2気まずい実家
翌朝私は宣言通り公爵邸を出る事にした。昨夜彼が帰って来たのかさえ知らない。
屋敷を出るときはダリルに挨拶などしないままだった。
離縁状は3年目の結婚記念日の日になぜか予感がして持っていたので自分の名前を書いて私の部屋のテーブルの上に置いて来た。後はダリルが名前を書いて提出すればいい事だ。
向こうから言い出した事なんだしこちらが何かをする必要もないだろう。
最期にお世話になった執事や侍女たちに挨拶をすると公爵邸を後にした。
スタールクス侯爵邸に戻ると義理母のタマラと異母妹のイリヤが出迎えた。
3年前家を出るときと同じ、私を蔑むような義理母と異母妹の視線が弱った心に突き刺さる。
私の母は11歳の時亡くなりしばらくして父は新たな妻を娶った。一度婚姻歴のあったベイルン公爵令嬢の美人だと評判のタマラを。
義理母はすでにイリヤを身ごもっていてすぐに妹を産んだ。私の異母妹。それからは私はいつもつまはじきにされた。
タマラは公爵家の令嬢らしく、ドレスや装飾品、食べ物、茶会など贅沢を好んだ。
母は、隣国のキルナート国の出身だった。キルナート国ははるか昔は金鉱がたくさんあり栄華を極めたが、金が尽きると国もあっという間に衰退した。その後贅沢を当たり前として来た国民は、あっという間に困窮した。国を立て直すのに半世紀近くかかりその間に王族や国民の考えも変わり、国の根幹から考えを改めた。常に備え、贅沢を慎み堅実に生きていく国民性になったらしい。
そんな母がこの家に嫁いで来るとすぐにかなり傾いていたスタールクス侯爵家の立て直しが始まった。
やるべき事や見直し。節約するべき点などいくつもの見直しをして10年ほどでスタールクス侯爵家は黒字経営に上向いた。
そのため婚期は遅れた。
そしてそんな中でも領民とは真摯に向き合い商人との付き合いも信用を第一に行って来た。他にも教会や学校、診療施設などには出来る限りの支援をしたりと母は本当に良く働いた。
でも、そんな無理が祟ったのだろう。流行り病であっという間にこの世を去ってしまった。
母は最期に”ジュリアーナ、どんな人にも真心で接するの。それが貴方の幸せに繋がるから”と言って息を引き取った。
だから私はスタールクス侯爵家の為に一生懸命努力した。零れ落ちて行く散財にも何度も苦言を呈した。でも、父は流されやすい人で義理母の言いなりだった。義理妹も同じように自分のことしか頭になかった。
いつしか私は3人からつまはじきにされた。
食事だって辛うじて一緒に取るがそれだけだ。3人が仲良く楽しそうに会話するのを聞いているだけ。
まあ、主に義理母とイリヤが楽しそうに話をしているのだけど。
父は私の事は気にはしているらしかったが結局見て見ぬふりだった。
必要最低限の世話として侍女のメイアが一人ついていて彼女だけが私の唯一の話し相手で味方だった。彼女は死んだ母の侍女だった。
そして結果的に領地経営が破綻しかけてバルハン公爵との婚姻の話に飛びついたと言うわけだ。
そして結局こんな結末。
でも、メイアだけはずっと私のそばにいてくれる。彼女だって結婚出来たはずなのに申しわけないと思っているけど、メイアがいなくなったらと思うと恐かった。
「お嬢様大丈夫です。私はそばを離れませんから」
公爵邸を出るときメイアはそう言って私の手を握りしめてくれた。そして今もメイアが後ろに寄り添っていてくれる。
私は離縁されたけれどこれで良かったと思う。この世界の考えだったら離縁されたら女として終わったみたいに思えたかもしれない。でも、今は違う。これからは好きな事が出来ると思えばいいのだから。
「ジュリアーナ、あなたったらとんだ恥だわ。夜会で離縁を言い渡されるなんて、王女陛下に笑いものにされて‥まったく、こちらまで恥ずかしい思いをしたじゃない」
義理母が睨みつけて来る。
「義理姉様、ほんとに‥賞味期限切れだと思われて当然ですね。あなたのその姿、みすぼらしいったら」
すっと目を晒す義理妹。笑っている。
まあ、着ているのは質素なドレスで荷物も手提げかばんだけだから無理もないが。
「でも、イリヤ。そのドレスも私が公爵家に嫁いだから買えたんじゃなくって?私、離縁したしこれからはバルハン公爵家の支援はなくなるわよ。その辺はしっかり考えてお金を使わないといけませんわね義理母様!」
行くところもない。着の身着のまま公爵家を後にした。
だからどうした。ここは私の家よ。と背筋を伸ばして二人を見据える。
「ま、まあ、ジュリアーナ。離縁されたのは仕方がないわ。でも、あなたみたいな出戻りでも年老いた貴族の後妻くらいならまだなれるはずよ。旦那様に言って早く新しい嫁ぎ先を見つけてあげるから心配しないで」
「ぷぷっ。もう、姉上ったら。賞味期限切れでも年老いた貴族なら問題ありませんね。せいぜい金持ちの後妻に嫁いで我が家に貢献して下さいね。その金で私が公爵家の令息を射止めますわ」
今度は二人がにんまりと口角を上げた。
どこまでも腹黒い親子だ。傷心中の私を嫁がせてその支度金を当てにするって事?
私が嫁いだのでイリヤが婿を取って後を継ぐ事になってはいるけどあまりにひどいんじゃない。
とにかくこんな所からは早く出て行こうと心に決めた。
義理妹の性格はますますひどくなっているらしい。父も義理母も生まれた時から甘やかしたせいか幼いころから我がままで気に入らないことがあると手が付けられないほど怒るし暴力的。おまけに年頃になって最近ではとっかえひっかえ男を変えて揉めていると噂に聞いた。
とはいえ私は重い足取りで屋敷に入った。とはいえ元の私の部屋はもうなかった。
案内されたのは使われていない一番北側の物置のような部屋だった。
使用人達も誰もが私を疎ましく思っているらしく侮蔑を込めた眼差しを向けた。
部屋に入ると湿った空気とかび臭い匂いに思わず顔を背けた。
メイアが見ていられないと立ち上がる。
「お嬢様、みんなひどすぎます。私が一言言ってやります!」
「メイア、あなたがそんな事を言えばあなたの立場が悪くなるわ。いいから、さあ、とにかく今は部屋の掃除よ」
メイアは立ち止まった。
「そうですね。まずは部屋の掃除です!」
メイアは私より倍年が離れている。すぐに私の言った事を理解したのだろう。そんなメイアにばかり負担はかけさせられない。
「ええ、私も手伝う」
「そんなこれは私の仕事ですから」
「でも、もう公爵夫人でもないし暇なんだから。ふふ」
「お嬢様‥ではお願いします」
メイアの眦が光る。
「メイア泣かないで、私は捨てられたんじゃない。こっちが捨てたんだから」
私達は泣き笑い合って掃除を始めた。




