第1.9章 - 食べ物の味
ジェイはむらからあるいて三十分ほどのもりについた。
もりの中はしめった木のにおいでいっぱいで、かぜがふくたびにえだがゆれて、かさかさとしたおとがひびいていた。
-よし… このもり、ふつうにおれをころしそうだけど… はたらかないとね…-
ジェイはひきつったえがおでつぶやいた。
ひらけた場所をみつけ、ジェイはひざをつく。
そこはうすぐらく、木のはのすきまからひかりがすこしだけおちていて、じめんにゆらゆらとしたかげをつくっていた。
-さてと… ちきゅうスタイルのきほんワナづくり、レベル“いきのこりビギナー”… まあ、やるしかないよな-
ジェイは作業をはじめた。
① 木のねっこをさがす
-おお、いいねじれ。もりさんありがとう-
太めのねっこをひっぱってとりだし、のびをたしかめ、何度かつよくひっぱる。
② じょうぶな木をえらぶ
ねっこでわな用のループをつくり、ふんだらしまるタイプにセット。
③ 中くらいの丸太をひきずる
丸太を二本のえだの間にのせ、ほそいえだでささえる。
-これ… うまくいく? まあ、うんどうにはなるな…-
④ ループにほそえだをむすぶ
ループがひかれたらえだがずれて、丸太が落ちてあいての足をはさむ仕組みだ。
ジェイは数歩さがって、自分のわなをながめた。
-おれ、やればできる子じゃん… まあ、つかまるのリスかもしれないけど-
手をパンパンとはらう。
そのあと、そばの木にのぼった。
そこまで高くないが、かくれるにはじゅうぶんだった。
ジェイは太いえだにすわり、あしをぶらぶらさせる。
ポケットから「ひみつのカンバン」みたいに大事にしていたかわきにくをとりだす。
-じゃあ、ぼくの夜ごはんよ、さよなら。えさになってくれよ…-
そして、じっとまつ。
10分…
ジェイはあたまをかいた。
20分…
大きなあくびをする。
30分…
ついに退屈がかちすぎて、鼻をほじりはじめた。
-もう帰っ…-
木からおりようとした、そのしゅんかん。
ドスッ… ドスッ… ドスッ…
おもい足おとが聞こえてきた。
ジェイは息を止めた。
-いやな予感しかしない…-
くさむらがゆれ、そこから ツノのあるライオン があらわれた。
たてがみはみじかく、からだはごつく、めはぎらぎらしている。
かわきにくをしっかりみつめてゆっくりとちかづいてくる。
ジェイは木の上でしゃがんだまま、じっとがまんした。
ライオンがにおいをかぎ、一歩ふみこむ。
そのとき──
パシンッ
わながひらいた。
ループがあしにからまり、ほそえだがはずれ、丸太がガツンと落ちる。
ライオンはくるしくうなり、もがいた。
今だ、とジェイは木からおりる。
二回すべりかけてヒヤッとしたが、なんとか着地。
-これでしまいだぞ、ツノシンバ…-
まじめな顔でいう。
てにもったピストルを、両手でしっかりとかまえる。
心ぞうのドクンドクンというおとがみみにまで聞こえる。
ちかづき、ねらいをさだめ──
-おやすみ-
小さくつぶやく。
パンッ
パンッ
二つのはつしゃ。
ライオンはうごかなくなった。
もりはしんとしずまりかえった。
ジェイはゆっくりとピストルをさげる。
-よし… よし… うまくいった…-
あたまのあせをぬぐいながら、ほっとしたように息をはく。
-おれ、やればできるんだな…-
こうして、ジェイのこのせかいでの「さいしょのかり」はおわりをむかえた。
ジェイは しばらく けものの 死体を 見て、れおんの 「つの」 と 「きば」 が 高く うれそうだ と 気づいた。
とても つよそうな つので、地球でも むかしは ぶき や アクセ に つかった と きいた ことが あった。
ナイフは 無いので、ジェイは 岩を ひろい、つの と きば を むりやり とり出そうと した。
–うおお…ぬけろよ… あと ちょっと…!–
まるで 山の いし を くだく ような 時間が たち、やっと つの と きば を とり出す ことに 成功した。
そのあと ジェイは れおんの 体を かかえ あげ、町へ もどる ことに した。
かなり おもかった が、ほかの しごとも 無いので、これは しぬ気で がんばる しか なかった。
