4 6月14日(土) 落ち着いて、落ち着いて。
(無理だ!)
雅さんが「あそこなの。」と指をさした店を見た途端、雅さんをフォローするという僕の決意は崩れた。
その店の前も中も、女の子でいっぱいだったのだ!
「なんか……混んでるね……。」
「ほんと……。」
お店の前まで来て、二人とも足が止まってしまった。
このあたりのお店はみんな10時に開店かと思っていたけど、すでにこんなに混んでいる。
もしかしたらアイス屋は、ハンバーガー屋みたいに早くから開けているのかも。
「中に椅子があるって聞いていたんだけど……、やめようかな。」
隣から雅さんの声が。
そっと見下ろすと、彼女が残念そうに微笑みながら言った。
「もっとすいてるときに出直すことにする。」
(僕に気を遣ってるんだ。)
すぐに分かった。
僕がこういう場所が苦手だって気付いたに違いない。
それで、無理させないようにって。
「雅さんは……食べたいんだよね?」
思い切って尋ねると、彼女は驚いたように目を見開いた。
「なかなか来るチャンスがなかったんだよね?」
重ねて尋ねた僕に、雅さんが遠慮がちに頷く。
「立ったまま食べるのは恥ずかしい?」
今度は首を横に。
「じゃあ、……せっかくだから食べようよ。」
普段なら絶対に入らない店だけど、雅さんのためだと思ったら、決心するのは思ったほど難しくなかった。
彼女が喜んでくれるなら、自分の気持ちは後回しでいい。
ぱちぱちと瞬きをしてから、ゆっくりと雅さんが言う。
「………いいの?」
「うん。」
と言ったところで、これでは押し付けがましいかと気付いて一言付け加える。
「暑くなってきたから、僕も冷たいものが食べたいし。」
そう言ったら、雅さんがとても嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
僕の言葉で喜んでもらえたなんて、最高に嬉しい!
女の子だらけの店の中だって、きっとどうにかなるさ!
店に入る前に外に出してあるメニューを確認。
柔らかいジェラート系のアイスが売りの店で、一つに3種類までオーダーできる。
コーンは普通のとワッフル地の2種類と紙製のカップ。
それを頭の中で組み合わせながら、さらに、ほかの人たちが食べているものを物色。
雅さんが「やっぱりこれ!」「でも、こっちも……。」「ああ、どうしよう?」なんて言いながら、僕を見る。
学校では一度も僕になんか向けられたことのない生き生きとした表情に、顔がひとりでに緩んでしまう。
そんな雅さんと一緒にいると、男らしい気分になってくるから不思議だ。僕がしっかりしなくちゃ、なんて。
そのことに、自分でも驚いてしまう。
「うん、決めた!」
という雅さんの言葉で、いざ店内へ。
狭い店内には確かに壁に沿ってカウンター席があったけれど、やっぱり全部埋まっていた。
うねうねと並ぶ列の最後について、正面のカウンターの様子をうかがってみる。
列は一列並び。
手の空いた店員さんがカウンターの中で呼ぶので、その人のところに行って注文。
左の端でお金を払いながら、品物が出てくるのを待つ。
(ということは、カウンターの中にあるアイスを見ながら迷っている暇はないんだな。)
なんて考えながら隣を見ると、目が合った雅さんがにっこり。
これってほかの人から見たら、デート中に見えるかも。
少しずつ進みながら、雅さんと肩が触れる。
賑やかな店内で話すために、内緒ばなしみたいに顔を近付ける。
急に照れくさくなって、くすくすと笑う。
ああ……、アイスクリーム屋がこんなに楽しいなんて!
