新居にて!
歩き始めてからきっかり一時間。
道の端を彩るテラスハウスはすっかりなくなって、街灯すらぽつぽつとしか通り過ぎなくなったころ。
鬱蒼と茂る木々たちを背景にボクたちのお家はそこにあった。
「着いちゃったね」
「そうね!」
ボクたちの目線の先にあるのは、この街には少し似合わない丸太で組まれた森の匂いが香る小さなログハウスで。
「じゃあ、早速、入りましょう!」
「ちょ、ちょっと待ってお師匠様!」
ボクは玄関のノブに手を掛けるお師匠様を引き止める。
「どうしたのよ、メリアちゃん」
「ねね、本当に、魔物とか住み着いてない?」
「そんな気配はしないけど……」
「お、お化けとか本当にいない?」
お師匠様の背中越しにちらちらと様子を伺うその家はなんだかボクたちを手招いているように思えて。
そんなボクの様子にお師匠様はノブから手を放す。
「そんなに心配なら、一応――」
そう言ってお師匠様は一歩二歩三歩と後ろに下がると、目の前のお家へ両方の手のひらを向ける。
「"ホーリーピラー"!」
その呪文に呼応するように、空から柔らかな光の柱がゆっくりと降りてきて。
そして、柱にお家が完全に包まれた時。
「ぎゃああああぁぁぁ……ぁぁ…………」
断末魔が響き渡った。
「……」
「……」
ボクたちは顔を見合わせる。
「よし、じゃあ、早速入るわよ!」
「ちょっと待ってよお師匠様!今、絶対なんかいたよね!?」
「大丈夫よ、メリアちゃん、何かいたとしても、今ので浄化されたわ」
「浄化って何!?何が浄化されたの!?」
「それは私にもわからないけど……まあ、とにかくもう大丈夫よ!」
ぐっと親指を突き出すお師匠様にボクは限りなく体を寄せて引っ付く。
「じゃあ、行くわよ!」
「ひ、ひぇぇ!」
掛け声と共に勢い良く開かれたドアに咄嗟につぶった瞳。その瞼の裏に真っ赤に染まった板張りの床が映し出されて。
「わ!思ったより全然綺麗じゃない!」
「え?」
そんなお師匠様の声にボクの瞼は開かれた。
「わあ!」
玄関からボクたちと共に家の中へと流れ込んだ新しい空気が家の時を再び動かす。
薄く埃のつもる板張りの床の真ん中には古いダイニングテーブルを挟んで二脚の椅子が主を待つように静止していて。
テーブルに敷かれた刺繡の入った緑色のテーブルクロスは元の色をすっかりと忘れている。
その奥には灰色の石造りの炉が口を開け、その上に居心地がよさそうに鉄なべが居座っていて、そのすぐ横の調理場の上にはまな板と包丁が格式高いカトラリールールに則ったように残されていた。
部屋の端には急な階段が備え付けられていて、この家がまだまだ終わりではないことを告げている。
「メリアちゃん、二階!行きましょ!」
「うん!お師匠様!」
ボクたちは我先にと階段の踏み板に埃の足跡を付け、上へと上がる。
屋根の形そのままに三角なその二階は、一つの窓から陽光が差し込んでいる。
二階は寝室だった。陽光にダブルベッドが静かに照らされてる。
「おじさんが怖いこと言ってたから身構えちゃってたけど、すっごくいいお家じゃん!」
「そうね!これなら、家具もちょっと買い足すだけで住めるようになるわ……」
「それなら、まずは――」
「「お掃除!!」」
声を重ねて、ボクたちは長い闘いへの決意を固める。
「よいしょっと!」
ボクはテーブルを家の外へと運び出す。
お家の横の原っぱには中から運び出された家具が並べられていた。
「お師匠様!それで終わり?」
「うん、後は全部大丈夫よ」
振り向くとお師匠様はベッドを抱えて、玄関を出てくるところだった。
よく見るとお師匠様の両腕がほのかに光っている
「ほんと、魔法って便利だよね」
「うん?メリアちゃん何か言った?」
そう言いながらお師匠様は片手でベッドを持ち上げている。
「なんでもないよー」
「ふん?」
どすっとお師匠様がボクの横にベッドを置く。
「じゃあ、メリアちゃん、お願いね!」
「任せてよ!」
そう言ってボクはぱんぱんと頬を叩く。
「よし、やるぞ!」
そう言ってお家の正面に立つ。
お師匠様はボクの斜め後ろに立って、行く末を見守っている。
「ふん!」
そう掛け声をかけながら、ボクは体の中を流れる奔流を意識する。
今回は最大出力!手のひらにおっきな穴を開けたみたいに、奔流を全部出す!
