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はじまりは、図書室。  作者: 虹色
『傘をさしたマトリョーシカ』
10/95

2  6月13日(金) 帰り道


教室前のロッカーから折り畳み傘を取り出し、窓から外を眺めたり、トイレに寄ったりしながら時間をつぶした。

10分くらい経ったところで見切りを付けて、昇降口へ。

これで今日は雅さんと顔を合わせることはないはず。


ところが ――― 。


「あの……。」


靴を履き替えていたら、信じられない声が。


(どうして?! なんで僕を放っておいてくれないんだよ?!)


あまりにも惨めな気分になって、言葉もなく彼女を見つめることしかできない。


「この傘……。」


いらないって言うのだろうか?

僕からは何も借りたくないと?


それとも ――― 。


「あ……、もしかして、誰かと待ち合わせだった……のかな?」


そうだ。

雅さんはこんなに可愛いんだから、彼氏がいるのは当たり前だ。

傘なんて、もともと必要なかったんだ。

なのに、僕は余計なお節介を焼いて……。


「ああ……ごめん。そうだよね。男物の傘なんか持ってたら…… 」


「あの、違い、ます。」


雅さんが僕が渡した傘を両手で握り締めて、懸命に何かを言おうとしている。

こんなに頑張って僕に何かを言おうとしている彼女は初めてで、失恋の胸の痛みの一方で感動してしまう。


「じゃあ……?」


僕が黙ると、雅さんがゆっくりと深呼吸してから口を開いた。


「あの、向風(むかいかぜ)くんは、大きいから。」


僕が……大きいから?

よく分からなくて黙って彼女を見てしまう。


「こっちの傘、使ってください。わたしがその……、」


そこまで言って、雅さんが僕の手元に視線を移す。


「折り畳みを……借りるから。」


(雅さん………。)


ズドン! と、ハンマーで胸を殴られたような気がした。

これを言うために、彼女はここで待っていてくれたのだろうか?


(これは何だろう? 何かの罠? それとも、今までの不幸に耐えて来たご褒美?)


「あの……、」


どう答えればいいのか思い付かない。

彼氏を待っていたわけではないってこと?


嬉しさ半分、警戒半分。


ぐずぐずしている僕に向かって、雅さんがそっと傘を差し出す。

ぼんやりした頭でそれを受け取ると、雅さんはにっこりと笑った。


(きっとご褒美に違いない!)


折り畳み傘を渡しながら、頭の中に花畑が広がった。




けれど。


駅までの道が長い……。




たった10分の道のりだけど、僕は今まで女子と二人きりで歩いたことなんかない。

……いや、天園とはあるけど、彼女は女子ではあっても男子と同じだ。

今の相手は雅さんだ。

隣に並ぶことさえ恐れ多い。

傘をさしていて、普通より距離をとっていられるとしても。


心臓はバクバクしどおしだし、手も額も汗だらけ。

夏服に変わってからネクタイがいらなくなったから、ワイシャツの襟元を開けていられるのが有り難かった。


何を話せばいいのか分からないけれど、何も話さないのはあまりにも気まずい。

それはたぶん、内気な雅さんも同じだろう。

僕からは彼女がさしている傘に隠れて、顔は見えないけれど。


のどから心臓が飛び出しさないように、ゴクリとつばを飲み込み息を吸う。

頭の中はごちゃごちゃだけど、話し出せば何か出てくることに賭けよう。


「ええと……。」

「あの。」


(う?!)


傘を傾けて僕を見上げた雅さんと、しっかりと見つめ合ってしまった!

恥ずかしい!!


慌てて反対側を向いてから、あまりにも失礼だったかと思い直してゆっくりと視線を戻す。

彼女の顔は、また傘に隠れてしまっていた。


「あの……どうぞ。」


僕が言うと、何歩か進んだあとに、雅さんの可愛らしい声が聞こえた。


「あの……、さっき、ごめんなさい。」


「え?」


謝られるとは思っていなかったので驚いた。


「あの……、図書室で……。」


「ああ……。べつに、あれは……。」


はっきり言って、忘れてほしい。

見なかったことにして、僕の “変なヤツ” 的なイメージを消してほしい。

でも、彼女は忘れてはくれないのだ……。


「わたし……見ていたの。」


「うん……。」


知ってるよ。

ばっちりと。

僕の気味の悪い行動を。


「あのね、みんな同じで……面白くて……。」


そうだよね。

面白いよね ――― って?!


