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メリアと不思議な旅  作者: 首長イ鳥
煌めく海と断崖遺跡の街
11/41

断崖遺跡の大冒険?

「ルナ・ランテルナ」


お師匠様の詠唱に応じるように目の前の空間に小さな月が現れる。

ぼわっと洞穴を優しく照らす月はお師匠様の肩辺りにほわほわと近づくと、試すように二、三周くるくると回るお師匠様に追従して見せた。


「よし、カンペキね」


「お師匠様、そんな魔法も使えたんだ」


つんつんと月を指先でつついてみる。熱くはないみたい。


「でも、いつもの暗い所も見える魔法の方が良いんじゃない?」


徐々に輪郭はぼやけて、闇へと溶けていくボクの影。

あれくらいボクの背も高かったら良かったのにな。


「あの魔法はとっても便利だけど、この遺跡では使われてないはずの魔法だから、こっちの方が当時に近い雰囲気が味わえるかなーって」


「なるほど!すごくなっとく!」


ぽんと手のひらを叩くボクを見て、お師匠様は笑う。


「じゃあ、気を取り直して、しゅっぱーつ!」


「しゅっぱーつ!」


天井に当たらないくらいに小さく手を突き出して、ボクたちは深い闇に潜むロマンへと進んでいく。

はずだったんだけど……。



「拍子抜けだよーーー!!!」


「どうしたのよ、メリアちゃん、そんな大声出して」


お師匠様がきょとんとした顔でボクをのぞき込む。


「……ボクたちは遺跡に入って真っ直ぐ進んでたよね」


「ええ、進んでたわ」


「で、すぐ、一分もたたないくらいで階段を見つけたよね、石を積んで作ってたやつ」


「見つけたわ」


「それを上り終わったところに木の扉が一つだけあって、今僕たちはその扉の先にいるよね」


「そうね、そこにいるわ」


「ボクはね、お師匠様――」


「うん?」


「遺跡っていうのは、こうもっと、蝙蝠の形のろうそく立てとか、でっかい玉座とか、財宝とか、あとは、あとは、えーっと……そういうわくわくする感じの物があるもんだと思ってたよ!!」


「メリアちゃん、ろうそく立てとか、玉座ならまだしも、一般公開されている遺跡には財宝はないわ」


すっかり、ソファに腰を落ち着けたお師匠様はいつもの調子でそう言った。


「それは、そうかもしれないけど!でも、こんなの遺跡じゃないよ!ただの宿屋じゃん!部屋じゃん!じゅうたんが敷いてあって、おっきなベッドがあって、ふかふかのソファがあって、床も壁も板張りだし、いい感じの絵も飾ってあるしっ!」


