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メリアと不思議な旅  作者: 首長イ鳥
星が近い街
18/41

綺麗な星空

「わーい、お布団だ、ふわふわだよ……」


ボクはルクスさんが開けた扉からベッドへと飛び込む。


「この部屋のものは自由に使ってもらって構いませんので」


「ありがとうルクスさん、いっぱいありがとう……」


お礼と共に、視界の端から夢が忍び寄る。


「ふふ、ごゆっくり」


ぱたんと扉が閉まる音と共に、ボクの意識はふわふわな夢の中へと落ちていった。

そして。



「目が冴えちゃったよ」


布団の中でしばらく目を閉じた後、観念して付けたろうそくの揺れる炎を見て呟く。

時計の針はどちらも天を指していた。


「うう、寝れないよ、お師匠様はまだ帰ってきてないしさあ」


隣のベッドを見て呟く。


「暇だなあ、ん?」


そこで気づく。

窓の外の景色、この街の名づけにもなったその星空に。


「うわあ!」


ぺったりと窓に張り付いて空を見上げる。

服の袖でぬぐった結露の先にはまるで夜に粉砂糖を振ったみたいで。

気付くと、ボクは部屋を飛び出した。



吐く息は白く、ボクの鼓動を空へと伝える。

宿を飛び出したボクは、空を見上げたままに走り出した。

窓から漏れる明かりがなくて、それでいてもっと空に近い場所、そんな場所にボクは駆け出す。

道に積まれた雪が厚く、窓が少なくなるたびに星はどんどんときらめきを増していくように感じた。

そして、ボクは気付くと寂れた道の真ん中で大の字になって空を見上げる。

落ちてきているみたいに大きく映るその星空はとっても綺麗で。


「メリアさん、どうしたんですか」


そう声を掛けられるまでボクは気付かなかった。


「ルクスさん?」


「はい、ルクスです、メリアさん、とっても足が速いのですね、たまたま宿から出ていくメリアさんをお見かけしたので追いかけたのですが……」


冒険者の人は皆そうなのですか?とルクスさんは苦笑する。


「それで、こんなところで何を?」


「星が綺麗だったから、追いかけてたら気付いたらこんなところに……」


「気づいたらここに、ですか、メリアさん、あなたはなかなか見る目がありますね」


「見る目がある?」


そう言うとボクを見下していたルクスさんはぼふっとボクの真横に身を投げ出す。


「ここはこの街で一番星が綺麗に見える場所です」


もうすでにルクスさんの目はボクを見ていなかった。


「すっごく綺麗だね」


「ええ、メリアさんは星が好きですか?」


「うん!たまにお師匠様が、星のお話をしてくれるんだ、それからボク、星が好き」


「星のお話ですか、それはどんな話でしょう?」


「えっとね、いろいろ教えてくれるんだけど、一番好きなのは、兎の話かな、すっごく逃げ足の速い兎の話」


「それはきっと速兎座のお話ですね――

神話の時代、とっても足が速い兎はあまりの速さに地面を飛び出し、夜空を駆けまわりました。

そこで困ったのは星々でした。兎のせいで自分たちのことを誰も見てくれないのです。なので星々は兎を捕まえることにしました。

でも、相手はとっても足の速い兎です。星々はどうしても兎を捕まえられませんでした。仕方なく、星々は兎の影だけを夜空に貼り付けてしまいました。

そうすれば、兎はいつか影を取り返しに来るだろうと思ったのです。

しかし兎はその日から夜空に姿を現すことはありませんでした。

そのせいで、今も夜空には兎の影があるのです――」


「そう、それだよ!まだ、あそこに兎の影があるからまだ星に捕まってないんだなって思うと面白くて」


ボクは夜空を掴むように手を伸ばす。


「メリアさんと同じように思った人がいっぱいいたから、空には今も兎の影があるんでしょうね」


そう言ってルクスさんはボクの手を取る、そして右側にずらした。


「ルクスさん?」


「私が一番好きな星座はあの星々を結んでできたはしご座です、聞いたことはありますか?」


「うーん、聞いたことないかも」


「有名な星座ではないですから、無理はないですね」


そう言ってルクスさんは語り始める。


「――昔、あるところに、勇敢な男がいました。

男はある日、巨大な丸太を何度も何度も縦に割くとそれを使って大きなはしごをつくりました。

そして、そのはしごをひょいと夜空に掛けると物凄い勢いで空へと昇って行きました――おしまい」


「え、それだけ?」


「はい、それだけです」


「へー、なんか、おかしな話だね」


「そうなんです、この物語では、どうして男が空へ上ったのか、その理由すらわからないんです」


「うーん、確かに……空の星があまりにも綺麗だから欲しくなっちゃったのかな」


「そうかもしれませんね……私は幼いころ初めてこのお話を聞いた時、月に行きたかったんだと思ったんです」


「月に?それってあの……」


「そうです、私はこの勇敢な男にレイ・アストラルドを重ねたんです」


そう言ってルクスさんは夜空に輝く月を見つめる。


「残念ながら、私がこのお話を初めて聞いたころにはすでに、このアストラノミアでは月を目指すことは諦められていました」


「え?月を目指してるんじゃないの」


「表向きはそうなっています、しかし、月を目指すのはどうやら不可能らしいのです、それは未だ私には理解できない緻密で、複雑に絡まりあった理論をもとにそう結論付けられています」


