昔話
「そ、祖母と言うのは、どういうことですか!?」
流石のお師匠様も動揺を隠せず、そうマスターに問う。
「言葉通りの意味だよ、私の祖母はこのスチームホルンを作った英雄さ」
「おい、ロドリゴ、冗談はよせよ」
「冗談なんかではない、本当のことだ」
不満そうにマスターはそう答える。
「だって英雄ネレイアといやあ、1000年前の最古の戦争にも参加したって言う英雄じゃないか、祖母じゃ、歳が合わないだろ」
その返答に、マスターははあとため息をつく。
「ルーラン、お前との付き合いはもう20年近くになるだろう、それで本当に気づかなかったのか?」
「気づくって何にだよ?」
ぽかんと言い放つルーランにマスターは、こめかみを抑えながら。
「……お前から見れば私はこの20年、全く老いていなく見えているはずなんだがな」
とそう、答えた。
「そ、そう言えば、確かに初めて出会った時も、ロドリゴは爺さんだった……なんだよそれ、こ、こわっ!」
「怖いのはお前の頭だ」
そこまで言うとマスターは大きな咳ばらいをして。
「私は今年で齢380になる」
「噓だろ……!」
ルーランが絶句する。
「……それは、ロドリゴさんが魚人族であるから、でしょうか?」
「ええ、そうでしょう」
そう言いながら、マスターはどこか遠い目をして。
「私の祖母、ネレイアは卓越した失声魔術の使い手でした、そして、英雄でもあった、その二つは相いれないものでしたが、確かに、祖母は英雄だったのです……少し、昔話をしましょうか」
昔話、そう言って、マスターは語り始めた。
それは本当に唐突な出来事だった。
『人を攻めるじゃと?』
わしはその物騒な言葉を聞き返す。
『ええ、ネレイア様、私も言伝ではありますが、そう言った動きが陸の方で動き出しているようでございます』
長年の付き合いである侍従はその尻尾をフリフリと揺らしながら、わしにそう報告した。
『確かに、最近の人族は目に余るが……』
攻めるほどのことなのか、そう答える前に侍従は口を挟んだ。
『奴らの網漁によって、魚たちは日々、怯えて暮らしています、それに奴らの知恵は恐ろしい』
『確かにな』
人族はとても脆く弱い生き物だ、ほんの数百年前までは海の者たちは誰もその名も知らぬほど弱小であった彼らはここ最近、網漁やら、船やらを開発し、我らの海へと入りこもうとする。
確かに、放っておけばこれから先の衝突は避けられないかもしれん。
『南の賢蛇たちは人攻めに協力すると、陸に答えたそうです』
『あの誇り高きサーペントたちが陸に下ったじゃと?』
『はい……どうやら、陸に王が誕生したようなのです、陸に住む多種多様なほとんどの獣族を引き入れ、人を滅ぼすとか』
『そうか、なら、我らが手を出さずとも、人は滅びるじゃろうが……』
そう言って、わしは背もたれに深くもたれる。
『まずいことになったな』
『まずいことですか?』
不思議そうに侍従は聞き返す。
『ああ、真に恐ろしいのは、その王だ、奴が何故人族を滅ぼそうとするのかは知らぬが、結果として、これだけの軍勢をまとめる器量があれば人族は確実に滅びるだろう、だが、その次はどうなる?その王が慈悲ぶかき賢王ならばよいが、そうでなければ、次の標的にされるのはこの戦争に加担しなかったものになるじゃろうな』
『そ、それは!?』
『じゃから、わしら、"竜宮"はこの戦争に参加せざるを得ない、すぐに使いを陸に出す、氷刃ネレイアの名において、竜宮は此度の戦争に参加すると伝えるのじゃ』
『はっ!』
そう答えて侍従は尻尾をフリフリと去っていった。
海の底、竜宮の城下にはすぐに戦争の話題が駆け巡るだろう。
『わしはただ、民と共に平和に暮らしたいだけなのじゃがな……』
