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メリアと不思議な旅  作者: 首長イ鳥
砂とうねりの街
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烏丸の書 英雄の力

『これが、バルカディア王国ですか!』


カエデ様が、顔を上に向けながらそう独り言つ。

天まで届くような大城壁に、カエデ様は今にもひっくり返りそうで。


『カエデ様、あまり上を見上げますと、後ろに倒れてしまいます』


思わず、そう注意を申し上げる。すると。


『それもそうですね!じゃあ、今度はどこまでこの城壁が続いているのか見てきます!』


そう、はきはきとカエデ様は応える。


『そうした方が良いかと……ん?見てきます?』


私がその真意に気づく前に。

カエデ様のおみ足が緩く曲げられる。


『行きますよ!』


その言葉を皮切りに、カエデ様は両足に溜めた脚力を開放。

ダンっと地が割れ、強烈な反作用でそのお身体は空へと舞う。


『か、カエデ様!?』


そんな私の声はびゅおおっと空を割く風切り音にかき消され、くるくると空中で回るカエデ様は。


『よいしょ!』


華麗に、城壁の上へと着地した。


『おわっ!?』


『な、なんだ!?』


巡回中の兵士が、槍を立てたまま驚きの声を上げるが、しかし。


『すっごーい!見てくださいとりまる!まん丸ですよ!まん丸!』


カエデ様は胸壁へと張り付き、遥か遠くへと続く真円の城壁を眺めることに夢中で、その声は届かない。


『カエデ様!すごいのはわかりましたが、これは少々まずいですよっ』


『まずい?』


こくりと小首をかしげるカエデ様のそんな言葉をかき消すように。


『て、敵襲っ!!』


声が城壁上へと響き渡る。


『敵襲?どこですか?ガーゴイルでも出ましたか?』


そんな声に、おでこへ手のひらを当てきょろきょろと辺りを見回すカエデ様。


『お前のことだっ!』


『カエデ様のことですっ!』


奇しくもシンクロしたその想いに。


『私?』


そう、ぽかーんとカエデ様は顎に指をあてて。そして。


『わ、わっ!』


目の前に突きつけられた槍を視界に入れて、ようやく気付く。

自らが一息に城壁を突破した敵襲なことに。


『や、ヤバいですー!!!!』


『こら、暴れるな!!』


手足をバタつかせ、カエデ様は焦る。


『ち、違うんです、敵じゃないんですよ、ちょっとバルカディア王国の城壁が、どんな感じなのかなーって思っただけなんですー!』


『来奴、斥候か!?バルカディアへ仇なす者へ、死を!!』


『ひ、ひえー!?』


腰をくねらせ、危なげに突きを回避するカエデ様、その表情は焦りに染まっていて。


『一度引きましょう、カエデ様!!』


『そ、そうですね!』


私の提案に、カエデ様は躊躇なく胸壁を飛び越える。


『本当に誤解なんですよ!私、悪い人じゃないんですぅー!』


空へ身を躍らせ、地へ落ちながらに、カエデ様はなお弁明する。

おそらく、後半は、あの兵士には聞こえなかっただろう。

前半だけで、彼の誤解が解けるかと言えば、それは――。


『難しいでしょうね……』


嘆息交じりのその声は、再びの風切り音へとかき消された。


『よっと!』


すとっと、カエデ様は危なげなく、地面へと着地する。すると。


『……うう、暑いわ、疲れたわ、もう一歩も歩けないわ……』


どこで拾ったのか、手ごろな木の枝を地面に突きながらアヤネ様が牛歩でやってくる。


『アヤネ!来ましたか!』


『来ましたか!じゃないわよ、あの城壁を見て、すごいです!って先に走っていったのはあなたじゃない……』


『あ、あー、そう、でしたね』


『なんだか、歯切れが悪いわね、でもそんなことどうでも良いわ――』


アヤネ様はそこで言葉を区切ると、枝を投げ捨てくわっと目を見開いて宣言する。


『作戦は後回しよ!私たちが英雄であることは一旦隠して王国へ入って、一休みして、かき氷も食べて、涼んで、何泊かごろごろしてからじゃないと私は働かないわ!』


