アーガナージャ
「おおっ!」
砂山を駆け下って目の前に映るのは、底まで透き通る大きなオアシス。
水辺の周りにはヤシの木が茂り、できた影の下には革張りのテントが立ち並ぶ。
オアシスとヤシの木に添って自然と形作られた道には人々が往来し、軽やかな足取りの砂漠の住民たちは皆々刺繍の入った幅広の布を緩く頭に巻いていて、それが異国情緒を強く感じさせた。
それがすっごく、ああ、また新しい街に来たんだなって感じがして。
「ついたよー!」
実感と共にボクは到着の喜びを口に出す。
声と共に自然と天へと掲げられた両腕はもちろんいまだお師匠様と繋いだままで。
「おー!」
と、ボクにつられて片腕を突き出したお師匠様も一拍遅れて感激を漏らした。
でも、やっぱりまだ、お師匠様は本調子じゃなくて。
「……しょうがないよね」
ボクはそう零しながらお師匠様の顔を見つめる。
「ん?」
ぽやっとしたその顔に決意は揺らぐけど。
「過ぎてしまえば一瞬だよ、だから――ちょっとだけ耐えてねっ!」
握られた手を振りほどいて、ボクはお師匠様の腰へ手を当てて。
力を込めて放り投げる!
「ほげげっ!!」
宙を舞う悲鳴は一瞬で。
どぼーんと、オアシスに築かれた大きな水柱が天を突いた。
「メリアちゃん、ひどいわ」
「だって、ああでもしないとお師匠様がもとに戻ってくれなかったんだもん」
「それはわかってるけどぉ、うう、めそめそ」
小さく波寄せる湖岸。
バシャバシャと、やっとこさ湖畔にたどり着いてはすぐにその場にへたり込んでしまったお師匠様に手を当て、その衣からしみ込んだ水を手繰り寄せてはオアシスに返していく。
その間中、ずっとお師匠様はめそめそとしていたけど。
「完璧ね、メリアちゃん!」
服が乾いたころにはすっかり、元のお師匠様へと戻っていた。
ぱんぱんと砂を落としながら立ち上がったお師匠様に、ボクはやっと聞くことができる。
「お師匠様、早速今回の街について、教えてよ」
それはボクとお師匠様の小さな不文律。
新しい街での感動をひとしおにするために、ボクは次の目的地のことを詳しくは聞かないし、お師匠様もあまり話さない。
今回だって、次の目的地は砂漠の真ん中の街だってことしか聞いていないのだ。
「ふっふっふ、じゃあ、街を見ながら語っちゃいますか!」
そう言って、お師匠様は歩き出す。
「うん!」
ボクは駆け足でお師匠様の横に並んだ。
「ここ、アーガナージャは見ての通り、砂漠の真ん中にあるオアシスを囲んで作られた小さな町なの」
「アーガナージャ……」
「そう、アーガナージャ」
そう言うとお師匠様は、湖岸沿いの革張りのテントへと目を向ける。
「この街は、もともと、砂漠を渡る踏破商の拠点だったの」
「踏破商?」
「踏破商って言うのは、簡単に言えば、普通の隊商では通れないような険しい場所を専門に交易路にしているキャラバンのことね」
「へぇー、そうなんだ、確かに、この砂漠を越えるのは大変だよね」
「最低でも、水魔法に長けた魔法使いが一人はいないとこの砂漠は越えられないわね」
「……ってことは、水操術を使えるボクのおかげで、砂漠を越えれたってことだね!」
「うーん、いざとなれば私も水魔法は使えるからなぁ」
「え?」
思わず、ボクはお師匠様の顔を見る。
しかしそこに映っていたのはねちょっとしたお師匠様ご用達のいたずら顔で。
「冗談よ、メリアちゃんのおかげで、砂漠も越えられるし、いつも助かってるわ」
その顔は一瞬で、すぐにいつものお師匠様に戻ると、そう言いながら優しくボクの頭を撫でる。
「ひどいやお師匠様……でも今日は丸め込まれておく!」
仕方なく、ボクはお師匠様の手のひらを受け入れる。仕方なくね。
「……それで、もともとってことは今は踏破商の拠点じゃなくなっちゃったのかな?」
「お、鋭いわね、メリアちゃん、そうよ、今のこの街は踏破商の中継拠点としては使われていなくって、永住するための街として成り立っているわ」
そう言うとお師匠様はくるりとボクに向き直って。
「先に結果から話してしまうと、結局のところこの街は踏破商たちが移り住んだことで、ただの中継地点だったオアシスが踏破商たちが永住する街になったの、そして、もちろん、彼らがオアシスに移り住むことになったのには理由があるのだけど……それはまだ、教えてあげない!」
その言葉にえー!なんで!?と反射的に口が勝手に形作られるのを慌ててボクは両手で封をする。
だってお師匠様が何の意味もなく意地悪をすることは……結構あるけど。
でも、こういう旅の醍醐味に関わるお話でそう言うことは絶対しないから。
「わかったよお師匠様……それがこの街の歴史の、肝、なんだね!」
「そう言うことっ!一つヒントを出すとこの街の食料事情が、その肝に深ーくかかわってくるから、そこに注目すると面白いかもね!」
「食料事情かぁ」
どんな風にかかわってくるんだろ。砂漠だから、きっと食べられるものを見つけるのもすっごく大変だと思うけど。
「ん?」
そんなことを考えていると、なんだかとってもいい匂いが僕の鼻をくすぐる。
思わず、匂いの元を目でたどる。するとそこにあったのは石で丸く囲われた小さな焚火。
じゅーじゅーと肉汁が爆ぜる音、焚火のそば、いくつも串に穿たれたそれはてらてらと輝いていて。
じゅるりと口の中がよだれで満たされる。思えば、ボク、砂漠を渡っている時から、今日は何も食べてない……。
「おい、この肉は俺んだぞっ」
そんな声と共に、さっと串肉が小麦色の肌に覆われる。
「ああっ……」
「ってあちいっ!」
しかし揺らめく炎が肌を焦がし、すぐに彼は手を引っ込め。
「何すんだよ!」
そう言いながらボクをキリッと睨む。
「何もしてないよ!」
「俺の肉取ろうとしたろ!」
「美味しそうだったから、見てただけだよ!」
「いや、食おうとしてた!お前の目がもうすでに食ってた!」
「目でも食ってないよっ!」
むうーっとバチバチににらみ合う。
高い背丈に似合わず大人げない言動の彼は今にもボクにとびかかりそうに片膝を立てていて。
とそこへ。
「こらこら、喧嘩はだめよ?」
そう言ってお師匠様がボクたちの間に躍り出る。
「ごめんなさいね、私たち、今日は街についてからご飯にしようと思って、朝から何も食べてなかったから、ちょこーっと目つきが鋭くなってたみたい」
「するどくなん――むぐっ」
お師匠様の手のひらは目にもとまらぬ速さでボクの口をふさぐ。
「……街についてから?」
「そうなの、お昼までにはアーガナージャに到着したくて」
「もしかして……お前たち、旅人か?」
「ええ、そうよ」
さらりと答えられたその答えに、刹那、男のいぶかしむようにゆがめられた顔はぱあっとその筋を伸ばして。
「ま、マジかよ!!」
と、彼の声はオアシスにこだました。




