゃあ、役に立たないんじゃないの? 力仕事なんて全然できそうにないし。」


確かにそうかもしれないけど、問題なのは、その言い方だ!

普段からしょっちゅう僕のことを馬鹿にしている姉さんに、いつものとおり腹が立って、僕は言い返した。


「僕だって、女子よりは力はあるよ!」


そして、姉さんを悔しがらせようとして、付け加えた。


「そこのうちには自家用のショベルカーがあるんだってさ。触らせてくれるって言ってるんだから。」


そう。

これについては計画が持ち上がった日のうちに、雅さんにちゃんと訊いてみたのだ。


これを言えば、姉さんが羨ましがるのは分かっていた。姉さんも、僕に劣らず機械好きだから。

しかも、特に好きなのが建設機械……というか、いわゆる “はたらくくるま” だ。

20歳になった今でも、工事現場や消防署の前で羨ましそうな顔をしている。


「自家用のショベルカー?! なにそれ?!」


思った通りの効果に、僕は胸がスカッとした。


「ショベルカーって言っても、小さいやつだって言ってたけど。あ、あとね、トラクターも見せてもらうんだよ。」


「え〜〜〜〜! いいな〜〜〜〜〜!!」


普段は口で勝てない姉さんに、こんなに自慢できる立場なのはとてもいい気分だった。


でも。


そんな気分も、ほんの何時間かで終わってしまった。

僕がお風呂から出るのを待ち構えていた姉さんが、自分も一緒に連れて行けと言い出したのだ。


「ちゃんと働くから!」

「駿介の友達には迷惑かけないよ!」

「先週、服を選んであげたでしょ?」


とにかく絶対に引き下がらないという勢いで、僕の部屋の前に立ち塞がった。

あんなこと言うんじゃなかったと、心から後悔したけどもう遅い。

10分以上押し問答をしたあと、一瞬弱気になった僕はうっかり


「ちょっと訊いてみないと……。」


と言ってしまった。

姉さんはすかさずその言葉に飛びつき、


「じゃあ、今訊いて!」


と言い出した。

そして、さっさと僕の部屋に入って、机に置いてあった携帯電話を僕に差し出した。

僕が忘れたことにしてごまかそうとしていることを、ちゃんとお見通しだったんだろう。


(姉さんの前で電話なんて……。)


こういう状況になると、嫌だとは言えない。

けれど、雅さんと電話で話すのを姉さんに監視されるのは絶対に嫌だ。

それに、雅さんは絶対に断らない気がする。


となれば、今、電話すべきなのは天園だ。

この計画を中心になって進めているのは天園だし、天園と話すのはそれほど恥ずかしくない。

しかも、姉さんを断ってくれるのは、天園しかいないだろう。佐倉だったら、面白がってOKするに決まってる。


そう覚悟を決めて、携帯のボタンを押した。

2回目のコール音が聞こえてきたところで、ちょっと明るい見通しが。


(もしかしたら、携帯の近くにいなくて出ないかも!)


『はい?』


(出たか……。)


目の前の姉さんにも、電話の向こうの天園にも、がっかりしていることを悟られないようにと慌ててしまった。

よく考えたら、姉さんの我が儘なのに、僕がこんなに気を遣うなんて変じゃないか?


「あさってのことなんだけど……。」


断ってくれることを祈りつつ、用件を切り出す。

頭の後ろに姉さんの鋭い視線を感じながら。


『ああ、うん、なに?』


「ええと、急に、うちの姉が行きたいって言い出して……。」


『お姉さん?』


「うん……、いや、無理ならべつにいいんだけど……。」


(断ってくれ、断ってくれ、断ってくれ、頼むよ。)


『あ。もしかして、ムカイ、心配されてるの? 「女子ばっかりの中に大事な弟を行かせるなんて不安だわ〜。」とか? お姉さん、ブラコンだったりして。あ、それともムカイがお姉さんが一緒じゃないと行けないとか?』


「何言ってんだよ?! 違うよ!」


どうしてそういう方向に思考が進むんだ?!


「姉さんが、ショベルカーが見たいって言ってて。」


『ショベルカー? ああ、ムカイが言ってたあれか。お姉さんも好きなの?』


「まあ……、うん。」


『まあ、いいんじゃない。』


「……え、いいの?」


断ってくれないの?!


