揺らめくかげ
空には燦然と輝く星々。その下、大きな広場の中でぱちぱちと燃えるのはおっきな焚火。
石を積み上げて作った五徳の上には焚火よりももっとおっきな鍋がぐつぐつと湯気を立てる。
そんな焚火をアーガナージャの人たちはゆったりと、思い思いの場所から眺めて。影が長く揺らめく。
「あんなおっきな鍋よくあったね、白蛇が丸ごと入っちゃうなんてさ」
「協会の倉庫を探したら、奥の奥で埃をかぶっていたらしいぞ」
ぼんやりと揺れる火を見ながらにリズはそう答える。
「そうなんだぁ……そういえばさ、その協会?って何なの?」
聞いてなかったねとボクはリズに尋ねる。
「協会か?……協会は正式な名前を神骨猟師協会って言って、簡単に言っちまえば、大昔から神骨の聖域を管理している猟師の集まりだ、武器や鎧を独占することで間接的に神骨の聖域に立ち入れる人間を選別してるんだ、そして身内だけで聖域の恵みを享受する……ほんとふざけた組織だぜ」
「どこにでもそう言うのはあるものね……」
うんうんとお師匠様が合点がいったように首を振る。
「その協会が、街をパトロールもしてるんだ?」
「いや、あれはパトロールなんてもんじゃないぞ、協会にこびへつらわない奴を探して武器を奪い取るために街を見回ってんだ」
「そんなことはありませんよ、彼らはちゃんと街の治安維持を全うしてくれています」
「げっ!」
隠そうともせず、リズが露骨な声を上げる。その相手は。
「あ、副協会長のお父さん!」
「こんにちは、メリアさん……そう言えば、まだ、名前をお伝えしていませんでしたね」
お父さんは居住まいを正す。
「神骨猟師協会で副協会長をしております、カーディスと申します」
そう言って、深々と頭を下げた。
「カーディスさんかぁ、強そうな名前だね!」
「ありがとうございます」
カーディスさんはそう言って苦笑する。
「先ほど息子が目を覚ましました、方々を打ち身していますが、すぐに治るでしょう」
「それは良かった!」
「息子が助かったのはあなたたちのおかげです、本当に感謝をしてもしきれません」
「もう感謝は大丈夫だよ!差し出した手は巡って自分を引き上げる!だよ!」
「……本当にありがとうございます」
そう言ってもう一度、深くお辞儀をして。
そして、ボクではない方へと向き直った。
「リズ君、あなたのお話はよく伺っていますよ」
「へっ、悪さをよくしていますってか?」
敵意を滲ませて、リズは答える。
「そうではありません……ここだけの話ですが、あなたの協会への反骨的な態度、並びに武器を持たずしての神骨の聖域への侵入……あれを私は良かったと思ってるんです」
「良かった?」
「ええ、協会の老人たちは武器さえ取り上げていればこの街を支配できると考えている、ですが君のあの事件の後、老人たちは目に見えるほど焦りましてね、あれは痛快でした」
「それは……良かったな」
「老人と縁故主義に辟易しているのは、あなたのような若者だけではないということです」
「よく言うぜっ」
そう言って、ぷいっとリズはそっぽを向く。
「……嫌われているようですね」
カーディスさんは悲しそうにそう呟くと、再びこちらへと向き直る。
「どうです?あの大鍋は?」
「すっごく、おっきいよ!美味しそうな匂いもするよ!」
「それは良かった……とはいえ、私の力もまだまだで、街の皆に白蛇を振る舞う"お祭り"を急遽開催したにすぎませんが……」
「あんなおっきいの食べきれないから、お祭りにしてくれて、ボクたちも楽しいよ!」
「そうです!こう見えて、私、お祭り大好きなんです!」
「こう見えなくても、お師匠様はお祭り好きそうに見えるよー」
「ありゃ、そうですか」
てへっとお師匠様がおどける。
そのやり取りをじっと見つめているのはハーディスさんだった。
「……思えば、私はこういう無茶をするために、権力を欲しがっていた」
「ん?ハーディスさん何か言った?」
「……いいえ、何も言っていませんよ」
優しくハーディスさんが笑う。その時だった。
「皆々様方、道をお開け下さい!」
そんな大きな声と共に。
大きな影が、広場へと侵入してきた。
「これは、我らの監視下にあります!ですから、安全なのでご安心を!」
そう叫ぶ一団に囲まれているそれは、紛れもなくゴーレムくんだった。
彼らが必死に叫んだかいあってか、街の人々は逃げ惑うことなく、遠巻きにゴーレムくんを興味深そうに見守る。
「ってなにあれ?」
とそこで異変に気付いた。
ゴーレムくんの自慢の筋肉が、首から下げられた一枚の布で隠されている……?
「ああ、あれはエプロンですよ、メリアさん」
「エプロン?」
「少しでも、威圧感をなくすために、協会の方で準備したそうです」
「……効果あるのかな?」
「ゼロと言う訳ではないようですよ、ほら」
そう言って、カーディスさんはゴーレムくんを示す。
するとそこには。
「ああ、こら、近づいちゃいかん!」
と、そう、声を荒らげるロゼルさんの姿があった。
でもそんな大人の静止なんてその相手には全く効かなくて。
「でっかーい!」
「むきむきー!」
と小さな子供たちがゴーレムくんに駆け寄る。
遠慮なく、ぺたぺたと美脚に手のひらを這わせる子供たち。でもなんだか、ゴーレムくんは嬉しそうで。
「ふふっ!良かったね、ゴーレムくん!」
そう言うと、ゴーレムくんはゆっくりと、二の腕にこぶを作って見せた。
子供たちはしばらくゴーレムくんを堪能した後、走ってきた親御さんたちに連れられて、ばいばいと手を振りながら離れていく。
「よし、じゃあ再開だ!」
ロゼルさんが叫ぶ。
まるで、ゴーレムくんを護衛するように、その一団は火にくべられた大鍋の目の前へ位置取ると。
「では、よろしく頼みます、ゴーレム殿」
そうお辞儀をした。
お願いされ、ふんすと、ゴーレムくんは動く。対峙するは大鍋。
ゴーレムくんは業火をものともせずお鍋の下に両手を滑り込ませると、一息に大鍋を持ち上げた。
ずしんずしんと、大地を揺らし、そのままゴーレムくんは歩く。そして、どすんと広場の中央に、その大鍋を移した。
予め、掘っておいたのだろう。その地面の窪みに、大鍋はすっぽりと収まった。
その瞬間を狙っていたのだろう。一番そこに皆が注目している瞬間にロゼルさんは声を張り上げた。
「皆様、お待たせしました!本日の神骨猟師協会主導のお祭りの目玉!神骨の聖域の覇者、白蛇を煮込んだスープです!」
その言葉に、うおおお!と大きな歓声が上がる。その勢いそのままに、アーガナージャの人々は我先にと大鍋へと殺到した。
「神骨猟師協会をこれからもよろしくお願いします!神骨猟師協会です!」
ロゼルさんはそう叫びながら、ボウルにスープをよそっては、よそっては殺到する人たちに渡していく。
「……なんか、ちゃっかりじゃない?」
「だからいったろ?協会はそう言う感じなんだよ」
これ見よがしに放つリズの言葉に。
「……ははは」
ハーディスさんは何も言い返せないようだった。




