6 予感
―6―
昨日のことがあったからか、雅の頭は登校拒否児のようにずきずきと痛んだ。
また雨が降っている。
いやな雨だ。
天気予報によると、雨の日はしばらく続きそうだということだった。
あの後、話し合ったこと。
ほとんどなかった。
直樹は、
「そうか、あと三日か」
と、衝撃を受けた風もなく言い、逆に、
「教えてくれて、ありがとうな。いままで、辛かったろう」
と気遣ってさえくれた。
雅の能力を心の奥底では信じていないのか、それほど器が広い人間なのか、生に執着してないのか、それはわからなかった。
教室に着くと、雅は直樹の姿を捜し求めた。
――いた。
クラスメイトに囲まれ、いつもと同じように談笑をしている。
雅が自分の席に座ると、直樹は自然な様子ですっと輪の中からはずれ、雅のほうにやってきた。
「おっす」
と、相変わらずのほほんとした調子で話しかける。
昨日、死の宣告をした雅は何も言うことができなかった。
「昨日、あと3日と言っていたから、あと2日か?」
声は落ち着いていて、恐怖はない。軽い感じで、話しかけてきた。
――信じてないのだろうか? 当たり前だ。単に頭のおかしい女と思われたに違いない。
「あれから、考えたんだけどさ――」
直樹は、雅の返答を待たずに続ける。
「死ぬって、言われてみても実感が持てないもんだな。俺は、残りの2日間、平凡に暮らして、死んでいくつもりだ。俺が死んでも、何も変わらない。日常は続いていくんだ。そりゃ、悲しんでくれる人はいるだろう。その人たちには申し訳ないが、やがて、忘れていく。日常に戻っていく」
直樹はそこまで一気に言うと、「でもな」と続けた。
「俺が死んだあとの、お前の事が心配なんだ。もしかして、自分が俺を殺したと思いはしないかって。俺は救いを求めない。運命だというなら、それを受け入れる。でも、お前はどうだ? 俺が死ぬことになっていて、その運命を受け入れることができるか?」
信じていた。
直樹は、雅の言う自分の運命を受け入れて、そのうえで雅のことを思いやっていた。
雅は、直樹の瞳を見ることができず、俯きがちに言った。
「私のこと、信じているの? 信じていて、それを受け入れようとしているの? 受け入れることができるの?」
直樹は、頭をぽりぽりと掻いて、苦笑した。
「受け入れられないさ。しかし、決まっているものをどうこうしようとしてもしょうがない。お前が言ったんだぞ。運命は変えられないってな」
そこまでが限界だった。
雅は椅子から立ち上がると、怒声をあげた。
「だからって、いいに決まっているわけないじゃない! それで本当にいいの? 後悔はないの? 生きたいって思わないの?」
「落ち着けよ。パニックに陥っていいのは、むしろ俺のほうなんだぜ?」
「落ち着けるわけなんか……!」
「皆が見ている」
雅は、その言葉に、クラス中の人間が自分に注目していることに気づき、慌てて椅子に腰を下ろした。
「……落ち着いたか?」
「――うん」
直樹はふーっ吐息を吐き出すと、ぽんぽんと雅の頭をなでた。
「そんなわけだから、俺……」
「――守る」
直樹の言葉が言い終わらないうちに、言葉をかぶせるようにして、雅は言った。
「あなたのこと、死なせない。私が守るから――。今度こそ……」
語尾は、涙で声にならなかった。
直樹は優しい瞳で雅を見やると、
「そうか。ありがとうな」
と言って、微笑んだ。