その言葉は泡沫となって、空を見ることなく海中で消えた。
「1000年前、ネレイアは海の底にたたずむ竜宮国の女王でした」
淡々とマスターが答える。
「竜宮国……」
「聞き覚えはないでしょうな、現存していた1000年前ですら、人族はその存在に気づいてすらいなかった」
「ってことはも、もしかして、マスターって竜宮国の王子様!?」
その言葉にマスターは苦笑して。
「そう言うことになるね」
「す、すごー!」
「まあ、その国ももうこの世には存在しないのだけどね」
「あっ……ごめんなさい」
「謝ることはないよ、私はこれでも今の生活は気に入っているんだ」
そう言うマスターは心の底からそう思っていないとできないような本当に優しい笑みをして。
「続きを話そう」
そう笑顔を引き締めて、そう言った。
使いを出してから、数ヶ月が経った。
ようやく陸から帰ってきた使いが手にしていたのはたった一つの手紙だけだった。
『海を封鎖しろ、か』
『はい』
手紙はひどく簡素な物で、その内容は海の民で協力して、人族の海の航行を阻害しろとのことだった。
『予想はしていたが、これほどまでに予想通りでは気味が悪いな』
それは、わしの予想の中でも一番、良い方向だった。
これなら、通りがかる船にちょっかいを出すだけで、戦争に参加したことになる。
『それで、使いは?陸はどうだったのじゃ?』
『それが……使いはひどく怯えていまして』
『怯えている?』
そう聞き返すと共に王室の扉が開かれた。
そこには両脇を侍従に付き添われて、使いの者が立っていた。
『ね、ネレイア様、や、奴に逆らってはいけません』
『そなた、王にあったのか?』
『はい、闇を溜めたような暗闇で姿は見えませんでしたが、確かに、あの風格は王でした』
『詳しく話すのじゃ』
促すと、使いはその旅路を話す。
『陸につくとすぐ、魔の者に案内されました』
『魔の者とな?』
『はい、そう形容するしかありません、彼らはその身体に深い闇を纏い一言も言葉を発しませんでした、これは私の推測ですが彼らには知性や思考が存在しないのやもしれません』
『そんな馬鹿な』
『ネレイア様も彼らに会えば、そう思うはずです』
『……そなたには苦役を貸したな、王についてはどう思った?』
『王は、一言、言葉を交わしたのみですが、あれはこの世の者ではないのかもしれません、それほどの風格でした』
『王はなんと?』
『ただ一言、人を滅ぼせと』
『そうか、もう下がってよいぞ、ご苦労であった』
そうわしが告げると使いはふっと息をはいて、侍従に肩を支えられるように王室を後にした。
この時、わしは思った。
この選択は間違いだったのかもしれぬと。
それから一年が経った。
わしは兵に命じ、船を攻撃するように指示をだした。
やはり、人は弱く、彼らは我らが攻撃せずともその姿を見ただけで進路を変え、逃げ去っていく。
最初の数ヶ月はそんなことが続き、徐々に船は姿を減らしていった。
そしてここ半年は一度も船をみたという報告は入っていない。
兵には絶えず海の監視をさせていたが、それも陸へのアピールに過ぎない。
わしも兵も弛緩しきっていた頃。
彼らが現れた。
『ネレイア様!』
『どうした、そんなに声を荒らげおって?』
『人が、我らを攻撃しています!』
『なんだと?』
話によれば、久方ぶりに船を発見し、いつものように船を追い返しに行ったところ、逆に攻撃を受けたという。
『すぐに向かう』
そう言ってわしは竜宮を後にした。
船の場所はすぐにわかった。
赤く、軌跡がひかれていた。
血の匂いがした。
わしは全速力で泳ぐ。
そして、その光景を目にした。
それは虐殺だった。
