えんやこらさっさ
「えんやこらーえんやこらーそれそれ、えんやこらさっさぁ」
「んん……」
「こらこらさっさーえんやこらさっさぁ」
「むう……うん?」
「おっ、海神様が起きなさったぞ!」
ボクはゆっくりと上体を起こす。
「ここは……どこここ?」
寝起きのせいか霞みがかった視界、そこに見覚えはなくて。
「ここは港町エルネスカでございます、海神様」
「エルネスカってことは知ってるんだけど……」
心なしか痛む後頭部をさすりながらに目も擦る。
だんだんと明瞭になる視界、その一面に映ったのは肌色で……。
「うわぁ!なんで裸なの!」
「よく見てくだされ海神様、裸ではございません、ちゃんと履いておりますぞ」
そう言っておじさんはくいくいと腰に巻かれた葉っぱを指差す。
いや、ほとんど裸なのは変わらないんだけど……。
そこまで思って気付く。
ボクに話しかけているおじさんの葉っぱの先、そこにはこれまた葉っぱのおじさんたちがぐるりとボクを囲むようにして立っている。
いや、ただ立っているのではない、彼らは汗を滴らせ、虚ろな目をしながら、えんやこらと命を削るように激しく踊っていた。
「葉っぱのおじさんがめちゃくちゃに踊ってる!?」
「これが魚幕の儀式でございます」
「えっ?……魚幕の儀式って、あの海岸を魚で囲むってやつだよね?」
「そうでございます、海神様、ほら、あちらをご覧くだされ」
ちょいちょいと葉っぱから彼方を指差すおじさんの先には、海岸に一直線に張られたロープに魚が隙間なく括り付けられているのが見えた。
そして、ロープは両端から煌々と炎の軌跡をつくっており、あとほんのもう少しで二つの炎は真ん中で一つになりそうだった。
「我らはあのロープが全ての魚を焼くまで踊り続けるなければならんのです」
「へーそうなんだ……」
「海神様、この光景、お気に召しましたでしょうか!!」
「わわっ!近づかないでよ!」
がっと近づくおじさんにボクは無意識に後ずさる。
「も、申し訳ございません、海神様……」
しゅんとしてめちゃくちゃに離れるおじさん。
「言い過ぎたよ、そんなに離れなくてもいいよ?」
そうですか!とぱあっと顔をほころばせながらすすすっと寄ってくるおじさん。
「うっ……あ、あと、ボクずっと気になってたんだけどその海神様ってのはなんのこと?」
「やだなあもう、海神様はあなたのことじゃないですか、海神様は冗談もうまい」
「え?ボクその海神様?ってのじゃないけど……人違いだよ」
「何をおっしゃいますか!魚が足りず、魚幕の儀式1000年の歴史が潰えようとしたその時!海から魚を空へと導き、我らに大量の魚を与えてくれたのは、あなたじゃないですか!」
「え、いや、それはボクじゃなくておししょ――」
「ぴっ!!」
ボクを遮るようにして、聞こえたその鳴き声。
「お、お師匠様!?」
気付けばボクの肩に小鳥の姿のお師匠様が乗っていた。
「ぴっぴっぴっぴーー!!」
お師匠様は何かを伝えようと必死に鳴いている。いやでもお師匠様、小鳥の姿でも喋れたはずだけど……。
「おお、海神様は動物にも好かれるのですね、素晴らしいです!」
「あっ――おじさん、あっち行っててくれる?」
「はい……」
すすすっとうなだれながら、後ずさるおじさん。
そして。
「メリアちゃん!よく気づいてくれたわ!」
「おじさんがいたら、お師匠様、喋れないもんね、だって、喋る鳥ってめちゃくちゃ変だもん」
「その通りよメリアちゃんえらいわ――ってそんな場合じゃなかった、メリアちゃん大丈夫!?ちゃんと記憶ある!?」
「うん、お師匠様を見て、なんとなく思い出したよ、ボク、落ちてきた魚に押しつぶされちゃったんだよね」
「そうなの、メリアちゃん、ごめんね、魔法が間に合って他の人は大丈夫だったのだけど、メリアちゃんだけ反重力魔法が掛かるギリギリでおっきなマグロが頭に……すぐにヒールしたんだけど、痛くない?大丈夫?」
「ぜんぜん平気だよ!それにボク、人生で一度はおっきな魚に押しつぶされたいと思ってたんだ!」
「メリアちゃん、私、あなたのそんなところに時々、とっても救われるわ」
「えへへー……あっそう言えばさ、その魚を持ってきたのがボクのおかげってことになってるんだけど」
「あ、それはそのままメリアちゃんがやったってことにしていいわよ」
「えー、でもそれはなんか気が引けるなあ」
「でも私、人前に出るの苦手だから……」
「それは知ってるけどさ、でも、ってことはおじさんに嘘をつくってことでしょ?お師匠様いっつも嘘はだめって言ってたじゃん」
「メリアちゃん、嘘はついていい時もあるのよ」
「いつもと、言ってることが全然違うよ!それにボク、お師匠様のその恥ずかしがりやなとこ、直した方が良いと思うんだよねぇ」
そこでボクはにやっと笑みをつくる。
「め、メリアちゃん?」
「おじさーん、戻ってきて!」
「はい、ただいま!」
きっとこのおじさんに言えば、すごい勢いで街中を探してくれるだろうし、きっとそれならお師匠様も隠れられないはず!
「えっとね、ボクじゃなくて、魚を運んだのはおししょ――」
「ボ、ボクガヤリマシタ!」
「え!?」
肩から、聞き取れないくらいに甲高い声が聞こえてくる。
「ボク、カイジンサマダヨ、オナカスイタカラオサカナリョウリ、イッパイモッテキテ!!」
「しょ、承知いたしました!おーい!海神様は大量の魚料理をご所望だ!今すぐシェフに作らせるんだ!!」
「「「おうっ!!」」」
踊りを踊っていた葉っぱたちはおじさんの号令で散り散りに去っていく。
そしてその中をそろりそろりと飛んでいくのは鳥一羽。
「え、ちょっとまっ――」
「ささ、海神様、こちらにお座りください」
遠くから葉っぱの人がテーブルと椅子をもって走ってきたかと思うと砂浜にどっかとそれらを打ち立てる。
ボクはおじさんに押されて、無理矢理にその椅子に座らされた。
そして遠くからはお皿を片手に乗せた葉っぱシェフたちが走ってくる。
いつの間にか首にナプキンも巻かれてる!
「こちら、鎧魚のお造りです」
「ボ――」
「こちら、デルマリンのハーブローストです」
「ボク――」
「こちら、潮灯魚の串焼きです」
「そんなに――」
「こちら、虹鱗のカルパッチョです」
「そんなに声高くナイヨ!!!!」
「こちら――」
――この夜、海神様が美味しい美味しいと食べ続け、積み上げられた料理の皿の高さ、その記録が1000年破られることがなかったのはまた別のお話。