「それに美味しい紅茶もあるわ」


ティーカップを口元へと寄せるお師匠様。

白く香るそれは、心までほっこりしそう……。


「いやいや、そうじゃなくて……何かおかしいよ、お師匠様」


「お、メリアちゃんやっと気づきましたか」


にやりとお師匠様は笑うとティーカップを置いた。


「このおかしさが、断崖遺跡もとい、ヴガドの部屋の真骨頂……でもそこを一番最初にするのはもったいないから、まずは、この街とヴガドについて話しましょうか」



ひらひらと、まるで誰かに別れを告げるように手のひらを揺らすお師匠様の手にはいつの間にか、本が握られている。

それは古い本だった。糸で閉じられ、茶色く染まった表紙に刻まれた言葉はボクには読み取れなかった。


「満月の夜のこと――


――丸い光が海原を照らすころ、エルネスカの深き海の底より一柱の魔人が現れた。

その身は人の形に似て非ず、魚のごとき鱗に覆われ、月光を浴びて青白く光り輝いていた。

村の男たちは勇敢に、銛を手に取り立ち向かったが、鋭き穂先はことごとく弾かれ、

鱗は鉄咬魚の牙よりも堅く、ただ火花を散らした。

しかし魔人は一瞥もくれず、我らの抵抗をただ風のざわめきほどにしか感じぬ様子であった。

やがて魔人は家々を素通りし、村の外れに歩みを止めた。

銛を手にその背に固唾を飲むと、魔人、静かに掌を空へ掲げる。

数瞬の後、呼応して、大地は鳴動し、深く裂け、夢幻のような地の底から、天を仰ぐほどの断崖生え出でる。

されど魔人の意思か、偶然か、その揺れは不思議にも村には及ばず、家々も船も無傷のまま、ただ夜の闇が震えたのみであった。

魔人は崖のもとに立ち、

そこで初めて、我らに気づいたように振り返る。

月が満ちるたびに我に肉を捧げよ、魚か人か、我は区別せん

ただそれだけを言い捨て、自ら作り出した裂け目の奥へと――


――姿を消した」


お師匠様はそこで言葉を切るとぱたんと本を閉じ、テーブルに乗せる。


「今のが、エルネスカとヴガドの出会いのお話」


自然とテーブルの上の表紙へと視線が向かう。


「そして、次は、今のヴガドの印象についてよくわかるお話を読むわね」


気付くと、お師匠様の手には再び、本が握られていた。

見覚えのある少し前にも見た本、受付のお爺さんから買ったヴガドとエルネスカの信仰が再びお師匠様の手に握られていた。


「エルネスカの守り神ヴガド様について――


――ヴガド様は、ある満月の夜、このエルネスカの海岸に降臨されました。

月光で光り輝くヴガド様のお姿はまるで海原を体現したかのようでそれは美しかったそうです。

村人たちに見守られる中、ヴガド様は村の外れに断崖遺跡をお創りになられ、そこに居を構えられることになりました。

天へと届くような断崖から注がれるヴガド様の威光に護られ、エルネスカの漁師たちは魔物に襲われることなく、漁を行うことができるのです。

そのほかにも、ヴガド様が断崖遺跡をお創りになられてから、ほどなくして我らエルネスカの民は大地の恵みを享受することができるようになりました。

断崖遺跡の裏手に、豊かな森がはぐくまれたのです。

そこで初めて、ホーンラプトやタウロバードと言った獣、多種多様なハーブや、木の実と言った恵みを我らの祖先は得ることができました。

そのおかげで当時は海の呪いとして恐れられていた湧血等の栄養障害が村からなくなったと古い文献に記されています。

ヴガド様は我らの病の原因を見抜いていたのでしょう。

かくしてヴガド様のおかげでエルネスカの生活は一変したのです。

そのお礼に我々は、ヴガド様が降臨なされたときと同じ、月が満ちたその日、初めて捕らえた魚をヴガド様がおられるこの断崖遺跡に献上するのです。

その文化は、ヴガド様がこの世を去られた後も途切れることなく――


――ずっと続いているのです」


文字を追う指を抜いてゆっくりと本を閉じたお師匠様はヴガドとエルネスカの信仰をテーブルの上へと置いた。

テーブルには2冊の本が横並びになっている。


「これは、本当に同じ、エルネスカのことを記した本なんだよね」


「ええ、間違いないわ、ただ、この2つの本は記された時期が全然違うんだけどね」


「時期?それってどれくらい違うの?」


「1冊目のエルネスカ古記はヴガドが現れた当時に書かれていて、2冊目のヴガドとエルネスカの信仰は15年ぐらい前に初版が発行されているから、だいたい、1000年くらい時期が違うかな」


「1000年も!?そんなに昔の話なんだ……」


1000年、それはどれくらいの長さなんだろう、ボクにはまったく想像ができない。


「1冊目と2冊目ではヴガドに対する、村人の意識が全く違う、それは何故かわかるかしら、メリアちゃん」


ことっとティーカップをコースターに乗せながらお師匠様は問う。


「うーん、それは最初悪者だって思ってたヴガドが、漁師を助けたり、森を作ってくれたりしたからじゃないかなぁ……実はいい人だったってことにみんなが気づいたんだよ!」


「メリアちゃん……」


感極まったようにお師匠様は言葉を詰まらせる。

そしてすっと僕の頭に伸びた両手が徐々に交わって――


「ぶっぶー!不正解でーす!」


おっきなバツがボクの目の前に炸裂する。


「今の感じで不正解!?」


声を上ずらせるボクにお師匠様は交差された腕を解くとボクの頭に手のひらを乗せた。


「でもメリアちゃん、そのヴガドがエルネスカの人々を助けたって答えは全くの間違いってわけじゃないわ、実際にエルネスカの人々はヴガドによって助けられているからね、ただヴガドに助ける意思がなかっただけで」


