がったんがったんぷしゅー
そして翌朝。
「じゃあ、メリアちゃん、先に行くわね」
「ふぁい、いってらっしゃい」
身支度を整えたお師匠様を、歯ブラシをしゃこしゃこ動かしながらボクは見送る。
「ぐちゅぐちゅぺっ」
口がすっきりしたところで……。
「とりあえず着替えよ」
そうだれに宣言するでもなく、ボクは階段をあがって古めかしいワードローブを探る。
昨夜のうちにボクの服置き場へと生まれ変わったそこに吊るしてある服の中から、できるだけぴっちりしっかりしたものを選ぶ。
「うん、これならよさそう」
そう呟いてパジャマを脱ぎ捨てた。
「服よし!鍵よし!財布よし!」
声に出しながら、忘れ物をしないように確認する。
だって、片道、一時間もかかるんだよ?忘れ物なんてしたら大変だもんね。
斜め掛けのポシェットの中には必要なものは全て揃っていて。
「よし、じゃあ行ってきまーす!」
そう家に声をかけて、ボクは玄関から飛び出した。
そして、片道きっかり一時間後。
「やっと着いた……」
人通りの多い、スチームホルンの中心地へと到着する。
スチームホルン、その名前に恥じずに、街は薄い水蒸気に包まれていて、いたるところから蒸気が圧縮され解放された、甲高い笛のような音が響く。
街を大量に行きかうへんてこな三輪の乗り物はその体に細いパイプを張り巡らせていて、その終端から水蒸気を街に継ぎ足している。
まだ、秋口だというのに厚手のコートを羽織った人々、彼らが足早に行きかう石畳はいつも湿っていて、ボクは足を滑らせないように慎重に歩いた。
遠くを見れば、大きな煙突がいくつも見える。
でもやっぱり、そこから噴き出しているのは化石燃料の残りかすではなくて、まるで空に漂う雲をつくっているかのように、もくもくと蒸気が噴き出していた。
「お嬢ちゃん観光かい?」
街に見とれていると唐突にボクは話しかけられる。
「うん?」
「ああ、いきなり話しかけてごめんね」
見れば、そのおじさんは先ほど見とれていた、へんてこな三輪車の運転席に乗りながらボクに話しかけていた。
少し伸びかけた髭と口の端に加えたしなしなのタバコはなんだか憎めない、根はいい人そうな感じを醸し出している。
「あの煙突に目を輝かせているのは大体観光客で、そしてそれを運ぶのが俺の仕事ってわけ」
おじさんがハンドルを捻るとぴーと気の抜けたような音で車体のあちこちから蒸気が漏れる。
「おじさん、残念だけど、ボク、観光客じゃないよ?」
「おっと、それは失礼」
そう言いながら、おじさんはタバコを咥え直す。
「でも、この街に来てまだ日が浅いのは確かだろう?」
「うん、昨日、この街に付いたばかりだよ」
「そうか、ちなみにだけど、なんでこの街に?」
「えっと、それはね――」
ボクはこの街に来た目的、お師匠様のお仕事について話す。
「それで、暇だから、バイト先を探してるんだー」
「おうおう、暇ができたから働くか、なんてできた子なんだ」
おいおいと目元を拭うふりをするおじさん。
「でもなあ、働き口かあ……」
「どうかしたの?」
「いやな?この街は見ての通り街のほとんどが蒸気の動力に依存してる、その理由はこういうことなんだ」
そう言っておじさんは運転席から水筒を取り出した。
「よーく見てろよ」
そう言うとおじさんはぱっと水筒を逆さにした。
当たり前のように水がその中からこぼれて。
当たり前じゃなくじゅっという音と共にその水は地面に落ちる前にすべてが蒸発した。
「わっ!おじさん、なにそれ!」
「これが、水を一瞬で蒸気に変えちまう魔法さ」
「すごっ!」
「それがすごくないんだな、それが」
「え?」
「この蒸気の魔法は何故かこの街に生まれた人間全員が子供の頃から息をするように使えるんだ、その理由はこの街をつくった英雄がなんたらって話だが、まあそれは置いといて……これがスチームホルン、その名の由来さ」
そういってポリポリと耳の後ろを掻くおじさん。
「でもでもボクからしたらすごいよ!そんなことできないもん」
ありがとな、そう言っておじさんは言う。
「でもな、そのおかげでこの魔法が使えない者がこの街で働くのは難しいんだよ」
何をするにも、蒸気が動力だからな、そうおじさんは零す。
「な、なんですと……」
一瞬、目の前が真っ白になる、けどすぐにボクは希望を見出した。
「……ってことは蒸気が出せれば、働ける?」
「ああ、まあそうだが……」
ボクはおじさんの返事を待たずに、手のひらをおじさんに向ける。
そして、体の奔流を意識した。
「はは、残念だがこれはそんな簡単に――」
手のひらから奔流をあふれさせる。水を熱くして、熱くして、外に出す!
「ふんぬー!」
掛け声と共に、ボクの手のひらから漏れ出したのは。
「あぁ」
もくもくと湯気を湛えたお湯だった。
じょろじょろと手のひらからお湯が流れる。
「蒸気難しいよ、ボク働けないよ」
語尾下がりの言葉が漏れる。
「……いや、働けるかもしれない」
「え?」
顎に手を当てたおじさんが、何かを思いついたようにそう独り言つ。
「一つ、心当たりがある、後ろに乗りな、働き口を紹介するよ」
「え!ほんと!ありがとう、おじさん!」
そう言いながら、ボクは三輪車の後部座席にぴょんと飛び乗る。
「……俺がいうのもなんだけど、ちょっとは怪しいと思わないのか」
「ん?おじさん、何か言った?」
「いや、何でもない、じゃあ、お嬢ちゃんを雇ってくれそうなところに行くか!」
「おー!」
勢いよくおじさんがハンドルを捻ると、ぷしゅーと言う音と共に、がったんがったんと三輪車は動き出した。




