昨日は大変だったね
「昨夜は迷惑をかけたみたいだな」
朝日の中、リズが、頭を掻きながらそう言う。
「本当に、大変だったんだからね!」
「まぁまぁ、メリアちゃん、リズ君は覚えてないんだから」
そう、お師匠様が、ボクを宥める。
ついさっき、朝日と共に、砂の中ですやすや寝ていた人たちは目を覚ますと、あの白蛇の食欲からはすっかり解放されていて。
ボクたちが大丈夫ですか、痛いところないですかって、聞くと、ちゃんとお話しすることもできるようになってたんだ。
でも、話していくうちに、全員が、昨夜のことを覚えてないことに気づいたんだよね。
「そこが、もやもやするんだよね!」
「すまんなぁ」
リズはそう言って平謝りをする。
と、そこへ。
「皆さん、おはようございます」
「あ、ハーディスさん!」
「私もいますぞ、メリア殿」
「ロゼルさんも!」
ハーディスさんと、ロゼルさんが連れ立ってボクたちの前に現れる。
「二人からも、リズに昨日のこと言ってやってよ!」
ボクは二人に向かってそう言った。でも。
「……いやぁ、でもまあ、全て悪いのは、あの白蛇ですからなぁ、メリア殿」
聞こえてきたのはそんな歯切れの悪い言葉で。
「え!? ロゼルが俺を庇った!?」
リズがそう驚いた声を上げると、ロゼルさんがリズをキッと睨む。
そんな光景に、ハーディスさんは苦笑いをして。その頬っぺたがきらりと光る。
いや、違う。頬っぺただけじゃない。
ハーディスさんの全身にきらきらと光る粒がいっぱいついている?
「あれ? ハーディスさん、なんでそんなに砂だらけなの?」
「ありゃ、気付かれてしまいましたか」
ハーディスさんは恥ずかしそうに、頭を掻く。
その様子に、ボクは気付いた。
「も、もしかして! ハーディスさん、昨日――」
「――そのもしかしてですよ、メリアさん、私も昨夜のことを覚えていないのです」
そう、ハーディスさんは言った。
「なるほどな、だからロゼルが、俺のことを庇ったってわけか」
「ぐぬぬ……」
「彼は本当に、協会に忠実に働いてくれていますから、苛めないで上げてください」
「副協会長……」
優しい声音に、ロゼルさんはうっとりとハーディスさんを見つめる。
「……ハーディスさんも白蛇食べちゃってたんだね、大丈夫だった?」
「大丈夫、だったようですね、ただ……」
「ただ?」
「少々、恥をかきました」
恥ずかしそうに、ハーディスさんはそう答える。
「恥ずかしいだなんて、私は昨日の手腕に惚れ惚れいたしましたぞ」
「何があったの?」
ボクが聞くと、ロゼルさんが手のひらを広げてボクに耳打ちをする。
「ハーディス殿は、昨夜、白蛇狩りのための組織編成から、武器の配分、作戦までをも一声で命じましてな、あの統率力があれば、我がアーガナージャも安泰だと感じましたぞ」
「……なまじ、私が権力を持っていたせいで、神骨の聖域をあと少しで焼き払うところでした……ゴーレム殿がいなければ、森はなくなっていたやもしれません」
「そ、それは……やばいね」
「ええ、ヤバかったです」
しんみりとボクたちはやばいを繰り返す。
「あれ、そう言えば、そのゴーレムくんは?」
「むふぉっ」
そう、零すとゴーレムくんが返事をする。でも。
「あれ、どこにいるの?」
周りを見渡しても、どこにもゴーレムくんの姿はなかった。
「……ゴーレムくんは昨日の無理がたたってしまってね」
お師匠様がそう、ぽつりと、そう告げる。
「え?」
「むふぉ?」
「だから、彼の姿は見えなくなってしまったの」
「そ、そんな……」
「頑張りすぎてしまったのね……」
「む!? むふぉ、むふぉ!」
「でも、なんか、さっきからゴーレムくんの声が聞こえるよ?」
「そりゃあ、聞こえるわよ」
「む?」
「ほら!」
そう言って、お師匠様は、手のひらをボクに差し出す。
「むふぉっ!」
そこには。
「ちっちゃい!」
思わずそう声が出るほどに、小さなゴーレムくんがすっぽりとお師匠様の手のひらに収まっていた。
「昨日、頑張りすぎちゃったみたいで、魔法が解けちゃったの」
「なるほどね!」
「……そうだったのですね」
ハーディスさんは、そう言って興味深そうに、ゴーレムくんをのぞき込む。
「と言う訳なんですけど、ハーディスさん、お考えは変わっていませんか?」
「……考え?」
「少し、思っていたのとは違ってしまいましたが、変わりはありませんよ」
「それは良かったです!」
「ねえねえ、なんの話?」
ボクがそう聞くと、ハーディスさんはボクの方へ視線を合わせる。
「ああ、メリアさんには、まだお伝えしていませんでしたね……実は、ゴーレム殿を私たちの街に迎え入れようと打診をしていたのです」