「助ける意思がなかった?」


「じゃあ、ひとつづつ紐解いていきましょうか、まず一つ目、ヴガドのおかげで漁師が魔物に襲われなくなったのはなんででしょう……ヒントはヴガドがエルネスカの人々のために率先して魔物を追い払ったわけではないってところかな」


「あっ」


そこまで聞いてボクは思い出した。

なんでこんな基本的なことに気づかなかったのだろう。


「"魔物は上位の魔物の縄張りには近づかない"だよね」


「大正解!」


おっきな丸を作ってくれるお師匠様。


「魔物は未だ人類には解明されていない未知の力によって瞬時に自分と相手の力量の差がわかる、それが魔物が同士討ちや縄張り争いをしない大きな理由……まあ強いものが弱いものを襲うことは往々にしてあるのだけれどね」


「なるほど、ヴガドはエルネスカの人々に魚を集めてもらってたから、その漁師を襲っちゃうとヴガドに怒られちゃうかもしれないもんね」


「お!そこに気づくとは!メリアちゃん、100点満点!」


「えへへー」


照れ隠しに、勝手にボクの指は尻尾をくるくると撫でる。


「では、2つ目、ヴガドのおかげで森ができて、村人たちはお肉やハーブも食べられるようになったし、風土病も解消した、それはなぜでしょう?もちろん、こっちもヴガドは積極的に手を貸したわけではないわ」


「うーん……」


病気が治ったことも、お肉を食べれるようになったことも、結局はヴガドが森をつくったってところに行きつくのはわかるんだけど……。


「こっちは少し難しいから、もう一つヒントを言うとね、森は断崖遺跡の裏側にできたってところがとっても重要なの」


「裏側かぁ」


裏側、なんで裏側に森ができたんだろう。もともとエルネスカには森はなかったんだよね、それが断崖遺跡の裏側に森ができた、ってことは断崖遺跡ができたことが森ができた原因ってことだから――あっ、そう言うことか、わかった、わかったよ!


「お師匠様わかったよ!それは――」


そこまで言ってボクは言葉を切って大きな咳ばらいをする。


「ごほん!それは、断崖遺跡の裏側にだけ森ができた原因は、"塩"ですね、お師匠様……」


「……なんでそう思ったの?」


「海からの潮風で運ばれた塩に、森になる前の小さな芽たちはやられちゃってたんだ、それが、断崖遺跡ができたことで海からの潮風は断崖が守ってくれるようになったから、芽は森になったんだよ」


ボクのその説明にお師匠様はただ一言。


「……すごい」


と零した。


「むふ?」


ボクも心根が漏れる。


「すごいわメリアちゃん、その通りよ、断崖遺跡によって塩害が防がれたことによって森が生まれたの、塩が植物に毒だって、どこでメリアちゃんは知ったの?」


「エッ?えっとね、それは……」


「それは?」


じっとボクを見つめるお師匠様、それはわくわくがにじみ出た、お師匠様の知的探求心を物語るような目だった。


「……お師匠様、2年前、ボクたち半年くらい霧の街で過ごしたこと、覚えてる?」


「もちろん、覚えているわ、とても印象に残っているから」


「あの時、お師匠様はお仕事で三日くらいお家を離れる時があって、その時、ボクに頼みごとをしたんだ」



――2年前のあの日、お師匠様がいなくてもボクは言いつけ通り、いつもの時間に家を出た、わけではなかった。


「やばい、やばい!ちこくだよー!」


昨日はお師匠様がいないからっておやついっぱい買い込んで、ぽりぽり食べてて、なんか眩しいなあって思ったら、窓から朝焼けが見えて、急いでベッドに入ったんだけど、なかなか眠れなくて、それで……。

気付いたら、こんな時間だったんだよ!