「『みんな』?」


「うん……。」


聞き違いじゃないんだ。

僕だけじゃない?

みんな?


頭の中を整理するために黙っていたら、雅さんが懸命に話し始めた。


「あのね、だって、面白かったの。この前のお当番のときに気付いたの。それで、図書室に行くたびに見ていたの。みんな、あのお人形を開けてみたくて来るの。で、誰もいないところを見計らって、嬉しそうに開けてみるの。」


僕だけじゃなかったんだ……。


「最初に開くと、みんな『おお!』っていう反応をするの。で、次を開けるたびにだんだん笑顔になって……、最後はみんな、机に横に並べて見てるの。それが嬉しそうで……、見てるとわたしも楽しくて……。それに、みんなが同じ反応をするから面白かったの……。」


雅さんの声がだんだんと小さくなって、傘もしょんぼりしているように見えた。

けれど、僕の心はその逆で、彼女の言葉が進むに従って立ち直っていった。


「ええと、じゃあ、僕のことも同じように……?」


雅さんが傘を上げて僕を見る。

そのつぶらな瞳に見惚れて、何の話をしていたのか一瞬忘れてしまう。


「ごめんなさい! 隠れていたわけじゃないの。カウンターの引き出しをひっくり返してしまって……、片付けて立ち上がったら向風くんがいたから、つい……。」


頭がくらくらする。

僕は今、雅さんをこんなに近くで見ている。


「あの……、僕のこと、変なヤツだとか……。」


その部分だけは、間違いなく確認したい。

僕が雅さんに嫌われていないことを。


「そんなこと……どうして?」


この瞳がウソをついているはずがないよね?


「う…、ううん、いいんだ。何でもない。」


頭の中の花畑で小鳥がさえずっている。


(あんな人形なんか、なんでもなかったんだ……。)


……いや。

あれは幸福をもたらしてくれる人形かも。

あの人形がなければ僕が図書室に通うこともなく、今、雅さんと一緒に帰っていることもなかったんだから。



――― 一緒に?



ちょっと待て。

どこまでだ?

確か、朝の電車で彼女を見かけたことがあるけど……。


「み……、雅さんて、家はどこだっけ?」


僕の質問に、雅さんがまた傘の横から僕を見上げた。

何度やられても、そのあまりの可憐さに心臓をハンマーで殴られた気がする。


「あの、鷹野山(たかのやま)駅……。」


鷹野山っていうと……。


「え? 山上線の?」


県内でもかなりローカルな?


「うん……。」


山上線は、ここの雀野駅から3つ目の烏が岡駅で浜山線に乗り換え、さらにその終点の境山駅から接続している路線だ。

鷹野山駅はそこから山側に2つ目の駅だったはず。

僕の家は浜山線の終点から2つ手前のつぐみ谷駅だから……。


「じゃっ、じゃあっ、同じ方向なんだねっ。」


声が裏返っちゃってるし!


なんて言ってる場合か?!

僕にとっては全行程が雅さんと一緒ってことじゃないか!

つぐみ谷駅まで約一時間半……。


(う、れ、し、い。)


……けど、無理な気がする!!

でも、途中で用事を作るのはわざとらしいし……やっぱり惜しい!

こんな機会は二度とないかも知れないんだから!

いや、だけど僕のことだから、何かとんでもない失敗をして、自分にトドメを刺すことになるかも……。


「うん……、知ってるよ。朝、見かけるから……。」


傘の縁から雅さんの微笑みが。


(ああ……もう、何が起こったっていいや!)


決めた。

僕も男だ。

最後の思い出になるとしても、目の前にあるチャンスを自分から捨てたりするものか!


向風(むかいかぜ) 駿介(しゅんすけ)、一世一代のチャレンジだ!







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