「へー、そうだったんだぁ」
「ゴーレムくんは魔法で生まれた生き物だから、魔力供給を経つと、ただの土に戻ってしまうのだけど……」
「む、むふぉ!? むふぉむふぉ……」
「この通り、ゴーレムくんはそれが嫌みたいだから……」
ゴーレムくんはお師匠様の手のひらで小さくなって震えている。
「そこで、我らの街の一員になってもらおうと思ったのです、アーガナージャにも魔法使いはたくさんいますから、彼らが交代で、魔力を提供すれば、ゴーレム殿はいつまでも生きていくことができるでしょう」
「それはいいね! 良かったね、ゴーレムくん!」
「むふぉむふぉ!」
打って変わって、嬉しそうに、ゴーレムくんは手のひらの上でサイドチェストを華麗に決める。
「……ご希望でしたら、またゴーレムくんに巨大化の魔法をかけますが……?」
「いえ、そこまでお手数をおかけすることはできません……それに、昨日の活躍を見て、ゴーレム殿を神の生まれ変わりではないかと言いだした人々が少なくなくてですね、彼には我が街の守り神として過ごしてもらおうと思っています」
「生まれ変わり? ゴーレムくんが?」
「彼らが言うには、ゴーレム殿のあのすらりと通った美しいおみ足が神の証拠、らしいですよ」
「へー」
「……伝承なんてのは元をたどれば、案外そんなものなのかも」
ふんふんとお師匠様が独り言つ。
「っともう、こんな時間ですか」
ハーディスさんは、太陽を見上げて、そう呟く。
「何か、ご用事が?」
「ええ、協会に出向かなくてはいけなくて……ゴーレム殿、一緒に来てくださいますかな?」
「むふぉっ!」
そう鳴いて、ゴーレムくんはハーディスさんの手のひらへとひとっ飛びで乗り移る。
「では、私たちはこれで……お二人ともまたこの街へいらっしゃることがありましたら、是非お尋ねください」
「あれ、ボクたちが、もう旅立つこと言ったっけ?」
「目を見れば、そのくらいわかります」
「すごっ!」
「ふふふ……ではまた逢う日まで」
「失礼しますぞ!」
「むふぉっ!」
「うん、ハーディスさんも、ロゼルさんも、ゴーレムくんも、またね!」
「また、逢いましょう!」
三人はボクたちの言葉を聞き届けると、背を向けて、ゆっくりと去っていく。
「……なんか、寂しいね」
「昨日、あったばかりだろう? それでも寂しいのか?」
「うん、それでもね、やっぱり知り合っちゃったから、寂しいよ」
「そういうものか」
「そういうもんだね」
静かに、二人で繰り返す。
「……次はどんな街に行くのか、もう決まってるのか?」
「どうなの? お師匠様?」
「もちろん、決まってるわ……次はね、すごい絵が見れる街に行きます!」
「絵か、いいな……まだ行き先が決まってないんなら、引き止めようかと思ったが、仕方ないな」
「残念だったね」
「ああ、残念だ」
しんみりと、リズは呟く。
「じゃあ、もう行かないと」
「……もう少しだけ待ってくれないか、見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
そうボクが呟いた瞬間だった。
「りずはーん!」
「お、来た来た」
その呼び声に、ボクたちは三人まとめて振り返る。
そこに、リズの名前を呼びながら、歩いてきた人物が立ち止まった。
「紹介しよう、嫁のリヤーナと――」
その言葉に、リズから手を差し伸べられた少女がこちらに一歩踏み出す。
「娘のレファーナだ」
「わあっ!」
くるりと、布に優しくくるまれた赤ちゃんの顔がこちらに向けられる。
その表情は穏やかで、静謐な瞳が真っ直ぐにボクたちを見つめていた。
「「可愛い!!」」
「どうも!」
「あ、リヤーナさんだよね、初めまして」
「ええ初めまして! メリアさんよね? うちの夫がお世話になりました!」
はつらつとリヤーナさんはそう応える。
でも、ボクは腕に抱かれた赤ちゃんから目線が離せなくなっていて。
「可愛いでしょ?」
「うん! とっても、可愛いです!」
「抱いてみる?」
「え! いいの!?」
「もちろん!」
そう言って、リヤーナさんは赤ちゃんをこちらに差し出す。
ボクはこわごわと差し出されたその子の下に両腕を滑り込ませた。
「まだ、首が座ってないから、支えてあげてね」
「は、はい!」
そう言って、赤ちゃんはボクの腕に託された。
それは、ずっしりと重くて、でも全然持てちゃう重さで。
ばくばくと高鳴る心臓の鼓動にあわてながら、言われた通りに頭に手をやる。
あったかくて、想像の中の赤ちゃんよりもおっきくて、何よりも、優しい香りがした。
「わー……」
濁りなく、真っ直ぐに見つめるその瞳はとっても可愛くて!