バタバタと、袖に手を通しながら、ボクは玄関のノブを捻る。

そして、すっかり上った太陽に目を細めていると、ふと玄関に置かれた鉢植えに気づいたんだ。

今にも零れそうなくらい大きなつぼみを付けた一輪の花、それが花開くのをお師匠様はずっと楽しみにしていた。


「あっ水やりやらないと」


ボクはお師匠様が家を出る前に言っていたことを思い出す。


『メリアちゃん、私のお花に水やりお願いね、ちゃんと毎朝ね!』


頭の中にお師匠様が浮かんできて、ボクは鉢植えの横のじょうろを手に取り傾ける。

でも。


「あれ、水ないや」


じょうろの中は空だった。


「しょうがないなあ、お師匠様、お水がないと、お花は枯れちゃうよー」


だからボクは水を汲みに部屋へ戻ろうとしたんだけど。


「って、やば、急いでるんだった、うーん、お師匠様からはむやみに魔法を使っちゃダメって言われてるけどたまにはいいよね、緊急事態だし」


そうボクは自分に言い訳して、体の中に流れる奔流を意識する。

勢いはぐっと弱く、指先に集中させた奔流はじょろじょろと五本指から流れ出してつぼみを濡らした。


「これで良しと――ってほんとに遅れちゃうよ!」


そして、ボクは大慌てで飛び出して行って、そして、いつものように夕方帰ってきたんだ。


「うう、今日もくたくただよ、もう一滴も水出せないよ……ってああ!!」


そこでボクは見てしまったんだ。


「か、枯れてる!?」


目線の先、お師匠様が大事にしていたつぼみが、朝には空へと首を伸ばしていたつぼみがうなだれるように萎れている。

色も少し黒っぽくなってた。


「な、なんで、こんなの見たらお師匠様が泣いちゃう――そうだ、お花屋さん!お花屋さんなら直してくれるかも!」


そう思ってボクは再び町に飛び出していったんだ。

そして。


「ああ、これ、塩水かけたでしょ、もう助からないね」


「塩水?」


「そうそう、海水あげちゃったでしょ、塩は植物にとって猛毒だからね」


「海水なんて、ボクかけてな――あっ」


そこでボクは朝、自分がなにをしでかしたかに気づいた。

ボクってイルカだから魔法を使うときに気を抜くと海水になっちゃうんだった……。


「かけたでしょ?」


「かけました……」


うなだれるボクにおじさんはため息を漏らす。


「やっぱりね、次からは海水かけちゃダメだよ、それじゃおじさんはもう行くから」


「おじさん、本当にどうにもならないの!」


「ちょっとこれは難しいね」


「これ、お師匠様のお花なんだ、お師匠様がこれを見たら悲しんじゃうよ、ねえ、おじさん、何でもするから、助けてよ!」


「――なんでもする?」


「はい!なんでもします!」


「……ひとつだけ方法がある、そのお師匠様とやらを裏切る覚悟はあるかい」


「え、お師匠様を裏切るのはちょっと……」


「でも今、何でもするって言ったよね、君のお師匠様悲しむんじゃないかな」


「はい、裏切ります」


「わかった、あとはおじさんに任せなさい」


そう言っておじさんはどこかにいって、そしてすぐ戻ってきた。


「こ、これは!」


「ほら、そっくりだろう、これなら君のお師匠様も気付かない」


ボクの目の前には鉢植えが二つ、植木鉢の模様も、葉っぱの数も、零れ落ちそうなつぼみも全く同じ二つの鉢植えが並んでいる。

違うところと言えば、片方は死んでいて、もう片方は元気いっぱいな所、そこだけだった。


「すごい、これなら大丈夫だよ!ありがと、おじさ――」


「なんでもするって言ったよね、ついてきなさい」


ぎろりとボクを舐めまわすように見るおじさん。


「……はひ」


ボクに拒否権はなかった、そして。


「お花どうですかー」


「声が小さい!」


「お花どうですかー!!」


「どうやったらお花買ってもらえるか考えて!!」


「恋人や大切な人に感謝の気持ちをお花で、お花!お花どうですか!!」


「ばかやろう!!てめえ、それじゃ彼女無しの男が花買わねえだろうが!!!花は大切な人がいなくても買っていいんだよ!!!」


「ひょえぇ……!」


