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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『傘をさしたマトリョーシカ』
17/95

9  6月15日(日) ちゃんと聞いて!


『ムカイさあ、昨日、デートしてたんだって?』


携帯電話から聞こえた言葉に、口を開きかけたまま、息が止まった。

1、2秒後、目と口を閉じ、ゆっくりと息を吸い込んで、吐く。


(デート。僕が。昨日。 ……ってことは。)


雅さんと一緒のところを誰かに見られた……?


電話の向こうは沈黙している。

僕が何と答えるか、待ち構えているのだろう。


「ええ、と……、何の話……?」


時間を稼ごうと声を出したら、いきなり実感が湧いて来て顔が熱くなった。

ドン、ドン、ドン、ドン、と鼓動が強く、速くなって、こめかみに響いてくる。

天園が誰から何を聞いたのかはわからない。

けれど、僕たちを見た人には、雅さんと僕がデート中に見えたということで……。


『とぼけたって無駄だよ〜♪ ナオとリエちゃんの二人が見たんだから。』


二人とも、同じ中学だった女子だ。


そうだよ。

あのとき、自分でも「デートみたいだ」って思ったんだから。


よく考えたら電車で2駅の境山は、このあたりの誰もが行く場所だ。ほぼ生活圏内。

僕は地味な生活をしていたから気付かなかったけど、境山に行ったら、知り合いに会っても全然不思議じゃない。


『可愛い子だったって言ってたよ。ムカイ、やるじゃん! ねえ、どこの子? いつ見付けたの? ムカイだからナンパとかじゃないよね? それともそうなの? あ、もしかして電車でいつも会うとか? ねえ、どっちから誘ったの? ナオがさあ、「高校の子じゃないの?」って電話で訊いてきたんだけど、学校では特にそういうのなかったからさあ。ねえってば、ムカイ、聞いてる〜?』


「……うん。」


どこまで見られていたんだろう?

どのくらいの仲の良さに見えたんだろう?

もしかしたら、会話も聞かれたりしたんだろうか?

他人に聞かれて困るような話はしなかったはずだけど……。


『ねえねえ、どこの子? 何て呼んでるの? どこで知り合ったの? 境山なんかでデートしてるんだから、教えてくれたっていいじゃん。』


天園の「デート」という言葉に、また頬が熱くなる。

自分で思うのと、他人に言われるのでは、感じ方に大きな差があるものだ。


「あの……、ええと、デ、デートじゃ…ないんだよ。その―― 」


『何言ってんのーーー?!』


(うわ! うるさい!)


『「ジェラート・カンパニー」でラブラブだったって聞いたよ! あの店に二人で行ってるくせに、デートじゃないなんて、あり得ないでしょう?!』


「え? あ。う…。」


ジェラート・カンパニー? ラブラブ?


たぶん、あのアイスの店のことだ。

だけど、「ラブラブ」って……、いや、嬉しいけど、でも。


「ええと、あの……そうなの?」


『はあ?』


「いや、あの、デート…じゃなきゃ行かないって……。」


なんだかもうわけが分からなくなって、天園の言葉から必死で話題を拾った。

変な質問だとは思ったけど、自分が落ち着く時間を稼がないと。

僕は天園に話さなくちゃならないことがあるんだし、この電話を切ったあとでかけ直す勇気が出るかどうか分からない。


『まあ……、普通は……。』


一瞬の間のあとに電話から聞こえた声のトーンが下がっていた。

それから沈黙。

天園が興奮状態から冷めつつあるらしい。


『だって……女の子と出かけたんでしょ?』


「うん……。」


『じゃあ、デートじゃん。』


「うーーーん……、そう?」


そう言われると、やっぱり嬉しい。否定したくなくなってきた。


そうだよな。

最初は「相談に」っていうことだったけど、相談が終わってからも一緒にいたんだから。

特に用事がないのに一緒に本屋に行って、それからお昼を食べた。

それって…… “デート” って言える……よな?


うん、そうだ。

あのとき自分でも「デートみたい」って思ったけど、やっぱりそうなんだ。

やった!

雅さんとデートしちゃったよ!


