本当にだいじょうぶ?
「数え終わりました……」
あのお師匠様逃げ出し騒動のすぐあと。
騒然とした店内はとりあえず、お師匠様の抱える札束が一体いくらになるのか数えることにしたようだった。
急遽、奥からスタッフが二人やってきて、おじさんも含めて三人がかりで数えること一時間。
こころなしではなく完全にやつれているおじさんがそうボクたちに告げた。
「占めて、この金額になります」
差し出されたのは羊皮紙。
そこにいくつも走り書きされたタリーマークの中央にお師匠様の持ってきた札束の総額が書かれている。
気まずい沈黙が店内を支配した。
「それで、これで半年借りれるところってありますか……?」
「一つだけ、あります」
お師匠様が恐る恐るそう切り出すとおじさんは重たげに立ち上がり、カウンター裏の壁一面の巻物の中から一本を慎重に抜き取った。
それは、他のものよりもずいぶんと古びていて、巻き紐も色褪せている。
「こちらです」
巻物が机の上に広げられると、そこには街の端、いや端どころかほとんど巻物からこぼれ落ちそうな場所に、小さく赤い印が付けられていた。
「ここ……?街の、外ですよね?」
「ギリギリ……境界線の、内側です」
おじさんは目をそらしながら、微妙な言い回しで言う。
「でもぎりぎり入ってるのよね、ね!」
「そうだよ、ギリギリだよ!」
二人して、何とかたどり着いた家を肯定する。
「ただし……条件がございます」
おじさんは咳払いをし、巻物の端を指で軽く叩いた。
「まず、ええと……最寄りの商店まで徒歩1時間」
「遠っ!」
「次に……裏手の森までは徒歩1分」
「森近すぎだよ!」
「それから……魔物避けの結界は現在、点灯したり消えたりを繰り返す不安定な状態」
「森から魔物が来ちゃう!?」
さらには、とおじさんは追い打ちをかけるように続ける。
「夜になると、家の中からなぜか女の声が聞こえてくるそうで……」
「ひぃ……!」
ボクは思わずその場で身を縮めた。
でも、その横で。
「……」
お師匠様は、腕組みをして真剣な表情になっていた。
「お、お師匠様……?」
「……決めたわ」
「えっ、決めたの!?」
お師匠様はカウンターを指でとんっと叩き、不敵な笑みを浮かべる。
「ここにしましょう!」
「お師匠様!?」
おじさんは本気ですか!?と声を裏返しながらも、
物凄い速度で机の下から契約書らしき羊皮紙を取り出してくる。
「ではこちらにサインを……」
「はい!」
お師匠様はさっと羽根ペンを受け取ると、勢いよく名前を書きつけた。
「大丈夫よ、メリアちゃん」
お師匠様は自信満々に胸を張る。
「家なんて住んでみなきゃ分からないものよ!」
「住まなくてもやばさはわかったよ!?」
「大丈夫よ、メリアちゃん、どんなにやばくても地べたよりは天国よ!」
「うう、それはそうだけど……」
「こちら、鍵と、地図になります」
ボクたちの問答を意に介さず、おじさんは無表情にそれらを差し出す。
「それじゃ、新居にレッツゴー!」
そう言ってお師匠様は、ルンルンで扉から外に出ていった。
「ま、待ってよ、お師匠様!」
ボクも急いで後を追う。
「……どうか、お気をつけて」
僕だけに聞こえたおじさんの発した最後の言葉、それをボクは聞かなかったことにした。




