塩とロバと私
「綿の十キロと鉄の十キロ、どっちが重いでしょう?」
有子は突然聞いてきた。
「同じでしょ。同じ、十キロだもん。」
私は、ちょっと考えてしまった。
「あたり。」
有子はにんまりとわらった。
「じゃ、これを運ぶとして、運ぶ途中に、300メートルの川があったらどうする?」
「川?」
「そう。橋もない川。穏やかな流れだけど、深いの。首あたりまで、水が来るとしたらどうする?」
有子は、にやにやしている。
私は、考え込んでしまった。
しばらく考えて、言った。
「鉄。」
有子は最初、なんのことかわからなかったのか、きょとんとした顔をした。
「あたり。」
「ようするに、浮力の問題だよね?」
「そう。最初は同じ十キロでも、綿は水を吸って重くなる。だけど、鉄はちょっとだけ、軽くなって、川から出ても、重さは増えない。」
有子は、微笑んだ。
私は聞いた。
「で、なんでこれを聞いたの?」
「んー。今度の理科のテストの問題にいいかと思って。」
「なるほど。小学生に聞く問題を私に聞いたのね。」
私は、頬を膨らませた。
「いいじゃない、わかったんだから。ちょっと時間がかかったけど。」
「昔、絵本かなにかで読んだわ。」
「何を?」
「塩を運ぶロバの話。川で転ぶと塩が流れて荷物が軽くなることに、気がついたロバが毎回川で転ぶのよ。それに気がついた主人があるとき、塩じゃなくて綿を入れて、ロバを溺死させる話よ。」
「それ、絵本の話なの?」
有子は眼を丸くした。
「教訓はズルはいけないってところにあるんだけど、どうかしらね。」
「なにが?」
「塩は昔は金よりも高価だったでしょ。それが流れて、主人は怒った。そして、ロバを溺死させた。」
「ほう。」
「でもさ、主人にはなにも残らないのよね。ロバも綿も沈んでいった。だから、教訓はすぐに怒らない、というところにあると思うのよね。」
有子が言う。
「それ、国語の先生に言ってみようかな。」
「やめて。鼻で笑われるのがオチよ。」
私は、ため息をついた。