ぎゅーって抱きしめたいけど、そんなことをしたら、壊れちゃうような儚さに、ボクはただ、彼女を抱いていた。
「――あなたはボブさんですか? 初めまして、うちの夫がお世話になりました!」
「はい、ボブです! いえいえ、リズさんにはこの街のことをいろいろと教えていただいて、こちらこそ、お世話になりましたー」
背後から聞こえるのはそんな世間話。
そんな冷や冷やする会話を聞きながら、いつまでもいつまでも、その柔らかそうなほっぺをじーっと見つめていると。
すべすべの肌がどんどんくしゃくしゃに縮められていって。
「わ、わ、わ!」
「うわあああん!!」
「あ、あ、ごめんね、泣かないで……」
断片的な知識で、ゆっくり赤ちゃんを揺らしてみるけど全然泣きやんでくれなくて。
「メリアさん、貰うわね」
「は、はい!」
ぴゅんっと飛んできたリアーナさんは、ボクと違って、慣れた手つきで赤ちゃんを受け取ると、胸に抱く。
「よし、よーし」
「ふぇ……ふぇ……」
すると、すぐに、赤ちゃんは鳴き声を潜め、そして、すうすうと穏やかな寝息を立て始めた。
「ごめんね、眠たくなっちゃったみたい」
「ううん……やっぱり、お母さんってすごいなあ」
「どうだ、俺の娘は」
「可愛いね、あといい匂いがする」
「だろ?」
満面の笑みで、リズはそう応える。
「……行くんだな」
「うん、赤ちゃんも寝ちゃったからね」
「また、この街によることがあったら絶対、訪ねて来いよ」
「うん、約束する」
ボクたちはそう、かみしめるように誓い合う。
「またね、リズ!」
「ああ、お師匠様も、またな」
またな、そう言いながら、リズが手を上げる。
そこに、ボクはぴょんっとジャンプをして、勢いよく手のひらを合わせた。
ぱしんと子気味良い音が辺りに響く。
「うおっ!」
「またね!」
そう言い残し、ボクは砂漠へと走った。
「あ、待って! メリアちゃん!」
お師匠様が慌てて、ボクを追いかける。
その後ろから。
「次会うときは、レファーナがすごい美人になってるからなぁ!」
大声でそんな声が聞こえて。
「うん! 楽しみにしてるね!!」
ボクも大声でそう、返すのだった。
アーガナージャを後にして、砂漠を歩くこと、数十分。
「着いたわ!」
お師匠様が、大声を上げる。
「着いたって言われても……」
ボクは首をかしげる。すると新緑の木の葉がひらりと目の前に舞い降りた。
そこは、少し前から、見えていた場所。だけど、目指しているとは思わなかった場所。
「ここ、神骨の聖域じゃん」
目の前に茂る鬱蒼とした青い森を見て、ボクは当たり前にそう零す。
「だって、前来たばっかりでしょ?」
「ふっふっふ……」
その言葉にお師匠様はわざとらしく、笑みを零すと。
「メリアちゃん、言ったでしょ? 今回の旅の目的は、神骨の聖域だって!」
「確かに、言ってたけど……」
「だから、今回は、神話の影に隠された真実を見に行くのよ……レッツゴー!!」
そう言って、お師匠様は腕を振り上げ、聖域へと足を踏み入れていく。
その様子は今にも踊りだしそうなほどにルンルンで。それは確実に。
「歴史だね」
聖域に潜む、まだ見ぬ太古の息吹へと向かって。ボクたちは、歩み始めた。