「そうだったんだ、じゃあ、今この街の人は何をしているの?」


「皆、思い思いに研究していますよ、月との正確な距離を測っている人もいますし、先ほどのような星座の神話について調べている人もいます」


「へえー、でもその月への距離を測っている人はまだあきらめてないんだね」


「ええ、そうですね、私も彼のようになりたいと常々思います」


星空に誰かを思い浮かべているように、ルクスさんはそう零す。


「だったらさ、なったらいいじゃん!」


「え?」


「なれるよ、ルクスさんなら、月だって目指せるよ」


「そう言ってくれるのはうれしいですが、先ほども言ったように、月へは先人たちの研究で不可能とされていて――」


「じゃあさ、この街じゃなきゃいいんじゃないかな」


「この街じゃなきゃいい?」


「……これはボクとお師匠様で、ある村に行った時の話なんだけどね、そこは、ここアストラノミアみたいに高い山で、でも雪は降ってなくて、砂埃が強い風でずっと吹き付けてくる茶色い岩だらけの村だったんだ、村の人たちはとってもボクたちに良くしてくれて、ご飯も食べさせてくれて、そして夜になったら、焚火を囲んで踊りを踊ってくれたんだ」


「それは、とっても素敵な村ですね」


「そうでしょ!でね、やっぱり高い山の村だからとっても星が綺麗だったんだ、だからボク、とっても星が綺麗に見えますね、って言ったらさ、村の人はぽかーんってしちゃったんだ、えって思ってたらお師匠様がね、綺麗じゃない星空を知っているからこそこの星空を綺麗だって思えるんだよって言ってくれて、それで気付いたんだ、ボクにとって、この村の星空はとっても綺麗に見えたんだけど、この人たちにとって、それは当たり前なんだって」


