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5 雅の秘密

              ―5―


「そこらへんに適当に座ってくれ」


 直樹の部屋は、簡素なつくりだった。窓際に机、その背後に本棚が置かれており、透明な衣装ケースが入り口を直進したところにあるベッドの脇に置かれている。床の上には、雑誌が二、三冊散らばってるだけで、部屋は綺麗に片付けられていた。

 なんとなく、直樹らしいといえばそういえるが、らしくないといわれれば、納得できる部屋だった。

 もっとも、直樹自信つかみどころのない人間なのだ。部屋の綺麗さで性格を判断できるほど、直樹は薄っぺらな人間ではなかった。


「CD、かけるぞ。洋楽だけど、気に食わなかったら言ってくれ」


 そういって、コンポにCDをセットして再生ボタンを押す。

 しばらくして、心地よい音楽の調べが聞こえてきた。

 聴いたことはなかったし、歌詞もさっぱりだったが、落ち着ける、しっとりとした曲だ。

 直樹は、選曲の才能もあるらしかった。


「それで……」


 直樹は机の前の椅子に座ると、ゆっくりと話しはじめた。


「さっき、猫を埋めるとき、何か言いかけただろう? あの時は話の腰を折って悪かった。何か、いいたいことがあったんじゃないか?」


 そんな前のことを覚えていて、気遣ってくれるなんて、思ってもいなかった。

 雅は床においてあったクッションを抱きしめると、小さな声で言った。


「なんでもない……」


 直樹は椅子の背もたれを自分の前に来るようにすると、椅子をぎしぎし言わせながら、雅の顔を覗き込んだ。それから、ふーっ吐息をつくと、


「まぁ、話したくないことならいいんだけどな。あの時、お前、なんか切羽詰った感じがしてたから。よほど重要な話があるんだと思った」

 のほほん、といった形容詞がしっくり来る直樹の語り口に、雅はクッションをぎゅっと抱きしめた。


「――相馬君、死と向かい合うのは、生きることに一生懸命になることと同じことだって言ってたよね」


「そんなこと言ったかな?」


 直樹は首をかしげる。


「おばあさんに聞いたの」


 直樹は「ああ」、と曖昧に頷いて、


「そういえば、そんなこといったような気がするな。昔の思い出だけど」

 雅は俯いたまま、言葉を選ぶように言った。


「私、前の学校で、親友と別れちゃったの。別れちゃったと言っても、喧嘩したりとか、そういうんじゃない。彼女、ね……死んじゃったの」


 そうか、と言って、直樹は視線を宙にさまよわせた。


「彼女、私に、『助けて』っていった。でも、できなかった。私は傍観者になることしかできなかったの。それは、何度も助けようとした。でも、できなかった……」


「うん」


 直樹は、温かい瞳で雅を見やると、雅の言葉に頷いた。


「私ね――私……!」


 雅は、決心を固めて、息を吸い込んだ。


「人が死ぬ時がわかるの。いつ死ぬか、わかってしまうの!」


「そうか」


 直樹は、のんびりと答えた。

 変な奴を見るような目で見られるかと思ったが、衝動は抑え切れなかった。


「あは、ばかみたいだね。こんなこと言っても、信じてもらえるわけないのに」


「信じるよ」


「え?」


 直樹は、椅子についた糸くずをつまみながら、落ち着いた声で言った。


「え、でも、そんなこと、信じられないでしょ? 人の死がわかるだなんて、そんな超能力者みたいなこと……気持ち悪いでしょ?」


「別に気持ち悪くなんかない。変じゃない。それで合点がいく。今まで、お前が人を遠ざけていたこともな。だいたい、嘘をつくメリットがないし、今のお前は真剣そのものだった。嘘をついているようには感じられない。俺は自分の直感を信じるよ。そんなに思い悩んで、苦しんできたんだな」


 柔らかく、包み込むような言葉だった。

 直樹は無条件に雅を信じているようだった。

 転校してきて、2週間足らずの自分を、簡単に、純粋に信じていた。


「それで、いままで塞ぎこんでいたのは、前の学校で、友達の死を予見して、とめられなかったからなのか?」


「――うん」


 雅は素直にこくりと頷くと、続けた。


「死ぬのがわかるのは、大体その人が死ぬ一ヶ月前くらいから。なんとなく、ヴィジョンが見えるの。その人と接してると、死の場面が浮かんでくる。親友の場合もそうだった。彼女は私の力を知ってたから、私が彼女が死ぬことを予見したのに気づいた。――それから、何度も試した。死ぬ場面を避けるために、あらゆる手段を使った。でも、だめなの。彼女、私に助けを求めたわ。でも、だめだった。死の運命を変えることはできないんだって、痛いくらいに思い知らされた……」


 そこまで一気に言い切ると、雅は息をついた。


「そっか、そうだったのか……」


 直樹は何度も頷いた。


「運命は、変えられない?」


「――うん」


 雅は半べそをかきながら肯定した。


「……つらかったな、死んでいく親友を見ているのは。身を引き裂かれるような思いだっただろう。自分の無力さを感じて、それでも、見ているしかなかったんだものな。運命は変えられなかった。でも、それは、相沢のせいだろうか? 運命が変えられないとしたら――運命に従うしかなかった。そこであがいたことは、辛いけれども、必死で生きようとした証ではなかったのかな? もし、親友が――」


「わかってない! 何もわかってない!」


 雅は声を荒げた。


「あの子は、『死にたくない』って言ったの。絶望の中で死んでいった。知らされなければ、平穏に過ごせた一ヶ月を、苦しみぬいて死んでいった!」


 直樹は、ふーっと息をはくと、落ち着いた声で言った。


「苦しんだのは、彼女だけじゃないだろ?」


 雅ははっとして、直樹を見た。

 親友の死は、親友だけのものではなかった。

 雅もまた、悩み、傷ついていた。

 死の運命に抗いたいと思った。それが、どんなに強大で、打ち崩すことなど到底考えられないものだったとしても。

 死の運命を知って、なおかつ、生きようとした。


――それは、無駄な時間だったのだろうか?



「わかってない……わかってない……」


 雅は繰り返した。

 頭の中は混乱の極地だった。

 だから、言えずにいたことが、つい、口を突いて出てしまった。


「相馬君――あなたは3日後に死ぬわ」


 涙が一滴、雅の瞳から流れ落ちた。



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