船からは絶えず、光弾が降り注ぎ、我らの民を穿っていく。
海は真っ赤に染まり、水面にはぷかぷかと残骸が浮く。
勇敢な同胞たちはそれでも三叉槍を手に船へと突撃し。
そして、肉へと爆ぜた。
わしは願う。
全てが止まった世界。
冷たく、三叉に尖ったそれが船を両断する様をイメージして。
右手を掲げた。
海中から生えた氷の三叉は容易く船を貫く。
とてつもない轟音と共に木くずが散り船はイメージ通り両断され、海へと沈んでいく。
だと言うのに。
光弾はやまなかった。
『はぁはぁ、はぁ』
あれから、どれくらいの時が経っただろう。
わしは赤い海のただなかに身をゆだねる。
とそこへ、一人の人間が流れ着いた。
わしは右手をあげて、そしてやめた。
『殺さないのか』
人間は問う。
『ああ』
『何故?』
『わしは殺しが嫌いじゃ』
『じゃあどうして、俺たちを殺した』
『そうするのが一番、同胞が死なない方法だと思っていたからじゃ』
『……』
男は黙りこくる。千切れ落ちた肩からはさらさらと赤い血が海に溶けていく。
数分もしないうちにこの男は死ぬだろう。
『なら、俺を助けろ』
『は?』
男の言葉にわしは素で返す。
『その言い分だと、お前は俺たちを殺したくて殺しているってわけじゃないんだろ』
『……』
『俺たちは魔王を倒すために何としても海を渡らなければならない、俺をここで殺してもこの海を越えようとする奴らは山ほどいる、ここら一体は血の海になるぞ』
『もう、なっとるが?』
『これからの話をしているんだ……俺を生かせ、そして俺を陸に連れて行けば、停戦協定を結んでやる』
男の目には焦りが見えた。
それは実際、口先だけでしかなかったのだろう。
だが、わしは血には嫌気がさしていた。
『わかった』
わしはその日、陸の王を裏切った。
わしは男の肩を氷でふさぎ、すぐにやってきた救護班に彼を引き渡した。
敵を治療することに同胞たちは難色を示したが、押し切った。
あの戦いでわし以外の生き残りがいれば、この強行は反対されできなかっただろう。
わしはそんな不義理な考えを頭に浮かべ、散って言った仲間に申し訳なく思った。
だが、これも、民を守るためだ。
理解してくれとは言わん。
ただ、この先の民たちの未来を願ってくれとそう詫びた。
『俺たちの目的はただ一つ、魔王を打ち倒すことだ』
王室の中、不思議なことになくなったはずの腕を生やした男はそう言った。
『つまり、我々を倒すことはしなくてもよいと?』
『そう言うことだ』
『軍勢は?』
『魔王を倒す勝算はある、とだけ言っておこう』
『そうか、なら今すぐにでも発つぞ』
そう言ってわしは彼を背に陸へと向かった。
陸につくなり、わしはあっさりと彼らの総本山へと案内された。
単純な話だ。
我らが攻撃しない限り、あちらも攻撃しないというだけのこと。
とはいえ、海は我ら竜宮の者だけが住んでいるわけではない。
『つまり、この航路なら、他の奴らに会わなくて済むと?』
『確約はできんが、おおむねそうなるな』
数人の人間を交えた部屋でわしはそう答える。
ひそひそと口元に手を寄せ人間たちは話し合った後、彼らはあっさりと締結を決めた。
『ありがとな』
竜宮へと帰る手前、男がそう口にする。
『礼を言われるようなことはしとらん』
『まあ、そうか、お前は俺たちの仲間を大勢殺したんだしな』
『そう言うことじゃ』
『なあ、名前は?』
『名乗る義理はない』
『ってことは名前はあるんだな』
『はぁ?』
『いや、お前が思慮無き魔物じゃなくて良かったと思ってな……もう二度と会うことはないだろうが、達者でな』
『ああ』
そう言って、わしは帰路へとついた。
竜宮へのその途中、わしは泳ぎを止める。
何かがおかしい。
