ご飯屋さんの追及
「はい、メニュー表、何でも好きな物を頼んでいいわよ」
「やった、何にしようかなー」
パラソルにもたらされた小さな日陰の下で、魅力的に輝くメニュー表。
せっかく、こんなに海が綺麗な街なんだもん。もちろん頼むのは魚料理にするとして。
ボクは受け取ったメニュー表の一番上、一番文字が大きいものから目を通していく。
クレセントテイルの朧蒸しにストームフィッシュの嵐焼き、クラスタベラの爆発鍋……ってこれ多分あのとげとげで破裂する魚だよね。前の街では確かハンドクラッシュって名前で……うん、これはやめとこ。
他に美味しそうなものはっと……あ、このコーラルカイトの宝石揚げってボクが最近夜ご飯用に素潜りでいつも採ってるあのピンク色にキラキラ光る魚だよね!
すっごい美味しいんだけどその分泳ぎもものすごーく速いから必死になって捕まえて。
旅では揚げ物なんてめったに食べられないしこれにしちゃおうかな、でもいつも食べてた魚ではあるし、うーん悩む……。
美味しさは保証されてるけど、でもいつも食べていた魚で、でもでも調理方法は違くて……。
ぐるりと一周するドーナツ型の無限の回廊、びっしりと魚に埋め尽くされた深淵に意識を持っていかれる、その寸前だった。
「お待たせしました!」
一瞬にして現実へと引っ張り上げられた意識、そこには真っ白なエプロンが似合う、見た目はボクと同い年くらいの女の子が両手にもうもうと白い煙の立ち上る皿を手に乗せてボクに笑顔を向けていた。
「あれ?ボクまだ頼んでないよ?」
「私が頼んだ料理よ、メリアちゃん」
こっちにお願いしますと、ウエイトレスさんに手を上げながらお師匠様はボクに少し困ったような顔を向ける。
「先に頼んじゃってごめんね、私の頼んだ料理は調理に時間がかかるって言われちゃったから……」
そのままお師匠様はボクに顔を寄せて、小声でそう詫びた。
「大丈夫だよ、お師匠様、ボク、そんなこと気にしないよ!ドライなイルカだよ!」
それを聞いてお師匠様はボクに解けた顔を向けて。
「ありがとう、メリアちゃん」
そう、かみしめるように言った。
「お料理の説明をさせてもらいますね!」
「あ、お願いします、店員さん」
「はい!では!こちらがホーンラプトの角肉ステーキ、彼らの針の穴を通すような繊細な角使いを思わせるきめ細かな肉質は思わず頬がとろけるほどに美味しいんですよ!そしてこちらがタウロバードのハーブオムレツ、彼らの新鮮な卵とエルネスカの守り神が住まう断崖遺跡に自生するハーブをふんだんに使用してふんわりと焼き上げています!そして――」
ウェイトレスさんは次々と流れるように言葉を紡いでいく。
あっという間にテーブルはお師匠様の頼んだ料理と言の葉で埋め尽くされて。
「ごゆっくりどうぞ!」
とコーラルカイトのようにあっという間に去っていく。後に残るのはもうもうと白く香る料理たち。
……ボクはそれをただ見ていた。
「メリアちゃん、心配しなくても最初から分けてあげるつもりよ?ほらそのためにお皿とフォークとスプーン、余分に貰っておいたから」
「……お師匠様」
「うん?」
「飽きてるよね?さかな」
「えっ」
ぼとりとお師匠様の手からスプーンが滑り落ちる。
テーブルいっぱいに並べられた料理たち、その中に魚料理は一つもなかった。
「そ、そんなことないわよ、メリアちゃん、たまたまよ、たまたま」
「ほう、ではお師匠様はあくまでたまたま海の幸を使った料理を一切頼まなかったとそう主張するわけですね?」
「そうよ、たまたまなのよ」
そう言ってお師匠様はぎこちない動作で持ち直したスプーンでオムレツをすくう。
……その言葉が欲しかったよ、お師匠様。
「それはおかしいよお師匠様……これを見なさい!」
「えっ!」
びっくりしてスプーンごとオムレツを落とすお師匠様。
だけど今のボクはそれに情けを掛けるような優しいイルカじゃないよ!
「見覚えあるよねお師匠様、これはこのお店のメニュー表だよ」
「そ、それがどうしたのよ!」
「お師匠様が頼んだ料理もここに書かれているよね?」
「ええ、もちろん、ほらそこに……あっ」
「気づいたみたいだね」
ボクは満を持してメニュー表の右下を指差す。
「このお店は、いや、この街はと言った方がいいね……エルネスカではお魚料理が有名なんだよ、当たり前だよね」
「や、やめて」
やめないよお師匠様、ここからがいいところなんだから。
「……そう、海が有名なこの街で人気なのは海鮮料理なんだ、そしてお師匠様の頼んだ料理みたいに海の恵みを全く使わない料理はこの街では人気ないんだよ、メニュー表の隅に小さな文字でまとめられちゃうくらいにさ!こんなに大きなメニュー表の中でお師匠様の頼んだ料理だけがこんな隅っこでちっちゃい文字だなんて、どう考えてもこれはたまたまじゃないよね?そうだよね、お師匠様!」
「ああっ!」
お師匠様はまるで弓矢で胸を貫かれたように体を捩る。そう、ボクの名推理という名の矢じりにね!
「……ええ、メリアちゃんの言うとおりよ、これは決して偶然なんかじゃない」
お師匠様はそう言い終えるととがっくりと項垂れる。トレードマークの大きな白い帽子の鍔に覆われて、お師匠様の顔は見えなくなってしまった。
「ねえ、なんでこんなことしちゃったの?お師匠様らしくないよ?」
「ごめんなさい、メリアちゃん」
「どうして謝るの?」
「それは、私、メリアちゃんに嘘をついていたから」
「お師匠様……」
「……ごめんなさいメリアちゃん、私、お魚に飽きてしまったの、本当はメリアちゃんが毎日獲ってくれてたお魚も、ちょっと飽きていたのよ!」
それは魂の叫びだった。
「……うん、知ってたよ、お師匠様」
「え?」
「ボク、本当は薄々気づいてたんだよ、お師匠様が魚に飽きてるって、だってお師匠様、ボクみたいに骨ごと魚食べないし、焼かないと食べないしさ……でもよくよく考えたら、普通のことなんだよ、だってボクはイルカで、お師匠様は人間だもんね」
「メリアちゃん……」
「さかなはとっても美味しいよ、でもお肉も美味しいんだよ、そんなの当たり前なのにね」
「……これ、半分こしましょうか」
ずいっとお師匠様が、ボクの目の前にお肉を差し出す。
「え?いいの?」
「私、メリアちゃんと一緒に食べたいな」
「お師匠様……うん!ありがとう!」
「はい、メリアちゃん、あーん」
そう、お師匠様はボクにフォークに刺さった一口大のお肉を差し出す。
遠慮なくボクはそれにかぶりついた。
「ん!これめちゃくちゃおいひいよ!」
「たまにはお肉も良いでしょう?」
「たまにじゃなくて、毎日これで良いよ!ボクもこれにしよっと、すみませーん!店員さんこれもう一つお願いします!大盛で!」
「はい!ホーンラプトの角肉ステーキですね!かしこまりました!」
たったったっと通りすがりの店員さんはさらさらと腕にメモを取ると一切スピードを緩めずに奥へと消えていく。
「め、め、め……」
「ん?どうしたのお師匠様?」
「メリアちゃん!?!?!?」
ボクはお師匠様の、通りに響くそんな大声を初めて聴いたのだった。