カウンターが近くなってきたことに気付いて、気を引き締めた。
前の人たちがどうやって注文しているのか聞き耳をたてて、注文のシミュレーション。
雅さんに向かって、
「一緒に注文しちゃうから。」
という一言がすんなり出て来たのは、我ながらよくやったと思った。
ようやく品物を受け取って店を出た途端、雅さんが
「頑張ったねー。」
と深呼吸しながら言った。
たぶん彼女は「二人とも」というつもりだったのだと思う。
でも僕は、雅さんがお姉さんみたいな気分で僕を褒めてくれたような気がしてとても可笑しくて、思わず吹き出してしまった。
それを見て彼女は、
「わたしは役に立たなかったくせにって思ってるんでしょう?」
なんて怒った顔をして、僕は今度は雅さんをなだめるという楽しい経験をした。
付いていた小さいスプーンでお互いのアイスを味見して、照れながら「美味しいね。」と笑顔でうなずいて。
僕が頼んだレモンシャーベットの味と雅さんの笑顔は、これからもずっとセットで思い出すと思う。
いつまでもお店の前にいると通行の邪魔になりそうなので、座れる場所を求めて再び駅前広場に向かう。
その間もアイスが溶けるとか、手がベタベタするとか、小さなことで笑ったり話したりして気分がふわふわする。
広場の線路側にある大きな木の下にベンチを見付け、笑いながらため息をついて座った。
そのまましばらく無言でアイスを食べながら、ときどき視線を交わしては笑った。
(こんなに幸せな気分は生まれて初めてだ!)
好きな機械をいじっているときとは全く違う高揚感。
何が違うんだろう? と考えて、気付いた。
雅さんは生きているから。
“生きている” なんて言い方は変かもしれないけれど……、そう、彼女には自由な意思があるから。
その自由な意思で、僕の言葉や態度に何かを返してくれるから。
そしてそれが、僕を友達だと認めてくれているから。
まだ友達でしかないけれど、それでも十分に幸せだ!
(友達……。そうだった。何か相談があるって。)
雅さんと今こうして一緒にいるのは、彼女が僕に相談したいことがあるからだ。
僕なんかのほんの一言にすがりたくなるほど困っていることって、いったいどんなことなのだろう。
ほんとうに、僕で役に立つのだろうか?
「美味しかったね。」
軽やかな声に我に返る。
バッグの中を探っていた雅さんが、ウェットティッシュを一枚くれた。
「ありがとう。」
それで指を拭きながら、次にどうするか考えを巡らす。
(単刀直入に訊いたりしたら、急かしているみたいで悪いかな?)
彼女の方から言い出すのを待った方がいいのだろうか?
それとも、僕から訊いた方が話しやすいだろうか?
一気に優柔不断な僕に戻った。
自信がない僕は、いつもぐずぐず考えてばかりいて出遅れる。
「ゴミ、捨ててくるよ。」
とりあえず時間を稼ぐため、二人分のアイスの紙とウェットティッシュを捨てに行く。
そうしながらも、やっぱり心は決まらない。
雅さんは、さっきの店から持って来たチラシを熱心に見ていた。
「ええと……、ああいうお店って、初めて?」
戻って座りながら、とにかく空白の時間を作らないためにと質問をひねり出した。
すると、“え?” というように、雅さんが僕を見た。
「あの、さっき、『行ってみたい』って言ってたから。」
「あ……。」
肯定も否定もせず、雅さんは少し淋しそうに下を向いてしまった。
(え?! もしかして、触れちゃいけない話題だったのか?!)
アイスクリームでいったん引いた汗が、一気に噴き出してくる。
彼女の気持ちをなんとか上向きにしようと、頭の中で必死に次の言葉を探すけど、浮かんでくるのはどれもくだらないことばかりでますます焦る。
(友達の話題はやめておこう。もしかしたら、内気で友達が少ないことを悩んでいるのかも知れないし。)
とにかくなんとかフォローしなくちゃ。
アイスクリーム屋なんかに行ったことがなくても、べつに平気なんだって、言ってあげなくちゃ。
「みっ、雅さんにはああいうお店はめずらしいんだよね、きっと。」
友達関係の話題を避けて、どうにか出て来た言葉はこれだった。
僕の言葉を聞いて雅さんが顔を上げ、その困惑した表情に僕はどうしたらいいのか分からなくなってしまい……。
「やっぱりその……お、お嬢様だから……大事に育てられて………。」
それ以上は言えなかった。
雅さんが泣きそうな顔で「違うの。」と、首を横に振っていたから。
「ごめん………。」
一言つぶやくのがやっとだった。
隣では雅さんが膝の上のバッグを握り締め、じっと下を向いていた。