でもでも、お家を吹き飛ばしたら駄目だから、勢いだけはよわーく、手のひらの穴に網目を付けるみたいに勢いを弱めて……。
するとボクの手のひらから丸い水がむにゅっと出てくる。
その水はどんどんと大きくなって、あっという間にお家を全て包みこんだ。
そして。
「みずたま!お家を全部洗っちゃって!!」
その掛け声に呼応して、大きな水の玉はお家を優しくぐるぐると回り始めた。
開け放たれた窓や玄関からは埃で濁った水が次々と流れ出す。
しばらくして。
「すとーっぷ!」
再びの掛け声で水はぴたりと動きを止める。
「ゆっくり、お家から離れて……」
呟きながら、手の動きでゆっくりとお家を包んでいる水の玉を家から引きはがす。
名残惜しそうに表面張力で家にへばりつく水の玉は、ちょうど、家具たちが運び出された原っぱの上へとゆっくりとスライドし、ぽわりとその柔らかな球のままに空へと静止した。
それに手のひらを向けて、埃を避けて水だけを体の奔流に戻す。
徐々に小さくなっていく水の玉。
水の玉が全部ボクの中に戻ると、空にはさらさらと埃が流れていった。
「どんなもんだい!」
ボクは上体をそらしながら、お師匠様に向かってふんすと鼻息を鳴らす。
「流石ね!メリアちゃん!」
そう言ってボクとお師匠様はハイタッチを交わす。
「ボクの魔法はすごいからね!お家ももうカピカピに乾いてるよ!」
「すごいわ!じゃあ早速家具を中に入れましょうか!」
「うん、そうしよう!」
ボクたちは再びテーブルとベッドを手に取る。
「ボクの方がはやいー」
お師匠様より先に玄関に到着して、ボクはお師匠様を振り返る。
「メリアちゃん、私の本気を見たことないようね……」
そう言うとお師匠様は謎の力でベッドを宙に浮かせる。
「ひ、ひえぇ」
ボクは急いでテーブルを家の中へと引きずり込む。
そして、急いで、テーブルを元に位置に戻して、ずれたテーブルクロスを綺麗に戻そうとしたその時。
「競争は私の勝ちのようね……」
ねっとりとした声音が上から聞こえてくる。
咄嗟に振り向いた先には、お師匠様が階段で腕を組んで立っていた。
「あ、お師匠様、はしたないんだ!二階の窓から入ったでしょ!」
「勝負の世界にはしたないも何もないのよ、あるのは勝利だけ」
あははと、まるでミュージカルの最後に悔し涙をながしていそうな笑い声をお師匠様は轟かせる。
「……いや、まだ勝負はついてないよ!」
そう言ってボクは急いで玄関から飛び出す。
「家具はまだいっぱいあるんだから!」
そうやってボクは手近にあったお鍋のふたを盾のように掲げ持つ。
「望むところよ!メリアちゃん!」
追いかけてきたお師匠様はそう応じる。
ボクたちは我先にとお家の中に家具を戻していった。
まるでパズルのように組みあがっていくお家の様子にいつの間にか、勝負していたことなんて忘れて。
気付けば、そこにはボクたちのお家が出来上がっていた。