それはすがすがしい宣言。普段なら嬉々としてそのニート宣言に乗っかるはずのカエデ様は。


『あー……』


とそう、声にならない声を出して。


『ちょっと、それは難しいかもしれません』


そうぽりぽりと頬を掻く。

何故なら、既にその背後にある城壁に添って左右から。


『斥候を必ず捕まえろ!!!』


何十人もの猛々しい兵士たちが、声をあげ私たちを捕まえにやってきていたのですから。





『だーかーらー!私たちは怪しい人なんかじゃないんです!英雄なんですよ!』


早々に自分たちの身分を明かし、そう叫ぶのはカエデ様。しかし、それでも衛兵たちは口を固く閉ざし、互いを見合うばかり。

大した抵抗をしなかったせいか、あれよあれよと言う間に、武器(私)を取り上げ、縄でぐるぐる巻きにされ、城壁内の衛兵詰所へ連れられ早数刻。

最初は私たちにきつく詰め寄っていた衛兵たちでしたが、カエデ様が自らを英雄であると明かすと態度が一変する。

無理もないでしょう。

英雄は規格外の力を持っている。

比喩ではなく、その気になれば一国を滅ぼせる存在なのですから。


『こんな縄なんて、解こうと思ったらほどけるんです!』


『……おやめください、英雄殿』


『あ、やっと喋りましたね!話をする気になりましたか?なら、まずはこれを解いてください!』


『縄を解く気はありません、命令ですので』


『そんなあ、命令なんて破っちゃってくださいよ!』


『……』


カエデ様のあんまりな提案に、再びだんまりを決め込む衛兵。

その時だった。


『ぷしゅう……』


『ぷしゅう?』


それは確かに聞こえた音。

まるで空気の抜けるようなそれにカエデ様だけでなく、衛兵たちもがきょろきょろとその主を探す。

そして、きっちりその場の全員の視線を集めて。


『ふしゅう……』


と、縄でぐるぐる巻かれたもう一人、アヤネ様が再び息を漏らす。

縄から覗くその顔は真っ赤で。


『あ、アヤネ!』


カエデ様がぴょんぴょんとアヤネ様へと近づく。そして。


『あきゃ!』


ごっちんとアヤネ様に額を合わせる。そして気づいた。


『あっついです、熱です……大丈夫ですか、アヤネ!』


『か、かか……』


『なんですか!?』


『か、かき氷、食べたい』


『かき氷ですね!』


そう言うとカエデ様は衛兵たちに向き直る。


『衛兵さん、かき氷を持ってきてください!』


『……』


しかし、彼らは動かない。


『早く、かき氷を――』


『……かき氷はお持ちできません、その場で待機せよとの命令です』


きっぱりと衛兵はそう断言する。


『……そう、ですか』


その声音に、ぴきりと緊張が走る。しかしそれに気づいたのは私だけ、ずっと一緒に時を過ごした私だけ。


『しょうがない、ですよね、アヤネ』


今にも涙が零れそうなその詰まった声を皮切りに。

一陣の風が詰所に吹き荒れた。


『あなたがこのなかで一番偉いのはわかっていました……』


カエデ様に握られ、ギラリと抜き身の私が光る。


『そのでっかい星のついた帽子、やめた方が良いと思いますよ?』


つーっと首筋から一筋の赤が流れ落ちた。


『貴様、なにをっ――』


『ごちゃごちゃはいらないです、頭と体がバイバイしたくなければ、早くかき氷を持ってきてください、二人分です』


『私は脅しには屈しな――あああああ!!!!』


悲鳴より先に、ぼとりと、右腕が詰所の石畳に落ちる。


『止血はしました、断面も綺麗です、アヤネが正気に戻れば、綺麗にくっつけてくれます、手早くやればですが』


『か、かか、かき氷、かき氷!早くもってこい!!』


『は、はい!!』


詰所から、何人かが、王国の中へと飛び出していく。

彼らは優秀な部下だった。

何故なら本来、この王国に存在しないはずのかき氷を、わずか数分で調達してきたのだから。


『美味しいですー!』


拘束力などすでに皆無の、ブチブチに切れた縄の残骸に身をくぐらせながら、カエデ様はかき氷を頬張る。


『どうですか?アヤネ!』


『……ちべたい』


山盛りのかき氷を前に、頬をパンパンに膨らませたアヤネ様がかろうじて、そう口にする。

それは、とってもほほえましい光景でした。