海は静謐を保ち、生を手放してた。
それは胸騒ぎなんてものではなかった。
身震いするほどの寒気。
我が氷刃の異名など、取るに足らないくらいの静を感じた。
『なっ……』
『帰ったか、ネレイア』
そこにいたのは闇そのものだった。
腕が二本、足が二本に頭は一つ。
海中に立っているそれは紛れもなく、人の形をしていたが、人とは非なるものだった。
『何故、裏切った?』
『お前が陸の王か』
『何故、裏切ったと問うている』
『裏切っただと?』
『そうだ、英雄どもと停戦をしたな?』
有無を言わせぬ舌鋒。
『ああ』
『そうか、まあ、それは良い』
そう言うと闇は翻るように背を向ける。
『俺が憎いか?』
『は?』
『その身に激情があるならば、いずれまみえるだろうが、まあ、期待していよう』
ふっと、闇は消える。
後に残るは静寂。
わしは確信めいた悪寒に突き動かされ、尾を動かした。
『そんな……』
遠くからでもわかった。
しかし信じることなどできなかった。
我らの竜宮はそこにはなかった。
まるで海底を拭ったかのように。
そこには抉れた地面が見えただけだった。
海中に漂う塵ですら、底へ落ち。
ただそこには氷に似た静があるだけだった。
それからのことはよく覚えていない。
気付けばわしはあ奴の言う通り激情に突き動かされ陸へと向かっていた。
数刻前にいた港に再び足を付ける。
『お前は……もう二度と会うことはないと思っていたが』
声を掛けられ、わしは振り向く。
男の顔色が変わった。
『……何があった』
『陸の王に、わしの国は滅ぼされた』
『……』
『裏切りの代償じゃ』
わしの言葉に、男は素早く剣の柄に手を掛ける。
が、それをやめると。
『俺たちの下に来い』
と男は言った。
『何じゃと?』
『お前は今、魔王を倒したいんじゃないのか』
『……わからん』
『じゃあ、倒したいと思え』
そう言って男はわしの手を取る。
『はなせ』
『悪いが、それは無理だ』
『どうして』
『今ここで手を離せばお前は消えてしまう、そんな気がする』
そう言って男はわしを引っ張って。
こうしてわしは英雄となった。
「これが、我が祖母、ネレイアが英雄でありながら、失声魔術を扱えた理由だ」
マスターはそう言ってふうと息をついた。
「ネレイアは後天的な英雄だった……」
お師匠様がそう呟く。
ボクは何も言えずにただ、マスターの顔を見ていた。
「メリア」
「は、はいっ」
「そんな顔をしなくても良い、これはもう終わった話だ」
「でもっ……ネレイアはとっても悲しかったと思う、したくもない争いに巻き込まれて、それですべてを失った……」
「そうね」
とそうお師匠様は応える。
「……歴史と言うのはとっても悲しかったり、残酷だったり、そう言う話も多いわ、でもそれらはすべてロドリゴさんの言う通り遠い昔に終わってしまった話なの、だから、今を生きる私たちはその話を聞いて、悲しむよりも先にそれをどう生かすかを考えなければならない、過去はどうしても変えられないものだから」
「メリア、君のお師匠の言う通りだ」
「そう、だね」
ボクはかろうじて、そう答えた。
「それにね、ネレイアは何も、生涯、不幸だったと言う訳ではないんだよ」
「え?」
「見せたいものがある、みんな、ついてきてくれるかい」
そう言ってマスターは立ち上がると、外へとつながる扉を開けた。
ボクたちは言われるがままに立ち上がって、その時、ルーランがボクに話しかける。
「二人の言う通りだぜ、元気出せよ、メリア」
「うん」
ボクは精いっぱいの笑顔をルーランに向ける。
「やっぱり、メリアは笑顔が一番だな」
「えへへ」
そうボクは笑みをこぼしながら、マスターの後を追うのだった。




