沙漠のさかな
「なんだよ、旅人なんだったら最初からそう言ってくれたら良かったのに」
そう言って、ん!とボクにお肉をわたす彼。
「いいの?」
「ああ、不本意だが、あのお姉さんに免じて食わせてやる」
「お姉さん、ね」
ちらりとそのお姉さんに目を向ける。
「おいしいわぁ!」
と地べたに座り込んで頬に手を当てて喜んでいた。
「それで、お前たちはなんでこんな街に来たんだ?」
「えっとそれはね……」
「この街がとっても興味深い暮らしをしているって聞いたから実際に見に来たの」
ボクが口ごもっているとお師匠様が代わりに答える。それはお師匠様との不文律によってはじめて知るこの街に来た理由。
「興味深いねぇ……確かに、この街が普通じゃないってのは、なんとなくわかるけどさ」
そう言いながら彼は串肉に口を付ける。
「砂漠の街ってのはどこもこんなもんなんじゃないか?」
「いいえ、この街は他の砂漠の街とは違うわ……砂漠に位置する多くの街は近隣の国や街に食料を依存していることがほとんどなの、でも、この街は違うでしょう?」
「……確かにこの街に、他の国から食料を運んでくるような人間はいないな、それどころかお前たちのような旅人を見たのすら一年ぶりくらいだ」
「へえー……あ、だからボクたちが旅人だってわかったからこんなに優しくしてくれたんだ?」
「ああ、そうだよ、旅人はこの退屈な街での数少ない"刺激"の一つだからな……街の子供たちがお前らに会えば、冒険話を永遠とねだられるだろうな」
「へえ、それは楽しそうね」
「そして、俺もそんな子供たちの内の一人ってわけだ」
「……子供って歳じゃなくない?」
「俺みたいなやつが子供に戻っちまうくらいこの街は暇と退屈であふれてるってことだ」
にやりとそう言って笑う彼。なんだかすっごく良いことを言ったみたいな顔してる。
「早速なんだが、一つ、ここで楽し気な冒険話を――っとその前に、まだ俺、名前も名乗ってなかったな」
ごほんと彼は一つ咳ばらいをして、居住まいを正す。
「俺の名はリズハーン、街の連中からはリズって呼ばれてる」
「リズ、ね、よろしく!」
「綺麗な名前だね」
リズハーン、その名前を心の中で反芻する。ボクはその響きに爽やかな風が巡る雄大な砂漠を垣間見た。
「ボクの名前はメリアだよ、そして、えっと……」
「私はボブですわっ」
なぜか自信満々にお師匠様はそう答える。
この街の空気がカラカラの砂漠でよかった、そうじゃなかったらきっとボクは冷や汗でびしょびしょになってたよ。
「メリアとボブか……」
そう噛みしだくようにつぶやくとリズは少しだけ目を伏せる。
ヤバい、そう思ったのもつかの間。
「うん、いい名前だ、この街では付けられることのない名だが、美しいとそう思うよ」
ボクたちの目をまっすぐに見つめて、そう言った。
そこに、猜疑はなく。
あるのは未知への理解だけだった。
「自己紹介も終わったことだしよ、早速、面白い旅の話をしてくれよ!」
先ほどの雰囲気をかなぐり捨て、子供みたいにリズはそうボクたちにせがむ。
「そんなこと言われてもなぁ、旅なんていつものことだから、どこから話したらいいか……」
「くわぁ!旅がいつものことなんて羨ましすぎるぜ!」
ボクの言葉に、矢を受けたように後ろに倒れこむリズは、すぐにおきあがりこぼしの如くぶんっと上体を戻す。
「じゃあよ、海!海行ったことあるか!?」
「もちろん、行ったことあるよ」
ボクは自分の尻尾をふりふりとそう答える。
「マジか!海!俺、海の話が良い!」
「海と言えば、この前、エルネスカに行ったわね」
「エルネスカ?海ってそんな名前なのか?」
「ううん、エルネスカは街の名前だよ」
断崖遺跡と煌めく海の街、エルネスカ。
そこでは地元の子供たちと話したり、美味しいご飯を食べたり、お師匠様が実は魚に飽きてたり、断崖遺跡での魔族信仰だったり、豊漁祭を見たり……いろいろなことがあった。
その旅の思い出を彼に、語るとしたらどこから話そうかな。
迷うけど、でもやっぱりあの旅の一番はこれだよね。
「美味しい、お魚料理を食べたんだよっ!!!!」
ボクは声を張り上げる。
「魚料理!!」
「リズは魚料理好き?」
そう問うとリズは明らかに、顔色が雲って。
「いや、俺はあんまり好きじゃないな、だって、魚ってちっちゃくて骨ばっかりだろ?」
と、さも当たり前のようにそう言う。
「あら、その魚って、このオアシスで捕れるやつのことかしら?」
「ああ、そうだ」
きっぱりとそう言った。
しかしそれは大間違いだ。
リズは本当の魚を知らないんだ!
