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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『傘をさしたマトリョーシカ』
11/95

3  6月14日(土) どうしてこんなことに?


何故こんなことになったのか、自分でもよく分からない。


学校のない土曜日、午前9時50分。

浜山線と山上線の接続駅である境山駅の駅前広場に僕は立っている。


立って何をしているかというと、何もしていない。

ただ……待っているだけ。

ええと、その………雅さんを。



デートではない。

それは間違いない。

僕は自分の気持ちを伝えたりしなかったし、まして、雅さんがそんなことを言うわけはない。

じゃあ何かって言うと、雅さんに「相談に乗ってほしい」って言われて……。


昨日の図書室での事件から2時間余りの間に予想外のことが次々に起こり、僕の頭は未だに混乱気味。

雅さんから連絡先をもらったことが夢だったような気がして、朝から何度も携帯を確認している。





昨日の帰り道は、僕としては100点満点で採点したら、50点くらいの評価しかないと思う。

それも、 “自分的には頑張ったよな?” という努力ポイントも含めて。

他人から見たら30点くらいしか付けてもらえないんじゃないだろうか。

なにしろ気の利いた会話なんて、ほとんどできなかったんだから。


天気の話や終わったばかりの中間テストの話題でなんとか話を始めてみた。

けれどすぐに、僕も雅さんも学校での人間関係が狭いという難関が立ち塞がった。

校内の情報やうわさ話という共通の話題を見付けることができなかったのだ。

ファッションやタレントのこともよく知らない。

かと言って、僕の好きな機械の話をするわけにもいかない。


何度も黙りがちになる中で、唯一盛り上がったのは、天園の話題だった。

中学のころの彼女の数多の武勇伝を披露すると、雅さんはたくさん笑ってくれた。

調子に乗って話しながら、天園は怒るかな、なんてちょっと思ったけれど、そんな考えはその場で閉め出した。

僕が雅さんと楽しく過ごせることの方が優先に決まってる!


つぐみ谷駅が近付いてきたころ、雅さんが何度目かの傘のお礼を言ってくれた。

僕も何度目かの「気にしないで」を言った。

そのあと、自分のあまりの芸の無さに呆れて、勇気を振り絞って付け加えたのだ。


「雅さんの役に立てたら嬉しいから、これからも、何かあったら遠慮なく言ってね。」


と。


そのときは、あまりの鼓動の激しさに、心臓が胸を突き破ってしまうんじゃないかと思った。

それほど、僕にとっては一大決心だったんだ。

玉砕覚悟で告白する方が簡単だったかも知れないと、それを言いながら思った。


「ありがとう。」


と雅さんが笑顔で言う……はずだった。僕の頭の中では。

で、彼女のそれは社交辞令で、そこでおしまいになると思っていた。

けれど、聞こえて来たのは


「本当に?」


という言葉で ――― 。


目の前で驚いて目を瞠っている雅さんと同じくらい、僕も驚いていたと思う。

さすがに自分が何を言ったのかは分かっていたので、コクコクと頷くことはできた。

すると彼女が言ったのだ。


「わたし……とても困っていて……。向風くんに相談に乗ってもらえたら……。」


自分からどうぞと言っておいてナンだけど、あんまり驚いて、大きな声を出しそうになった。

それをどうにか飲み込み、目を見開いていたのをごまかして、頭をフル回転させた。

けれど、答えは最初から決まってる。

自分の好きな相手に間近に見つめられて、すがるような表情でそんなことを言われたら、男なら誰だって断れないはずだ。

たとえ、自分が役に立てるかどうか、ものすごく怪しいと思っていても。


というわけで、僕は今、この駅前広場に立っている。

雅さんの相談に乗るために。





天気はくもり。

昨日の雨が明け方に上がったばかりで、地面にはところどころ水たまりが残っている。

気温が上がってくるにつれて蒸し暑くなってきた。梅雨入りも近いのだろう。


周りを通る人を見ながら、自分の服装がとても気になる。


普段、服のことはあまり考えたことがなくて、今朝になってから何を着たらいいのかと慌ててしまった。

部屋の戸を開けたまま服を部屋中に散らかして呆然としていた僕を姉が見付けて、ブルージーンズと白いTシャツと青系のチェックのシャツを選んでくれた。

さらに斜めに背負う小さいバッグを選んでくれて、僕の髪とメガネに「仕方ないわね。」というようにため息をついた。


今、周囲をながめてみる限りでは、とりあえず自分は浮いていないと思う。

でも、雅さんと並んだらどうなんだろう?

