はじめてのコーヒー
「よし、じゃあ気を取り直して、コーヒーにお湯を注ごう」
「はい!」
「お湯はやかんの物を使うといい」
「はい!……あれ、そう言えば、ロドリゴさん、自分でお湯を沸かせるのに何でやかんあるの?」
「メリア、君は、この店に来た時に蒸気がこのやかんのふたをこする音を心地よいと思わなかったかい?」
「え!思ったよ!」
「そう言うことだ」
ふふふと不敵に笑うマスター。
もしかして、そのためだけにやかんを沸かしてたの?す、すごい!
「じゃあ、まずはこのドリップポッドにお湯を移し替えるんだ」
「マスター!質問があります!」
「はい、どうぞ」
「やかんから直接はだめなの?」
「それでもいいんだが、ほら」
マスターはそう言ってドリップポッドを手で示す。
「このドリップポッドは注ぎ口が細いだろう?その方がよりおいしくコーヒーを淹れられるんだ、それに、移し替えることで少しお湯の温度を下げる意味もある、これもそうした方がコーヒーは美味しくなるんだ」
「おお!コーヒー奥が深い!」
「そうだよ、コーヒーよりも真っ黒な深淵だ……」
そう言ってドリッパーをのぞき込むマスターの目は血走っていた。
「お、お湯、入れ替えました!」
そう宣言して、ボクはマスターの注意をこちらに向ける。
「ふむ、それじゃあ、まずは豆全体が湿るくらいに少しだけのお湯を真ん中からゆっくり回し入れてごらん」
「はい!」
言われたままに、ボクはお湯を注ぐ。
「よし、ストップ、そしてここで30秒豆を蒸らすんだ、声に出して数えてくれるかい?」
「いーち、にーい、さーん――」
ボクは慎重に30秒を数える。
そして。
「にじゅうきゅう、さーんじゅ!」
「ありがとう、まあ次からは声に出さなくても大丈夫だけどね」
「え?」
「ここから、残りのお湯を四回に分けて入れるんだ、時間はないぞ!」
「うう、わかったよ!」
ボクは先ほどの追及は置いといて慎重にお湯を流し入れる。
豆の上にできたきめ細やかな泡のドームがしぼんできたら、またお湯を入れて――。
「一番最後の搾りかすまで入れるえぐみが出てしまうから……そこでドリッパーを外す!」
「はい!」
素早く、ボクはドリッパーを外す。
「わあ!」
するとその下からもくもくと湯気の立つコーヒーが姿を現した。
「できた!完成だよマスター!」
「いや、まだ終わっていない」
「え?」
マスターは腕でルーランを示す。
「お客さんにコーヒーをお出ししてあげて、それで任務完了だ」
「はい!」
ボクはマスターから手渡された銀のトレーにコーヒーカップを乗せて。
「お待たせいたしました!コーヒーです!」
そう言ってルーランの前のコースターにコーヒーを乗せた。
「お!できたのか!じゃあ、早速味見を」
ずずっとコーヒーを啜るルーラン。
「うお!これは、うまい、うまいよメリア!マスターの入れたコーヒーよりもうまい!」
「えへへ、それほどでも、あるよ!」
上体をそらして、ふんすと鼻息を漏らす。
「おいおい、私が教えながら入れたものが私のより美味しくなるわけないだろう」
そう言って、マスターもやってくる。
「いや、なんて言うかな、若いエキスが入ってる感じがしてうまいんだなこれが」
「えー?」
ボクはじとーっとルーランを見る。
「え?なになに、どうしたのメリア」
「……ルーラン、お前さっきの発言はだいぶ気色悪いぞ」
「え?俺何か言ったっけ!?」
そう言って慌てるルーランにボクはぷっと噴き出す。
それを見てルーランはさらに慌てて、マスターもそれを見てあきれたように笑っていた。
そんな和やかな空気の中。
こうしてボクの初めてのコーヒー体験は幕を閉じたのだった。