その日、街にはボクよりも大きなおじさんの怒号が響き渡っていてだれもお花買ってくれなかったんだ――。



「だから、あの時メリアちゃん、声枯れてたのね」


「うう、そうだよ、ごめんねお師匠様、だましてて」


「大丈夫よ、メリアちゃん、わざとじゃないんだから、私は怒っていないわ」


「お、お師匠様ぁ」


「それよりもあの鉢植えが入れ替えられてたなんて全く気付かなかったわ、私の目を搔い潜るなんてそのおじさんいったい何者なの……」


そう言ってお師匠様は手のひらで口元を隠す。

その仕草はお師匠様が何か深く考え込む時の癖で、そしてそれは早く何とかしないと、お師匠様が何時間もその場で考え込む石像になってしまうということでもある。


「お師匠様!だいぶ話がずれちゃったけど結局ヴガドはエルネスカの人を助けてはいなくて、エルネスカの人が救われたのはたまたまだったんだよね、それなのに、なんで今ではこんなにヴガドが大事にされてるんだろう」


「それは……ヴガドが人前に姿を現すことがなかったことが原因ね」


「人前に姿を現さなかったこと?」


「エルネスカ古記を含めなければ、このエルネスカに残っている文献の中で、ヴガドを見たと書いている物はほんの少ししか見つかっていない、ヴガドは生涯この断崖遺跡から外に出ることはなかったみたいなの」


お師匠様はゆっくりと立ち上がると、この部屋で唯一断崖遺跡の外へと通じている場所、バルコニーに立った。

そこに置かれたただ一つのロッキングチェアは真っ直ぐに外を見つめている。


「そのほんの少ししか見つかっていない文献は全てここ、バルコニーが現場なの、彼らは月一の供物をささげる瞬間に、海を眺めているヴガドの影を見たと直筆で証言しているわ」


「確かに、これはすごいね」


心根が漏れる。


「……人の寿命は短い、この1000年の間にエルネスカの人々は何度世代交代をしたのでしょう、子にヴガドを伝える手段は口伝と文字しかなくて、残された人々にヴガドへの恐怖とを伝えることは膨大な時の前にはできなかったのでしょうね」


お師匠様は指先で椅子へと触れる。

さらりと埃が舞って、椅子が振られる。お師匠様は確かに外をみているのに、その目はここではないどこかを見ているように思えた。


「もし、ヴガドが月に一度、村人を襲うような暴君だったら、こんなことにはなっていなかったでしょう……彼は村人を襲わないことで守り神と言う満ち足りた暮らしを手に入れたのだわ」


「……ボクはそうは思わないなぁ」


「それはどうして?」


ボクはお師匠様の目の前に立ってバルコニーから見える景色を独り占めするように大きく手を広げて見せた。


「だって、こんなに綺麗で楽しそうな海が目の前にあるのにずっとそこには行けなかったんだよね、ボクにとっては拷問だよ!」


落ちる日に照らされオレンジ色に染まる海原、幾重にも押し寄せる波間は白く帯を引いて、キラキラと光っていた。


「……ぷっ」


堪え切れないようにお師匠様は笑う。


「すっごく、メリアちゃんらしい感想ね、確かに、私もこの海を死ぬまで見せつけられたままなのはごめんだわ」


お師匠様はそう言うと再び、外に目を向ける。


「綺麗ね……」


「うん、今すぐ泳ぎに行きたいくらい綺麗だね」


今度は確かに、お師匠様は海を見ていた。

いつまでもいつまでも、ボクとお師匠様は外を見つめた。

そして、すっかり夕焼けは沈んだ頃、お師匠様はぽつりと語り始めた。


「……これは、私の仮説なんだけどね」


「うん」


「ヴガドはヴガドじゃなかったのかもしれない」


「ヴガドはヴガドじゃない?」


「ヴガドって、鱗もあるし、海から現れたでしょ」


「うん、そうだったね」


「そこから推察するにおそらくヴガドは魚人だったのよ、でも彼は海ではなく村の離れに断崖遺跡と言う拠点をつくった、これっておかしくない?」


「……そうかな?きっとヴガドはものすっごくめんどくさがり屋で村人に魚を持ってきてほしかったから、海には住まなかったんじゃないかな、だって、海に住んでるって村人が知ったら、怖がって漁をしなくなるかもしれないし」


