2 邂逅
―2―
授業も終わり、放課後。
クラスメイトたちが一緒に帰ろう、とグループを作って教室から次々に出て行く。
高校一年生といえば、誰もが群れたがり、友達と密接な関係を築き、仲間はずれを嫌い、わいわいがやがやと楽しくやっていく時期だ。
でも、雅は一人きりだ。
2週間前に転校してきてから、人を近づけようとせず、超然とした雰囲気を作って、周囲に壁を作り上げてきた。
転校してきた始めは、あれこれと気を使ってくれ、根掘り葉掘り雅のことを知ろうとしていたクラスメイトたちも、そんな雅の態度に、次第に離れていき、雅は腫れ物を触るように扱われて、孤立していた。
――それでいい。
孤独に慣れているわけではない。前の学校では、友達も多いほうだったし、元来が社交的な性格だった。
親友だっていた。
幼いときからいつも一緒だった親友。何でも話せるし、何でも話してくれた親友。何でも信じてくれ、何でも信じられた親友。
しかし、それは過去形でしか語ることの許されてないことだった。
――私も帰ろう。
すでに教室の4分の3の人数は消えている。
残っているのは、このあとクラブ活動があるクラスメイトぐらいだった。
下駄箱で靴を取り替えて、傘を開く。
校庭は水浸しで、時折、砂利とも泥ともつかないものが足にはじく。
学校を抜け出して、いつもの道筋を歩く。
――あと三日。
これでいいのか? このままでいいのだろうか?
そんな考えが、浮かんでは消えていく。二週間前、転校してきた日から、ずっと自分に問いかけている疑問。
しかし答えは出ていない。
――あれ?
考え事をしながら歩いていたら、下校の道順を一本曲がり損ねて、大通りに出てしまった。
見たことのない風景に、しばし、戸惑う。
師走でもないのに、何を急ぐ必要があるのか、道行く人々は皆うつむいて、足取りは速く、一人考え事をしながらゆっくり歩いている雅を次々に追い越していく。
――戻ろう。
踵を返しかけたとき、不意に、車道から車のけたたましいクラクションの音が鳴り響いた。
振り返ると、一人の男子学生が、横断歩道のない車道を、悠然と、あるいは飄々とした感じで横切っているところだった。
――あれ、相馬君……?
その人物の横顔を確認して、雅の心臓は高鳴った。
交通量の多い車道だったが、轢かれることはないと思った。
それでも、車の流れをせき止めて、車道にはいっている直樹を見るとどうもハラハラしてしまう。
直樹は車道の中央でしゃがみこむと、地面に落ちていた黒い塊に手を伸ばしていた。
――何をしているんだろう? 地面に落ちてる汚いの……あれはなんだろう?
好奇心に駆られて、雅は返しかけた踵を、直樹のほうへ向けた。
直樹は地面に落ちていた物体を大切そうに胸に抱くと、車道から、もと来た道を引き返してきた。
歩道に戻った直樹の周囲から、嫌悪と恐怖の色が混じったような声が聞こえてくる。
――まずい、見つかる。
雅は急いで姿を隠そうとしたが、直樹の持ってきた「それ」に目を奪われ、その場で硬直してしまった。
ずた袋のようになった黒い塊は、猫の死骸だった。
車道を横断しようとしたところを車にはねられたのだろう。
内臓の露出した、血だらけのその死骸を、直樹は周囲の目を気にすることなく、飄々と胸に抱き、雅が歩いてきた方向へ脚を進めてきた。
あまりのことに身体が硬直している雅に、直樹が気づいた。
表情を変えることもなく、ゆっくりとした、落ち着いた声で話しかけてくる。
「相沢じゃないか。今帰りか?」
直接話しかけられては雅も対応せざるをえない。
「――うん、相馬君も?」
「おう、俺も。それじゃ、気をつけて帰れよ」
そういって直樹は、すたすたと学校の方向に向かっていった。
「ちょ、ちょっと待って」
何事もなかったように飄々としている直樹に雅は追いすがって、直樹の前に出た。
「それ……どうするつもりなの?」
直樹はのんびりと胸に抱いた猫を見ると、「……ああ」といった。
「学校の近くに公園があったろう? そこに埋めてやるつもりだ。車道に投げ出されたままじゃかわいそうすぎる」
そういって、「格好つけすぎかな?」と直樹は皮肉っぽく笑った。
見れば、直樹の制服は猫の死骸の血でべとべとだった。
それでも、なんでもない風に笑っている直樹を見て、雅の心はずきり、と痛んだ。
「そんなわけで、行ってくるから。俺みたく、寄り道しないで帰るんだぞ」
そういって微笑んだ。
――ナンデコンナイイヒトガ……
雅は脇を通り抜けて行く直樹に、どうしようもない罪悪感を覚えて、雅は立ち尽くしてしまった。
――ワタシハナニヲヤッテイルンダロウ……
心を蚕食して行く暗い感情に、雅はたまらず声を上げた。
「待って!」
直樹は立ち止まると、訝しげに雅を見やった。
「私も――行く」
俯いたまま直樹のほうに振り向いた雅は、消え入りそうな声でそういった。