烏丸の書 バルカディアへの道
砂漠は近く、日差しは強く、バルカディア王国へと続く街道を容赦なく照り付ける。
そんな茹だるような暑さの中、元気なのはカエデ様だけだった。
『バルカディア王国はかき氷が有名なようですよ! なんでも氷魔法に長けた人には相応の地位と名誉が与えられるのだとか!』
『……カエデ様、その本には、ただ、氷が有名としか書いていないようですが……』
カエデ様の腰につられ、ちゃきちゃきと音を立てる私はそう声を上げる。
目の前に広げられるのは、道中で私の反対を押し切って露天商から買ったバルカディア王国完全攻略ブック。
契約のおかげでカエデ様と同期した視界に映る、ぺらぺらなその雑誌には確かに、かき氷などと言う文言はどこにもないのですが……。
『ええ!そう書いてありますが、こんなに暑いんですから、氷はかき氷にする以外ないでしょう?とりまる!』
『そんなことはないと思いますが……それと私のことをとりまるなどと呼ぶのはやめてください、私には烏丸という名前が――』
『あーあー!聞こえないですよ!とりまる!とりまるはとりまるなんです!』
私の訂正をかき消すためだけに喚くカエデ様。すると。
『キンキンとうるさいわよ、カエデ……』
『あ、起こしてしまいましたか、アヤネ!』
『あなたは私のことを、歩きながら、眠ることのできると変人だと思っているの……?』
先ほどまでぐったりと、死人のようにただ歩を進めていた、アヤネ様が顔を上げ、そう問う。
『アヤネなら、それぐらいできるかとっ!』
『突っ込む気力もないわ……』
だらだらと、額から零した汗がヘンゼルとグレーテル状態なアヤネ様。
それは今にもぶっ倒れても不思議ではない。
『とりまる、あなた、保護者ならちゃんと、カエデのこの天然を躾けなさい』
『アヤネ様、申し訳ありません……』
私が誠心誠意謝っていると。
『とりまるが、私の保護者……? ぷっ!』
くすくすとこらえきれないようにカエデ様が笑う。
『とりまるは私の剣なのですから、保護者は私のほうでしょう?』
『いいえ、違うわ』
『ええ、違いますね』
『え?』
私たちの今までの経験からくる渾身の否定に、カエデ様は間の抜けた声を上げる。そして一拍遅れて。
『どういうこと?どういうことですか!二人とも!』
そう言いながら、カエデ様はアヤネ様の手をとってぶんぶんと振り回す。
『ああ、うざったいわね、カエデ、あなた体温が高いのよ、暑いから引っ付かないで』
つーんと言ってのけられたその言葉に。
『そ、そんなこと言わないでくださいよぉ!』
カエデ様は離れるどころか、ぶんぶんが激しさを増すばかり。
――バルカディア王国まではまだ少々。
それまでに、アヤネ様が倒れなければ良いのですが。
そんな私の些細な願いは、聞き届けられることはなかった。
ぱたりと、お師匠様はそこで、本を閉じる。
瞬間、鼻腔に香るのは森の匂い。なんだか戻ってきたみたい。
「メリアちゃん、ここまでで何かしつもん!ありますか?」
「はいはーい!あります!」
「それは、なんでしょう?」
「えっとね……鳥丸は喋る剣なんだよね?」
「ええ、その通りよ、厳密に言えば、彼は、付喪刀と言ってね……」
「付喪刀?」
「付喪刀と言うのは、長い年月を経て、精霊が宿った刀のことを指すの」
「精霊さんだったんだぁ……だから喋れたんだね」
遠い昔、一度だけあったことのある、精霊を思う浮かべる。
「他には、何か質問ありますか?」
「ううん、今気になったのはこれくらい!」
「じゃあ、続きを読んでいくわね」
そう言って、お師匠様はぱらぱらと本を開いていく。
「次はやっと、バルカディア王国へと、三人は足を踏み入れます……」
その声音にボクは物語の世界へと吸い込まれていった。




