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7 運命

 

               ―7―


それから雅はまるでストーカーのように、直樹の後をついていった。

 予見は一日後だったが、些細な変化も見逃さないように、直樹の腕にすがりつくように歩く。教室移動のときには、ほとんど熱々のカップルのように、身体を寄せ合っていた。


「なぁ……死ぬのは明日なんだろ? そんなに気張っても、どうしようもないじゃないか」


 直樹が苦笑する。


「――うん」


 雅は頷くが、決して腕を放そうとしない。


「ま、好きにするさ。……ところで、俺はどうやって死ぬんだ? 痛いのは、できれば勘弁したいな」


「わからない。でも、死ぬ運命は確実に見えているわ」


「この学校で死ぬわけでもないだろう。そんなに、気張らなくてもいいんじゃないか?」


「――うん」


 雅はまるで聞いてない。むしろ、腕をつかむ力を、ぎゅっと強くした。


「なぁ、相沢」


「なに?」


「そんなに強く抱き疲れると、胸があたって、理性を保つのが大変なんだが」


「え!」


 顔を真っ赤して慌てて離れる雅。

 直樹は苦笑して、


「ありがとな」


 と微笑んだ。






 当たり前のことだが、その日の放課後まで、直樹には何の危険も降りかからずに終わった。予見では、明日の放課後に直樹は死ぬはずだった。

 それでも雅は下校する直樹を離そうとせず、結局、直樹の住むアンティークショップの前まで来てしまった。


「寄って行くか?」


 との直樹の問いに、か細い声で


「――うん」


 と頷く。

 死の予見は、いまだに消えないままだ。



 直樹は明日死ぬことになっている。






「あれから、部屋片したんだぜ。見られたらまずいものとか、全部処分した。まぁ、俺も健全な男子だからな」


 そう言って、直樹はからから笑う。

 昨日来た時と同じように、直樹の部屋は、相変わらず小奇麗で、掃除の必要もないくらいに片付いている。どこを片付けたのか、雅にはにわかに判断できなかったが、直樹だって年頃の男の子だ。見られないところに隠していた雑誌などを処分したということだろう。


「相馬君、あなた、怖くないの?」


「怖いよ」


 そう疑問をぶつけてみると、直樹はあっさり肯定した。


「明日死ぬとか、今でも信じられねぇよ。でも、こうも考えられる。明日までしか生きられないんじゃなくて、死ぬまで準備する時間を一日もらえたってな。人は死と隣り合わせに生きている。いつ死ぬかなんて、誰にもわからない。それが人生ってもんだ。でも、その中でも、俺は自分の死について向き合える。それって、すごくラッキーなことなんじゃないかって」


「死なせないわ。絶対に」


 雅は達観している直樹の口ぶりになぜだか少し腹が立って、語気を荒げた。


「そうだったな。俺のこと、守ってくれるんだもんな」


 直樹はいつもの飄々とした態度を潜め、真剣なまなざしで言うと、


「でも、万が一、俺死んだときのことも考えなければならない。死んでしまったら、お前にもう何もしてやれない。俺が死んだあと、俺の死を、お前はどう乗り越える? 俺からは何もしてやれないんだ。だから、今、俺は虚勢を張っているのかもしれない。怖えよ。怖くて怖くてたまらねぇよ。でも、お前がしっかりしてくれないと、死んでも死に切れないんだ。お前は、今まで、数多くの死に出会ってきた。そして、これから、もっと多くの死と向かい合うことになるだろう。お前は自分の殻に閉じこもって、人との接触を絶てば苦しむことはないと思っているのかもしれない。でも、そうじゃないんだ。月並みな言葉だけど、人は一人では生きられない。一人で生きていても、それは『生きている』とは言えない。生きることから、単に逃げてるだけだ」


「何で……なんでそんな風に思えるの? あなたは死んじゃうかもしれないんだよ? それなのに、私に気を使って……諭してくれて……そんなの、本当に思っていることなの? 人は、自分一人のことで精いっぱいなはずだよ? 自分が死ぬとなったら、自分のことしか考えられないはずでしょ?」


「確かにそうだ」と直樹はこともなげに言うと、


「俺だって、自分のことしか考えてねぇよ。お前の親友が、絶望の中で死んでいった事実は変わらないかもしれない。もっと、怖がって、自分をさらけ出して、生に執着するのが正解なのかもしれない。だけどな、だけど、お前には俺のせいで、辛い思いをしてほしくないんだ。そう思う理由があるんだ」


「理由――?」


 雅が聞くと、直樹は頭を掻きながら、


「明日、生き残ったら教えるよ。何で俺がお前を放っておけないか、こんなにも感情移入してしまうか。怖くてたまらないのに、何で強がって見せているのか、全部話す」


「今じゃ、だめなの?」


「駄目だ。運命が変えられるかどうか、ちゃんと見定めてからではないと、俺はお前にもうこれ以上何も言ってやれない」


 そういうと、直樹は、椅子から立ち上がって、雅の近くまで身を寄せた。


「な、なに?」


 手を伸ばせば触れられそうな距離に直樹が来たのを、狼狽しつつ、雅は聞いた。


「相沢、すまないけど、抱きしめてもいいか? 実はな、俺――」


 直樹はいつもの飄々とした感じで言った。


「怖くてたまらねぇんだ。人のぬくもりを感じたい。まだ、俺はここにいるって、感じたい。明日死ぬことなんて、冗談なんだって思いたい。だから――」


「わかった。いいよ……」


 雅は頬に朱を掃きながら、直樹を抱きしめた。

 直樹の大きな手のひらが、背中に回って、雅をぎゅっと締め付ける。

 それから、直樹は子供のように泣きじゃくった。


「死にたくねぇ、死にたくねぇよ。俺、したいこととかあんまりねぇけど、今はまだ死にたくねぇんだ。ごめんな、相沢。こんな弱い自分を見せちまって。お前のこと、守りたいのに。これじゃあべこべだよな。ごめんな。でも、怖くてたまらねぇんだ・・・」


 雅は、何も言うこともできず、ただ、きつく、きつく直樹の身体を抱きしめた。




 離さない。

 この命を。

 たとえ運命だとしても。

 ずっと……。




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