「ふっふっふ、リズ君、君はどうやら本物の魚を知らないようだね」
「それは……どういうことなんだ、メリア!?」
「海の魚はね……でっかいんだよ!」
「マジか!!」
こーんなにね!とボクは両手いっぱいに広げて見せる。
流石にエルネスカでもこんな大きな魚は食べなかったけど、でも海の中にはこのぐらいの魚なんていっぱいいるし、うそじゃないもん!
「そしてね、ほろほろでね、もちろん、骨よりも身はいっぱいで、ほのかに塩気がして、とってもても、美味しいんだよ……魚はね」
「く、食いてえ!!」
「リズも、海に言ったら、食べられるよ」
「海、行きてえけど……いけねえ」
まるで目の前で大きな魚を逃したみたいに、リズはしょんぼりとそう答える。
「あなたぐらいの若さと体力があれば、旅に出るのは難しくないわ」
「そうだよ、旅、楽しいよ?」
「いや、俺に旅は無理だ……守らなきゃいけないもんもあるしな」
「あら……」
「守らなきゃいけないもの?」
そうボクが尋ねると。
「ああ、嫁と、まだ言葉も喋れない子供がいるからな」
さらりとリズは答えた。衝撃のその理由を。
「えー!?」
「なんだよ、驚くことないだろ?」
「いや、驚くよ、すっごくびっくりだよ!お嫁さんどころか、赤ちゃんもいるの!?」
「ああ、そうだけど?」
リズはボクの反応がおかしいかのようにそう答える。
「そうだったの、まだ、言葉も喋れないならとっても大変じゃない、お父さん、頑張ってるのね」
「いや、そうでもないさ、どんだけ大変でもあの笑顔を見ると、たちまち疲れが吹っ飛ぶからな、お前らにも見せてやりたいぐらいだ」
ぽりぽりと頬を掻きながら、リズはそう言う。
「なんだか、ボク、リズがすっごく頼もしく見えるよ」
「へへっ、そうか?そりゃ、家と子を持つ男は頼もしくねえと――ってあ、やべっ!」
「どうしたの?」
「俺、今日は神域に行かないといけないんだった!」
「神域ってもしかして、"神骨の聖域"のことかしら?」
「そうだけど……旅人がよくその名前をよく知ってるな」
「ええ、私たちはそこに行くために、この街に来たから」
「お、そうだったのか、ならちょうどいい、道すがらまだ話もしたいし、一緒に行くか?」
「あら、良いの?」
「おうよ、じゃあ、俺は一旦協会に戻って、準備をしなきゃならねえから、東門で合流でどうだ?」
「協会?」
「ああ、この街じゃ、神域までの旅支度を整えるのも一苦労だからな、神域に行くなら協会に話を通して、もろもろ貸してもらわなきゃならないんだよ」
「そうだったのね、じゃあ、東門で先に待っているわね」
「ああ、なるべくすぐ向かうからよ!」
そう言って、リズは駆け足で去っていく。二、三度顔だけで振り向いては手を振り返す彼の仕草はとても大人のそれには思えなくて。
「リズ、子供いるんだね、すごいなあ」
「いや、この街では、すごくないのかもしれないわね」
「どういうこと?お師匠様」
「……世界的に見て、平均寿命が短い民族は、結婚と出産をする年齢が早くなる傾向にあるの」
「うん?」
「それは簡単に言ってしまえば、ううん、簡単に言うことはとっても残酷なことなのだけど……」
珍しくお師匠様は素直に言葉を詰まらせる。迷いはなく、ただその言葉を紡ぐことに抵抗を感じて口を閉ざす。
それはきっとお師匠様に言わせてはいけないんだと思う。
「ううん、大丈夫だよ、お師匠様!リズくらいの歳で子供がいることはこの街では当たり前のことだから、変に驚いたりするのは、良くないってことでしょ?」
「メリアちゃん……」
お師匠様はそう呟くとそっとボクの頭に手を乗せて。
「その通りね、うん、まったくその通りだわ」
くしゃくしゃと撫でてくれる。
「とっても偉いわね、メリアちゃん」
「えへへ」
じっくりとそれを堪能した後。
「じゃあ、東門に向かいましょうか」
「うん!あ、そう言えばお師匠様、東門がどこかわかるの?」
「もちろん、わかるわよ……ほら!」
そう言ってお師匠様は方位磁石を取り出す。
「ほら、あっちが東だから、行くわよ!」
「それって、東がわかるだけじゃないの?」
「……ほら、行くわよ!レッツ東!」
「あ、やっぱりそうじゃん!」
追求から逃れるように、そそくさと歩き出したお師匠様。
ボクは駆け足でお師匠様の後を追った。