“お嬢様” っていう人たちは、普段、どんな服装をしているんだろう?

やっぱりヒラヒラしたり、フワフワしたりしているのだろうか?

それとも “紺と白!” みたいな、折り目正しい服装だろうか?

雅さんならどんな服でも似合うと思うけど、僕と並んだらどうなるんだろう?


服装よりももっと深刻なことがある。

いったい、雅さんの困ったことというのは何なのか?

僕が彼女の役に立てるのか?

僕が役に立たないと分かったら、雅さんはどうするのか?


せっかく休日に二人で会うことになっているのに、僕の頭にはそんなことばかりが渦巻いている。

とにかく自信がない。

とことん自信がない。


でも。


もしかしたら……と、自分に都合のいい想像も、ちょっとだけしている。

昨日よりも楽しく話せるかも知れない。

二人で何かを食べたり……デートみたいに。

僕を相談相手に選んでくれたってことは、希望を持ってもいいのかも。


いや。

そもそも相談なんかなくて、僕と二人で会いたかった………なんていうのは、さすがに想像の翼をはばたかせすぎだよね。



不安と期待で落ち着かない僕の前で、山上線の改札口から人が出て来た。

覚悟が決まらないまま、雅さんの姿をその人波の中に探す。

華やかなパステルカラー、または紺と白。


――― と。


人波からはずれてこちらに歩いて来る小柄な姿。

探しているイメージと違うので一度は素通りした視線が、近付いて来る動きに気付いてその人に戻る。

前開きのグレーの半袖パーカーの下には黄色いTシャツ生地のミニワンピース、そして七分丈のジーンズ、黒いスニーカー。

僕の2メートルくらい前で立ち止まり、生成り色の布バッグを両手でお行儀よく下げている姿は、昨日の帰りに駅で電車を待っていたときの雅さんと同じ……。


(雅……さん?)


大きな瞳とピンク色の頬は間違いなくいつもの雅さんだ。

服装は想像していたイメージとは違うけど。


(どんな服装でも可愛いよ〜!!)


さすが雅さんだ!

しかも、この服装なら、僕と並んでも違和感はなさそうだし。


「あの…おはよう。」


恥ずかしそうな微笑みと、軽やかな声。

僕だけに言ってくれる「おはよう。」だ……。


「あ、ええと、おはよう。」


おずおずと近付いて来る彼女の姿に感動がこみ上げてくる。

僕と会うために来てくれた雅さんに。


ちらりと見上げた彼女と視線を合わせ、何か言わなくちゃ……と思って言えないまま、恥ずかしくなって視線を外してしまう。

ああ、意気地無しの僕!

でも、このままでは何時間もここに立っていることになってしまうかも?!


「あっ、あの、どこか、に、行く?」


息を整え、もう一言。


「えっと、座れるところ、とか。」


ようやく言い切ってほっとすると、雅さんがすこし迷うように視線をさまよわせたあと、僕を見て口を開いた。


「行ってみたいところが……あるの。」


真剣な表情。

そんなに覚悟しないと行けない場所?

どこか、一人では入れないような場所なのだろうか?

たとえば男女ペアじゃないと断られちゃうような ――― って、どんな場所だ、それは?


「あのね、美味しいアイスクリームのお店があるんだって……。」


「アイスクリーム?」


さすが女の子だなあ!

と思うと同時にほっとした。


「お友達に教えてもらったんだけど、なかなか行く機会がなくて……。向風くんは、そこでもいい?」


「うん。いいよ。」


アイスクリーム屋なら、コンビニやハンバーガー屋とそれほど違いはないだろう。

あんなに真剣な顔をするから、いったい何を言われるのかと緊張したけれど。


それにしても、雅さんがあんなに真剣な顔をするなんて。

きっと彼女にとっては、アイスクリーム屋に行こうと言うことさえ、大きな決断だったんだ。

もしかしたら、お嬢様育ちの雅さんは、アイスクリーム屋とかハンバーガー屋には行ったことがないのかも知れない。

ってことは、僕の方がそういう店に慣れているのかも。


そうか。


じゃあ、僕がフォローしてあげなくちゃいけないんだな。

少しはいいところを見せられるかも!







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