『うん。あたしもムカイのお姉さんを見てみたい。何歳だっけ? ムカイと似てる?』


「う……、今20歳だけど……。」


似てるかどうかなんて分からないし、今はどうでもいい。


『ふうん。そうだな、あたしはいいと思うけど、やっぱりミヤちゃんに訊いた方がいいよ。ミヤちゃんの家にお邪魔するんだし、その車だってそうなんだから。』


「ああ……、そう……。」


それができるなら、最初からそうしてるよ……。


『でも、ミヤちゃんは断らないと思うな。』


「うん……、そうだね……。」


だから天園に電話したんだよ。


『じゃあね。あさって楽しみにしてるから!』


電話を切ると、姉さんが嬉しそうな顔をして返事を待っていた。

僕の言葉を聞いて、都合のいい方に話が流れていることが分かったに違いない。

一瞬、「いいって。」と言って部屋から追い出したい気分になったけれど、万が一、雅さんに「困るわ。」と言われたらあとが面倒だ。

覚悟を決めて、姉さんをそのまま待たせておいて、雅さんにも電話することにした。



何もないときでも、雅さんに電話をかけるのは、僕にとっては緊張する経験のはずだ。(やったことがないから分からないけど。)

なのに、今はさらに姉さんがそばでプレッシャーをかけてきていて、心臓はバクバクするし、頭はクラクラするし、手は震えるし。

思わず椅子に座って、姉さんに背中を向けた。


『お姉さん? 農業に興味があるの?』


姉さんの話をすると、雅さんはそう言った。

なるほど、普通はそう思うのだろう。

弟の友達とはいえ、見ず知らずの高校生に混じって行きたいなんて、よっぽど農業に興味があるのだろうと。


「ああ……、違うんだよ。その……ショベルカーの方に……。」


姉弟そろってそんなものが好きだなんて、ものすごく恥ずかしい。


『ショベルカーって……、あ、そうなの? お姉さんも?』


予想した通り、雅さんは断らなかった。

くすくすと笑いながら、電話を通しても綺麗なままの声で「どうぞ。」と言ってくれて、「あれがそんなに珍しいのかな?」と不思議そうに言った。

姉さんのプレッシャーを背中に感じながらも、雅さんの言葉で彼女の姿が頭に浮かんできて、その可愛らしさに一瞬ぼうっとしてしまった。


「あの、どうもありがとう。」


我に返ってお礼を言い、姉さんに小声で「OKだって。」と伝える。

もうあとは早く部屋から出て行ってほしい。

手で追い払う仕種をすると、姉さんは「サンキュー♪」と言いながら、踊るように出て行った。

それを見送って、僕は一気に緊張が解けた。

首にかけていていたタオルで顔の汗をぬぐいながら、雅さんに聞こえないようにそっと溜息をついた。


『あの……、向風くん?』


さっきと違うあらたまった声に、ちょっとドキリとする。


「あ、はい。なに?」


『あの……、あのね……、ええと…大丈夫かな?』


雅さんの不安そうな声。

そんな声を聞くと、何がなんでも元気づけてあげたくなってしまうけど……。


「 “大丈夫” って……?」


『あの……、みんな、怒らないかな? わたしが農家だってちゃんと言わなかったこと……。』


雅さん……。


『わたしがウソをついたって怒って、みんな帰っちゃったらどうしよう……?』


そんなに心配なんだね。

4人で話しているときも、学校でクラスメイトと一緒にいるときも、いつもにこにこしていたのに。


「大丈夫だよ。天園が話せば、みんな笑って『なーんだ。』ってことになるよ。」


『うん……。』


これだけじゃ足りないのだろうか?


彼女の声を聞いて頭に浮かんでくるのは、淋しそうな姿だけ。

雅さんの淋しさが電話を通して流れ込んで来るような気がする。

胸がぎゅうっと痛くなった。


「ええと……、うん、それに、もしもみんなが怒って帰っちゃっても、僕が……、ええと、僕たちがいるから。僕と天園と佐倉。ね? 4人いれば、十分楽しいよ。」


『4人で……? そう……、うん、そうだね。』


雅さんの声が一区切りずつ明るくなる。

僕なんかの言葉でそれほど気持ちが楽になるなんて、と思うと、彼女の心細さに胸が痛くなる。

そして、どんなときも雅さんを見守っていてあげようと心に誓った。


『あ。うふふふふ……。』


笑ってる?

僕が幸せになる雅さんの笑い声。


「どうしたの?」


『4人じゃなくて、5人だよ。』


「え……?」


『だって、向風くんのお姉さんがいるでしょう?』


「あ……。」


『お姉さんは最初から知ってて来るんだもんね。一緒に残ってくれるよね?』


「もちろん。帰る時間になっても『もう少し。』って駄々を捏ねるかも知れないけどね。」


僕の言葉に雅さんがもう一度笑ってくれた。



電話を切ったあと、彼女が不安を打ち明けてくれたことを思って、自分の気持ちをどうしたらいいのか分からなくなってしまった……。







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