そう言ってボクはルクスさんの手を取って、月に重ねた。


「ルクスさんにとって、あの月は当たり前になっちゃったんだね」



あの月は当たり前になっちゃったんだね。

メリアさんのその言葉は私の中を彗星となって駆け巡った。

隅々まで行き渡ったその星は最後、私の心で溶け消える。


「そう、ですね」


自然と笑みが零れた。


「いつから、あの月が手の届かないものだと思っていたのでしょう」


「届くよ、きっと」


「私は、月に行きたい」


決意を呟く。


「……メリアさん、ありがとうございます、なんだか、一皮むけた感じがします!私、行かなくちゃ!」


「うん、行ってらっしゃい!」


「はい!」


返事を残し、私は駆け出す。

全速力で、雪を踏み砕く。

久方ぶりの肉体の酷使に全身が悲鳴を上げるのを無視して、私は走った。

そして。


「ぶべっ!!」


当たり前のようにコケる。


「うう、こんな雪なんかに私、負けません」


雪に残った私を振り返ることなく、私は走る、走る、そしてコケる。


「ぶべべ!!」


何度目だろうか、この街に私の型を量産した末に私はたどり着いた。

その扉に食いつくようにすがると両手で太鼓のようにどんどんと扉をたたく。


「先生!私です、ルクスです!扉を開けてくださーい!」


しかし、扉は開かれない。


「先生!いるのはわかっているのですよ!だってろうそくの光が漏れてますもん!早く扉を開けろ!この既得権益じじ――」


「そんなに、扉を叩かんでも聞こえておる」


「あ、先生」


その声に急激に頭が覚める。


「それで、こんな夜更けに何の用じゃ」


「先生……私、アストラノミアを出ようと思います」


意を決してそう伝える。


「おお、そうか、気張れよ」


そう言って、扉を閉めようとする先生。


「え、それだけですか」


「ああ、それだけじゃ」


「なんか、引き止めるとかないんですか」


「ない、だって、すぐ帰ってくるのだろう」


「帰ってきませんよ!数年は旅に出るつもりです」


そう聞くと先生は大きなため息を漏らす。


「成績不審者は何故、こうも毎年毎年代わる代わる旅に出ようとするんかの、そして決まって数ヶ月と立たずに逃げ帰ってくるのじゃ」


「先生、私は違います!」


「それも、お決まりの台詞じゃ、好きにすれば良い、わしはもう寝る」


「私、月に行きたいんです!」


ぴたりと先生の動きが止まる。


「月か……でもお前もそれが不可能なことぐらい知っておるだろう」


「でも、それはこの街での結論ですよね」


「ああ、いかにも、世界で一番に星の研究をしておるこの街の結論じゃ」


「うぐっ」


「お前の考えていることは全てお見通しじゃ、何年お前の先生をしておると思ってる」


「それでも、私はここではない場所で私の結論を導きたいのです!」


「ああ、だから、好きにすればよい」


「……わかりました、じゃあ、明日、私はこの街を発ちます」


「明日じゃと!もっと先でもよかろう」


「こんなものは思い立ったが吉日なんです、私の好きにさせてもらいますから!」


咄嗟に切った啖呵、それに先生は。


「そうか」


ただそう言って後ろ手で扉を閉める。

私はそれがしばらくの別れになると思っていながらに何も言えなかった。

そして。


「……一つ言っておく」


先生はぽつりと話始めた。


「はい」


「わしも、幼き頃、この街を出たことがある」


「……そんな話、一度も聞いたことがありません」


「ああ、だって、わし、半年で帰ってきたからの、そんな情けない話、弟子にできるか」


「先生、ダサいです」


「ああ、ダサいな、だからせめて半年は気張れよ、じゃなけりゃ、わし、お前のこと大笑いしてやるからの」


「はい、必ず」


「負けるなよ」


そう言い残し、ぱたりと扉は閉じられた。


「ふう……」


パンパンと自分の両頬を叩く。


「よし、気張るぞ!!」


そう闇夜に宣言して、私は歩み始めた。



一方そのころ。


「うう、寒いよ、ボク凍っちゃうよ、お師匠様ぁ、ルクスさーん、ここどこぉ」


闇夜の中、頼りないその言葉は空へと掻き消え、頼りなく歩を進める。

一時間後、慌てて戻ってきてくれたルクスさんのおかげでボクは部屋へと帰ることができた。

いつの間にか帰ってきていたお師匠様はボクのベッドでぐっすり寝てて、仕方なくボクはさっきとは違うベッドにもぐりこむ。

夜の大冒険の前と同じくらいに早く、ボクは眠りへと落ちた。

そして次の日。


「お師匠様、本当にもういいの?」


昨日くぐったばかりのこの街の門で、お師匠様にそう尋ねる。


「ええ、気になっていたことは全部ここに入ったわ」


そう言ってトントンと頭を指でつつくお師匠様、心なしか、顔もどやどやしている。


「それならいいんだけどさ」


そうつぶやいた、その時だった。


「あれ、メリアさん、こんなところで奇遇ですね」


「その声はルクスさ――ってええ!どうしたのそれ!?」


声の方向、そこには自分の身の丈ほどもある、大きなリュックを背負ったルクスさんが立っていた。


「私も旅に出ることにしたんです」


爽やかにルクスさんは答える。


「……旅って言うと、どこか、目的地はあるのかしら」


「いえ、あてどもない旅です」


「ってことは私たちと同じような放浪人ってわけね……それでその荷物は少し、多すぎるかも」


「お師匠様、少しじゃないよ、めちゃくちゃ多いよ!ルクスさん、それだと一日歩いたらへとへとになっちゃうよ?」


「え!そうですか!私としてはギリギリまで減らしたつもりなのですが……」


「ちょっと、私たちに中身を見せてもらっても良いかしら」


「はい、先輩からの忌憚なき意見、よろしくお願いします!」


びしっとルクスさんは背筋を正してそう言った。



「だめですよぉ、それは流石に必要な物ですぅ」


「いいえ、ルクスちゃん、テントなんて嵩張るだけで旅には不必要よ、ほら、この寝袋さえあれば十分」


「そうだよ!って言うかボクたち寝袋も持ってないしね!」


「うう、そんな殺生な……じゃあメリアさんたちはいったいどうやって寝てるんですか?」


「それは……いい感じの石にタオル撒いて枕にして寝るんだよ」


「布団は、布団はどうするんですか!」


「布団なんて街に泊まった時しかないよ?」


「そ、そんな、私、夏でも布団じゃないと寝れないのに……」


「大丈夫だよ、毎日、足が棒になるまで歩けばすぐ眠れるから!」


「ひ、ひええ」


「あ、これも必要ないわね」


「うう、これは先達の貴重な意見だから、先達の貴重な意見……」


謎の呪文を唱え始めるルクスさん。

そしてしばらくして、門の前に人一人分の山ができた頃。


「よし、これでカンペキね、ルクスちゃん、ほら背負ってみて!」


「おお、とっても軽いです!」


背中のリュックはまさにリュックらしい大きさで、ルクスさんは自分の尻尾を追いかけるようにくるくるとその場で回る。


「緊急ですぐに使うものは、ウエストポーチに入れておくのよ」


「はい、お師匠様!」


「あ、それボクのなんだけど!」


「へへへ、真似してみちゃいました」


「ふふ、じゃあ、山のふもとまでは一緒に行きましょう」


「とっても、ありがたいです!」


「その間に、ボクが旅人のいろはを教え込んじゃうもんね!」


「メリアさん、お願いします!」


そんな他愛のない話をしながら、門をくぐる。

そうやって僕たちはアストラノミアを後にした。

白い雪に三人分の足跡を付けて。

ボクたちは下る。

そして。


「あっ」


「どうしたのルクスちゃん」


「私、いらない荷物、門の前に置きっぱなしでしたっ!」


「「あ」」


ボクたちは上る。

白い雪に三人分の足跡を残して。

駆け上がった。



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