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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『傘をさしたマトリョーシカ』
16/95

8  6月15日(日) 問題は


本屋のあと、雅さんとフードコートでお昼を食べて別れた。

まだお互いに多少のぎこちなさはあるものの、雅さんは楽しそうにしていて、何度か僕をからかうようなことも言った。

僕はかなり舞い上がっていたけれど、雅さんの様子から察するに、どうしようもない失敗はしなかったようだ。


家に帰ってからも、朝からのことが繰り返し繰り返し頭に浮かんできた。

駅から現れたときのおずおずとした彼女。

アイスクリームを食べて、彼女の悩みを聞いて、それから……改札口で見送るまでのすべての会話、声、表情。

あまりにも鮮明に浮かんでくるのでその場にいるような気がして、夕食を食べるとき、箸が止まっていると何度も指摘された。


そのまま夢の中にいるような状態で布団に入り、今朝は遅めの朝食をとりながら、雅さんは今日もお兄さんと一緒にテレビを見たのだろうかとぼんやり考えた。

そこで、ふと気付いた。

僕は、これから天園と話さなくちゃいけないのだ、ということに。


(今日中に話した方がいいよな?)


明日になれば、雅さんと天園はまた顔を合わせることになる。

そのときに天園がまだ本当のことを知らなかったら、雅さんはまたせつない思いをするだろう。

それに、僕が口先だけの人間だと思われてしまう。

……と言っても、今まで誰も、僕に行動力なんかを期待しなかったから、自分に行動力があるのかどうかもよく分からない。

ただ、雅さんをがっかりさせたくない、という想いがあるだけ。


でも、誤解は時間が経てば経つほど収集がつかなくなったりするし、頼まれごとも、早く実行するに越したことはない。


(うん。やっぱり今日中だな。)


ということで、朝食のあと、部屋にこもっていくつかのシナリオを頭の中で組み立ててみることにした。




せっかちでおしゃべりな天園に何かを説明するためには、簡潔に、そして要点を正確に伝える言葉を選ばなくちゃいけない。

僕から天園に電話をかけたりすることはほとんどないけれど、まあべつに、それは問題ないだろう。

それから……。


(あれ? ちょっと待て。)


雅さんがお嬢様だというのはみんなの誤解で、本当は農家の娘さんだということを話すのは、それほど難しくはない。

僕がそれを伝えても、天園は自分の勘違いを素直に認めるだろうから。

そういうところはさっぱりしていて付き合いやすいヤツなのだ。


だけど……、問題が一つ。


どうして僕が、それを天園に伝えることになったのか、という部分。

天園がそのいきさつを尋ねることに気付かない ――― あるいは、気付かないふりをしてくれる、なんてことがあるだろうか?


(いや、それは絶対にないな。)


天園は……というか、ほかの誰だって、「なんでそんなことを知ってるの?」と訊くだろう。

そうしたら僕は、何て答えたらいいんだろう?


もちろん、正直に「相談に乗って欲しいと頼まれた。」と答えるしかない。

僕はそもそもウソをつくのは苦手だし、隠したら余計におかしい気がする。

だけど……。


相手が天園では、それだけでは済まない気がする。

「相談に乗った。」と言ったら、「どうして?」「どうやって?」と訊くだろう。

そして、土曜日に会ったと言ったら、「どこで?」「話を聞いただけ?」その他諸々の質問(+冷やかし)攻めにあうに決まっている。


そもそもの部分は「おとといの帰りに偶然一緒になった。」で終わらせることができるかも知れない。

でも、学校の帰りに話をするのと、休みの日に出かけて会うのでは、微妙に意味が違うと受け取られる気がする。第一、僕にとってだって、全然違うし。

天園のペースで一気にあれこれ訊かれたら、何かを隠し通せる自信はない。

つまり、一緒にアイスを食べたことから、どんな話をしたのかまで、全部白状する破目になるってことだ。


(そんなの嫌だ!)


恥ずかしいし、できればしばらくの間だけでもいいから秘密にしておきたい。

せっかく二人だけの思い出なのに!


ピロロロロロ  ピロロロロロ ――― 。


「うわ?!」


机の上の携帯電話がいつもと違う音で鳴った。


ピロロロロロ  ピロロロロロ ――― 。


「うわ。え、えっと。あれ?」


慌てて電話を落としそうになる。

普段はメールばかりだから、僕の携帯電話がこんなに鳴り続けることなんて滅多にないのだ。


ピロロロロロ  ピロロロロロ ――― 。


鳴り続ける音にあたふたしながら見た画面には『天園ひかり』の文字が。


(なんで……?)


胸の中に不安がよぎる。

タイミングがいいのか、それとも悪夢の前触れか。


ピロロロロロ  ピロロロロロ ――― 。


(ああ、もう!)


とにかく出なくては。


「は、はい。どうし ―― 」

『ムカイーーーーーー!! 聞いたよーーーーーー!』


(うるさい! 声がデカいよ!!) 


僕が応答すると同時に大きな声が聞こえて、思わず携帯電話を耳から遠ざけた。

腕を伸ばすほど離しても、間違えようのない天園の声が聞こえてくる。


ちゃんとは聞き取れないけれど、興奮状態でしゃべり続けていることは分かる。

聞いていても、僕が言葉をはさむ暇がないのは確かなので、そのまま天園が落ち着くまで待つことにした。


僕の苗字は「向風ムカイカゼ」だけど、長くて面倒だからと、中学の友達からは「ムカイ」と呼ばれることが多かった。

今の学校でも天園と佐倉がそう呼ぶので、ほかにも何人かに広まっている。

天園が大きな声で呼んだりするから、ほかのクラスの生徒の中には、僕の苗字が「向井」だと思っている人もいるんじゃないかな。


それにしても。


いったい何を言いたくて電話をかけて来たんだろう。

確か、「聞いた」って聞こえたけど、何のことを?

もしかして、偶然に天園が雅さんに電話をかけて、雅さんの家が農家だってことを聞いたんだろうか?

そうだとしたら、僕は結局、何の役にも立たなかったってことになるな……。


『おーい、ムカイーーー。』


いつの間にか電話の声が途切れていた。

天園が、僕が話を聞いていないことに気付いたらしい。


「もしもし? 天園?」


『あ、ムカイ? ひどいじゃん、ちゃんと聞いてないなんて。あたしがわざわざ電話してんのにさあ。だいたいアンタはいつもぼんやりしてるくせに、結構あたしのこと馬鹿にしてるよね。この前だって…… 』


また始まった。

早口で流れる言葉は、こっそりとため息をつきながら聞き流す。

その間に、さっき組み立てかけていたシナリオを頭の中で整理する。

話の内容によっては、必要ないのかも知れないけれど。


『……って、違う違う。こんなことを言うために電話したんじゃないんだよ。』


ようやく本題に入るらしい。

ほっとして「どうしたの?」と尋ねようとした僕の耳に聞こえたのは ――― 。


『ムカイさあ、昨日、デートしてたんだって?』


開きかけた口のまま息が止まった。







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