しかしそう思うのは残念ながら私だけ。

衛兵たちは先ほどまでより明らかに遠巻きに、我らを見ています。

そして、その最後列ではお偉いさんが息荒くぐーぱーと右手を確かめる始末。

異様な空気が漂います。

そんな時でした。


『伝令です!英雄殿お二人を王宮へと丁重にお連れしろとのことです!』


バタバタと王国内から走ってきた兵士が息をつきながらそう声を上げる。


『そうですか!……ではふぁんふぁいしてくだふぁい!』


ばくばくばくっと頬に残りのかき氷を詰め込んだカエデ様が、浮き輪のように、散り散りの縄を持ちながら立ち上がる。


『縄はいらないと思いますよ、丁重にお連れしろとのことですから』


『ふぉうですかとりまる!では……!』


抜け殻のように、パサリと落とされる縄の残骸たち。

空いた手でおもむろに握られた私がびゅんっとアヤネ様へと煌めく。

すると、ぱらっと、アヤネ様を包む縄が解けて……。


『あっ!!』


とそこでカエデ様が一番いやなタイミングで大きな声を上げる。


『か、カエデ様!? 何ですか、なんで、このタイミングで、大声を!? も、もしかして、間合いを間違えましたか!?言われてみれば、確かにアヤネ様の装いの下、ひそかに存在する柔らかな贅肉を少し撫でたような気が――』


『――きーんと来ましたぁ』


私の懸念をよそに、おでこに手を当てながら、そうカエデ様は応える。


『あ、そうですか』


その横をアヤネ様が、通り抜ける。


『ちべたい、ちべたい、ちべたい……』


ぱくぱくとスプーンを口元に運びながらゆっくりと歩いていくアヤネ様は急に振り向くと。


『私に、贅肉などない!』


びしっと私にスプーンを向ける。銀色の切っ先は不可視の刃を伸ばし、私の心を鋭く撫でるようで。


『ひいっ!』


その時私は付喪刀の端くれながら、先の丸い凶器を向けられ、情けない声を上げてしまったのでした。





「ねえ、お師匠様」


「どうしたのメリアちゃん?」


「英雄ってさ」


「うん?」


「……ちょっと怖いね」


ボクはそんな感想を口に出す。それは飾り立てのない純粋なる本音だった。


「確かにね、右腕、切り落としちゃうからね」


その言葉にボクの右腕にぞぞぞっと悪寒が走る。


「でも、そこに英雄としての意識があふれてるのかも……」


「どういうこと?」


「えっとね」


お師匠様はボクの耳に、口元を寄せると。


「英雄って、腕とか切られても生えてくるんだって……」


そう小声で衝撃を囁く。


「えーーー!」


ボクは思わずそう叫ぶ。

だから、腕切り落としちゃったの!?自分は生えてくるから!?それはそれでこわっ!


「まあ、ただのうわさなんだけどね」


「うわさかいっ!」


びしっと、ボクは手の甲でお師匠様の胸を打つ。

もちろん、それはお師匠様にダメージを与えることはなくぽよよんと跳ね返される。


「でも、結構いたるところで信じられている噂なのよ?英雄って言っても千差万別だから生えてくる英雄もいたのかもね」


にゅって、にゅって!とお師匠様は、楽しそうに手をバタつかせる。


「そうなのかなあ」


お師匠様のその所作に、ボクも頭の中に、英雄の姿を思い浮かべる。

――肌の色は緑だった。あとなんか角も生えてた。


「そんなわけないよっ!」


ぶるぶるぶるっと頭を振ってその幻影を追い出す。


「メリアちゃん大丈夫?」


「大丈夫だよ……」


まだにゅっと頭の片隅から微かに生えてくる緑の英雄を無視して、ボクはそう答える。


「じゃあ、続きを読んでいくわね」


ぱらぱらと、めくられていくページ。

それに連動するように脳内に生え出でる緑の皮膚――。


「お師匠様!はやく!はやく続きを!」


「もう……そんなに焦らなくても大丈夫っ!」


ちゅっとお口にあてがわれるお師匠様の人差し指。

でもボクにはもうそれも緑色に見えていてっ!


「むーー!!!!」


ゆったりと語りだしたお師匠様の歴史は。ちょっぴり、緑色に染まっているのだった。



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