「なるほど、一理ある意見ね、でも私がおかしいと思ったのはそこじゃなくてね、何故魚人のヴガドが断崖遺跡をつくれたのかがおかしいと思ったの」


「ああ、確かに!断崖遺跡ってものすごーくでっかいよね、よくあんなものをつくれたよね」


「そうなの、あんなに、立派な断崖遺跡をつくれるのなんて、普通に考えたら土に精通しているジオルドやテラルの仕業のはずなのに、彼は魚人だったの」


熱のこもった口調で、まくし立てるように話すお師匠様はそこで自らを律するように、ふうと一息つく。


「……歴史の片隅にね、"硬い幻影"と呼ばれる魔族がいたの、最古の戦争で多くの魔族が英雄に倒され、歴史に名を遺すなか、彼はついぞ英雄に倒されることはなかった……彼の異名はその高度な幻術で窮地に陥った魔城に一瞬にして英雄の侵入を阻む高い崖を作り出したことが由来、それは確かに幻影なのに、すり抜けはせず、触れれば砂が零れる有様で英雄たちですら踏破するのに三日かかったの」


「え!それって――」


「ヴガドが幻術使いならいろいろと辻褄が合うの、そこまで卓越した幻術を扱えるなら、村人たちに自らを魚人に見せることなんておちゃのこさいさいでしょうし、この断崖遺跡も過去の要領で作った、そして何より――」


そこでお師匠様はふりかえりゆっくりと歩き始めた。


「このヴガドの部屋が、1000年後の今もなぜこんなにも生活感たっぷりできれいに残っているのか、それが幻術だとすれば説明がつくでしょう?」


「た、確かに!!」


思わず声が上ずる。


「もしかして、何故かあったかい紅茶が用意してあったのも……」


「それも幻術ね」


「ってことはボクたちが明らかに変なこの部屋をいつの間にか受け入れていたのも……!」


「それもまた、幻術ね」


「幻術すごっ!」


「ふっふっふ、幻術ってすごいのよ」


何故か得意げに語るお師匠様に、いつの間にかボクとお師匠様にだけ変な幻術が掛けられる。


「ってことはさ、もしかして――」


止めることなく、ボクは"もしかして"と"ってことはさ"をひねり出す。

お師匠様はそれにちゃんと答えてくれて。

それが枯れたころ、ボクたちはどちらともなく二人横並びでソファに座り、ティーカップを手にしていた。


「そっか、ヴガドは魚人じゃなかったのか」


「あくまでも仮説よ、メリアちゃん、これは私が結論ありきで組み立てた推論でしかないわ」


「うーん、よくわからないけど、ボクは合ってると思うなー、だってお師匠様すごい頭いいし!」


「ありがと、メリアちゃん」


そう言ってお師匠様はティーカップの縁に口を付ける。

それを見てボクもずずっとお茶を啜った。


「そういえば、このお茶も幻影だとしたら僕たちは何を飲んで……」


「……」


「……」


かたりと、同時にテーブルに置かれるティーカップ。

ボクの疑問は答えられることを望まずただ部屋へと溶ける、その時だった。


「あら?」


窓の外から聞こえてくるぴゅーっと、聞きなれない音にボクとお師匠様は振り返る。

そしてそれは暗い空を背景にどーんと大きな音と共に大きな花を咲かせていた。


「花火だ!なんで?」


「えっ、もうこんな時間!?やばいわ、メリアちゃん急ぐわよ!」


お師匠様は飛び出すようにバタバタと駆け出すと、荒くノブを掴んだ。


「急ぐってどこに?」


「海岸よ!」


ドアの前、声だけを残しお師匠様の姿は消える。

ヤバい、あれは完璧にお師匠様の趣味がらみの慌てぶりだ。

こういう時のお師匠様は容赦がない。

ボクに構う余裕なんてない。


「ま、待ってよ!お師匠様!」


ボクは全速力で駆けだした。



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