断崖遺跡へ!
「私たちが今向かっている、断崖遺跡はヴガドって言う魔族が作ったってことで有名なの」
お師匠様は道すがら、断崖遺跡のことを前もって少し説明しておくわね、と言ってウキウキで話し始めた。
「魔族が作った遺跡って珍しいの?」
「とっても珍しいのよ、やっぱり人が作った遺跡は人が守って残していくのだけれど、魔族は最古の戦争で敗北して以来守り手がいないから……今はともかく、昔の人はやっぱり魔族が作った遺跡を残そうなんて思わなくて、壊してしまうことがほとんどだったみたい」
「へー、そうなんだ……やっぱり魔族が作った遺跡って人が作ったのとは違うのかな?」
「それは――」
そう言いながらお師匠様はボクに振り返り、とっとっと軽やかに後ろ歩きでボクに微笑みかける。
「実物を見た方が良いかもね!」
ばっと、手を手を広げて身を引いたお師匠様の先には立派な遺跡が――
あるわけではなかった。
「え?これ?」
そう思わず聞いちゃうくらいに目の前の景色は想像と違った。
そこは、ただの崖だった。灰白色の岩肌に不自然さはなくいたって自然的で。
確かに、この空へと突き刺さるような断崖は圧巻だけど。
そこに感じるのは自然の雄大さであって、古代の息吹ではなかった。
っていうか、あの崖が遺跡ならずっと前から見えてたし。
断崖遺跡、お師匠様の呼んでいたその名前から考えると、多分あの崖に空いた洞穴が遺跡の入り口なんだろうけど。
……思っていたのより、ちょっと拍子抜けかも。
「エルネスカに来て良かった!ほら、行くわよメリアちゃん!」
「う、うん」
お師匠様はずんずん歩いて。
「すみませーん!遺跡に二人入りたいんですけど!」
遺跡の入り口(多分)の横に突き立てられた古ぼけたパラソルの下へと声をかける。
「……ん?ああ、二人で200コルンね」
今にも崩れそうな木椅子の上でお爺さんが瞼を開く。
「はい!200コルンと、あとこれでガイドブックをお願いします!」
お師匠様は100コルン硬貨二枚とは別に1000コルン紙幣を手渡す。
「ガイドブック?」
「あれ、もうなくなっちゃったのかな、題名はヴガドとエルネスカの信仰で、著者のところにエルネスカ断崖遺跡観光協会って書いてある本なんですけど……」
「ヴガドとエルネスカの信仰……」
お爺さんは考え込むように顎に手を当てて、
「ああ、あれか、あれなら確かここに……お、あった」
ぱんぱんと、表紙に積もった埃を払い、差し出されたそれをお師匠様は両腕に抱く。
「きゃー!やっと会えたわ、ヴガドとエルネスカの信仰!」
愛おしそうに表紙を撫でるお師匠様。
そんなお師匠様の姿をお爺さんは呆然と見つめていた。
「……お師匠様は遺跡を前にするといつもおかしくなっちゃうんだけど、でも怪しい人じゃないよ」
「確かに、おかしなお嬢さんだ……それにしても久しぶりだ」
「久しぶりってあの本のこと?」
そう聞き返すとお爺さんは、びっくりしたようにボクを見て、そしてすぐまた目線を戻す。
「いやそうじゃない、この遺跡であんなに喜んでくれる人を見たのはいつ振りだろうなって思ってな」
瞬きもせずにお師匠様を見つめるお爺さんをみて、ボクもなんだか、見飽きたはずのおかしなお師匠様を見つめていた。
「エルネスカが海を観光客に売り出したのは最近の話でな、それまではもっぱら、観光といやあ、この断崖遺跡がエルネスカの目玉だったってわけよ、それが今じゃ皆、こっちじゃなくて海に行くだろ?」
それはお爺さんが教えてくれた、この街の歴史。
「でも、これだけいっぱい旅人がいるんだから、こっちに来るお客さんも増えるんじゃないの?」
「お嬢ちゃんもそう思うかい、でもな現実はこれだ、やっぱり近くに綺麗で美味い海があるからなあ、こっちには誰も来ないもんよ、お嬢ちゃんもほんとは海が良いんだろう?」
「そ、そんなことないヨ、ボク、遺跡だーい好き」
寂しそうに言うお爺さんにボクは思わず嘘をつく。
「はは、そう言ってくれると、わが身のようにうれしいね」
ボクは嘘がばれないか、ドキドキしながら、お爺さんの顔を見ていたけど、お爺さんは何も言わなかった。
「遺跡の中は崩れるってことはないが、真っ暗だから頭を打たないように気を付けな、ほれ、ランタン」
「ありがとうございます、でも私、魔法が使えますので!」
「そうか、ならランタンはいらねえな――」
そこまで言うとお爺さんは不自然に言葉を切ると、ごほんと咳ばらいをする。
「――皆さま、これより足を踏み入れていただきますは、かつて"神"が棲み、村人たちに敬われた居の跡でございます、神はその権能をもって恵みを我らに与えます、ここはそんな人の丈に合わない場所……神に魅入られないように、どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ――」
「「いってきまーす!」」
元気な声は薄暗い洞穴に反響する。
「……雰囲気ぶち壊しだが、まあ、悪い気はしねえ」
風にさらわれたその言葉は洞穴には向かわなかった。