『ねえ、それよりさあ、相手は誰?』


天園の問いに我に返る。


『どこの子? ナオもリエちゃんも知らないってことは、高校に入ってから知り合った子なんでしょ? うちの学校?』


「え? ああ、その……。」


違う。

やっぱりデートじゃない。

雅さんはべつに僕のことを好きってわけじゃないんだから。

本当はデートだと思っていたいけど、天園にそれを肯定してしまったら、雅さんが可哀想だ。


軽くため息をつくと諦めがついた。

もともと望みがあったわけじゃない。

さっきまで火照っていた頬も、大きかった鼓動も、もう今はそれほどではない。


「デートじゃないよ。」


『何言ってんの〜? 仲良くアイスを食べてたくせに〜。』


そう見えていたんだ。

僕も、心の中では「そう見えるかな」って思っていた。

そう見えたら……恥ずかしいけど、嬉しいって。

だけど。


「相談に乗ってほしいって頼まれただけだよ。」


そう。

雅さんにとっては、ただそれだけ。


『相談? ムカイに? 女の子が?』


そんなに変か? ……まあ、わかるけど。


『ムカイに相談を頼むような女の子なんていたっけ? そんな理由をつけてごまかそうったって、そうは行かないよ。うちの学校?』


デートするのと、相談に乗るのと、どっちがあり得ないと思ってるんだ?

それとも、何が何でもデートってことにしたいんだろうか?


「 ――― うん。雅さんだよ。」


さあ、言ってしまった。

天園はどんな反応をする?


『え? みやび? え? えぇ?! ミヤちゃんなの?!』


「うん、そ――― 。」

『なんだ〜〜〜〜〜!!』


(また声が!)


『なんだ〜! ミヤちゃんか〜! そうか〜。』


ん?

その納得の仕方は、僕と雅さんの関係を当然みたいに思って……?


『じゃあ、デートじゃないね。』


(なんで?!)


いきなりその結論に至るのは納得いかないけど?!

そりゃあ、自分でもわかってはいるけど、その思考過程っておかしくないか?


「うん……、まあ……。」


おかしいと思うけど、反論できない。

僕と雅さんが釣り合うわけがないから。


『だけど……相談? ミヤちゃんが、ムカイに? どうして? あたしには何も……。』


天園の声が小さくなって消えた。

クラスでは一番仲良くしているのに、雅さんが自分ではなく僕に相談をしたことがショックなんだろう。

ガサツな性格の割に、ちょっとしたことでくよくよ悩んだりするから。


「最初は天園に言おうと思ったらしいよ。」


『え……、そうなの? じゃあ、なんで……?』


「話すタイミングがつかめなかったって。」


『タイミングが……?』


「ほら、天園って常にしゃべってるし、話すスピードが速いから。」


『あ。』


「雅さん、自分の話すテンポが遅いからって言ってたよ。それに、言い出しにくいことだったから余計に。」


『ああ……。そう、か……。』


天園が落ち込んだのがわかった。


「どうする?」


『……何が?』


「僕は雅さんに、雅さんが困っていることを僕から天園に話すって約束して来たんだ。だけど、天園が雅さんから直接聞きたいなら、今から電話してみたらどうかと思って。」


しばらくの沈黙。

そして。


『ムカイってさあ……、』


「なに?」


『妙に気が回るよね。』


「……そう?」


それ、褒められてるのかな?

天園の言い方だと、それで天園が苦労しているみたいに聞こえる。


『いいよ。話して。』


「あ……。」


いいのかな、それで?


『そうしないと、ムカイがミヤちゃんとの約束を果たせないでしょ? ちゃんと聞くよ。難しい話?』


「いや、全然。ただ、話しただけじゃ解決しないんだけど。」


そう前置きして話し始めると、天園は、今度は「あ。」とか「うわ。」とかの合の手を入れるくらいで最後まで聞いてくれた。

そして僕の話が終わると、誤解された原因は自分にもあると言った。


「たぶん、あたしがミヤちゃんの話を中途半端に聞いて、大きな声で『すごいね!』とか言っちゃったりしたと思う。質問攻めにしたりとか。悪いことしちゃった……。」


それから、すぐに雅さんに電話をしてみると言って、電話は切れた。




(これで僕の役目は終わり。)


電話が切れて一息つくと、ふっと、そんな言葉が浮かんできた。


天園がちゃんとわかっていれば、お嬢様の誤解が解けるのも時間の問題だろう。

昨日、雅さんは「本当のことを知っていてくれる人がいるとほっとする」って言ってくれたけど、もうそれは僕だけじゃない。

もちろん、雅さんとは友達でいられるだろうけど……、僕なんかよりも一緒にいて楽しい友達はたくさんいるはずだ。


ちょっと淋しいけれど、仕方ない。

雅さんの悩みを解決する手伝いができたってことだけで、僕には結構いい思い出になったし。

それに、今までよりも少しは学校で話せる回数が増えるかも知れない。


だから………いいや。







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