始原聖典
「「ついたー!」」
街の門をくぐるとどちらともなく発した心からの叫びが重なる。
アストラノミア、その街は黒い石材で組まれた家屋が立ち並び、煙突からはもくもくと煙を吐き出している。
家々は全て白い雪が塗布され、黒い叡智と白い自然が調和していた。
雪が脇に避けられ、黒い石畳が目の前に広がる広場には、紺色のローブを来た人たちが速足で行きかっている。
「昨日は寒かったね、今日はあったかいお布団で寝られるんだね、ボク、今すぐにでも寝れちゃうよ……」
「だめよ、メリアちゃん、せっかくアストラノミアに来たんだもの、まずはこの街の図書館に行かないと!アストラノミアの叡智を浴びに行くわよ!」
「お師匠様ならそう言うと思ったよ……」
これはお布団は夜までお預けだぁ。
そんなことを思っていると広場の方からこちらへまっすぐに向かってくるローブの人影に気づいた。
「アストラノミアへようこそ、旅の方、ですよね」
広場を行きかう人影より一回り小さい背丈で眼鏡をかけたおさげの女の子がそうボクたちに話しかける。
「そうです!旅の者です!」
お師匠様が元気にそう答える。
「初めまして、私、星渡見習いのルクスと申します、この街の案内人として、アストラノミア高等星学府より派遣されました」
「旅人に案内人がつくなんて!流石は賢者の街ね」
「こんな辺鄙な街に訪れる旅の方は少ないですから、できることでもありますけどね」
「ルクスさん!一つ質問!」
「はい、何でもどうぞ」
「えっと、その星渡ってなに?」
「星渡について説明するにはまず、この街の成り立ちから説明しないといけないですね、せっかくですので我が街の星学府立図書館に向かいながら説明しましょうか」
「あら、聞こえてましたか」
「ええ、ばっちりと」
柔らかな笑みを称えたルクスさんはそう言って街の中心部へと歩き出した。
「まず、この街はレイ・アストラルドによって作られました、なぜ、彼がこんな山の頂上に街をつくったのか、それは彼の夢が理由だったのです……お二人は始原聖典第一章一節をご存じですか?」
「メリアちゃん、ちゃんと覚えてる?」
「えっと、あの、"世界の始まりは無であった"ってやつだよね」
「その通りです、彼の夢、それは世界中の人に始原聖典の記述が本当であると認めさせることだったのです、そのためにレイ・アストラルドはその次の二行目、"光もなく、時間もない、その場所に丸い偉大なる命が生まれた"という文章に目を付けました、神が記述した始原聖典それを証明するために疑ったのです」
「背理法ね」
「ええ、そうです、もっと詳しく言うと彼は始原聖典の二行目の丸い命と言う記述を疑い確かめることによって、始原聖典の記述が正しいと証明しようとしたのです、我々の住むこの世界は巨大な球状である偉大なる命の上に成り立っていると考えられていますが、それは始原聖典にそう記されているからそう考えられているのです、しかし、それが本当かはだれも確かめたことがない、過去に球であるならば世界を一周できるはずだと考えた人間が何人もいましたが、彼らは全員それを成し遂げることができませんでした、それはこの偉大なる命があまりにも大きすぎるからです、そこで彼は別の方法を考え出しました」
「別の方法?」
「その別の方法とはいたってシンプルです、何故、私たちは、この偉大なる命が球状であることを確かめられないのか、それはひとえに私たちと偉大なる命の距離が近すぎて全貌を見通せないからなのです、そこで彼は空に輝く星々……彼が目指したのは月でしたが、そこから偉大なる命を見てその形を確かめようとしたわけなのです」
「へー結構力業だね」
「彼の目的は始原聖典の記述が本当であると皆に信じさせることですから、シンプルで誰の目にもわかりやすい証明でなければならなかったのです、そこで彼はこの高いアステリア山の頂上に月に渡るための研究施設をつくりました、それがアストラノミアの起源です、残念ながら彼は志半ばで逝去しましたが、今も彼の弟子である星渡たちはこの場所で星の研究を続けています、なので星渡とはこの街、アストラノミアで星の研究を行っている人を指しているのですよ」
そこでルクスさんは立ち止まる。
「っと、ここが星学府立図書館になります、どうぞ、こちらへ」
町並みとは打って変わって乳白色の大きな柱のその間、その中へとルクスさんは吸い込まれていく。
継ぎ足し継ぎ足しで建てられたのだろう、まるで要塞のようなその乳白色の建造物に少しだけ圧倒されながらもボクたちは後を追った。
重厚な二重扉をくぐった先に。
「わぁ……」
お師匠様が、小さく感嘆を零す。
辞書のように幾重にも重なる書架は天井に届くほど高く積みあがって……あれ、上の本どうやってとるんだろう。
「ルクスさん、引力についての棚はどこにありますか!」
興奮を抑えきれずに、お師匠様はそうルクスさんに尋ねる。
「引力ですか、それなら確か、182番の棚に――」
「182番ですね!行ってきます!」
そう言って飛び出すように182番へと向かうお師匠様。
「お師匠様、閉館時間まで図書館にこもる気だよ」
「……この図書館は24時間開館しているのですが、その場合はどうなるんでしょうか」
「どうなっちゃうんだろう……」
二人は自然とあわただしく書架の整理を続ける白いローブ姿の司書さんを横目で追った。
「……メリアさん、でしたよね」
「はい、メリアです!」
「メリアさんは何か、気になる本などありますか?それとも――」
そこでルクスさんはいたずらっぽい笑みを浮かべて。
「それとも、暖かい布団の方が良いでしょうか」
「暖かい布団が良いです!」
「では先に、宿に案内しますね」
ふふっと優しい笑みをこぼし、こちらですとボクを先導する。
正直、もうボク限界だったんだよ……。
ひとりでに開く口を噛み閉めながらボクはルクスさんについていった。