歩きながら ジェイは 心の中で つぶやく。
–カラカスで これ やるとか 無理だろ… はんぱなく 生活 レベル 違うんだけど…–
町まで 三十分ほど。
入り口に つくと、ジェイは「どこに 出せば いいんだ?」と 自分に といかけながら 歩いた。
その時、あの ひげの おじいさんを 見つけた。
ジェイは 手を あげて 近づき、れおんを 見せながら きいた。
–これ、どこに もって 行けば いい?–
おじいさんは 目を まんまる に ひらいた。
–おお… にんげんが れおんを 一人で…!?–
めずらしい事だった。
おじいさんは すぐに ばしょ を おしえてくれて、さらに 紙を 一まい わたしてくれた。
ジェイは 紙を 見たが、そこに 書かれた もじは ぜんぜん わからなかった。
へんな 記号の ようで、形が なぞすぎた。
–これ… ゲームの もじ と モールス信号を まぜて こわした ような もんだな…–
そう 思いながら も、ジェイは かんしゃ して せんろ 通りへ むかった。
紙と 通りの 看板を 一つずつ 見くらべて、やっと おなじ もじ を 見つけた。
店の 中に 入ると、テーブル が いくつも ならび、うけつけ の じょせい が すわっていた。
ジェイは カウンターに より、れおんの 死体を 見せた。
–この れおん、かいたい できます?–
うけつけ の じょせいは びっくり した が、すぐに よそおい を 整えて にっこり した。
体を かくにん した あと、金の はいった 小さい ふくろを ジェイに わたした。
ジェイは その 金の 名前も ねだんの きそ も わからなかった が、もともと 地球でも 金に よわかった ので 気にしなかった。
つの と きば は まだ うらない と 決めて、かばんに しまいこんだ。
それから ジェイは ぽさだ に もどり、二階へ 上がって 自分の へやへ 入った。
ねこてぃな は そこに いなかった が、たぶん 下で 食べているのだろう と 思った。
ジェイは ベッドに すわり、ゆっくり 目を とじた。
くらい。
くらい。
まっくら。
その中で、とおくから声がひびいた。
「ジェイー… おいジェイ… おきて!」
ジェイは、まるで二びょうだけねたみたいな顔で目をあけた。
目の前には、ネコティナがしかめっつらで見おろしていた。
「おれ… とんでるエンパナーダのゆめ見てた…」
ネコティナは、きょとんとした。
「エンパナ… なにそれ?」
ジェイは手を大きくうごかしながらせつめいしはじめた。
「いや、これは地球の食べ物でさ、こうやって——」
「ジェイ、ごはん。たぶん夕ごはんできてる。」
ネコティナがきっぱり言って、ジェイの話をきった。
ジェイは八十さいの老人みたいな動きでベッドから立ちあがった。
大きくあくびをして、やぶれたチョッキとジャケットをぬぎ、黒のカーゴパンツと黒のシャツだけになった。
二人は階段をおり、食堂へ向かった。
給仕の人が、かんたんな夕ごはんをもってきた。
ジェイは「まるで今日さいごのメシだ!」みたいな勢いで食いついた。
ネコティナは、いつもどおり上品に食べている。
ジェイは口に食べ物をいっぱい入れたまま言った。
「おい子ども、おまえ貴族か? 食べるのおそすぎ。」
スプーンでネコティナを指しながら言うジェイに、ネコティナはほほをふくらませた。
「ジェイこそ、やせいのけものみたい。マナーを学んでよ。」
ちょっとふざけた口調だけど、ネコティナはわずかに笑っていた。
ジェイは、ネコティナの笑顔をはじめて見た気がした。
思わずジェイも笑ってしまう。
そのとき、食堂のドアがあいて三人の男が入ってきた。
ジェイは見たしゅん間に思った。
(うん、こいつらぜったい冒険者。)
一人目は、かるいレザーアーマー。
ひもやポーチがたくさんついていて、きびんそうな目をしている。
しゃべりたがりなタイプだった。
二人目は、大きなゆみと矢をせおっていた。
みどり色のふくで、ふかく考えているようなまじめな顔。
三人目は、がっしりした体で、大きな盾とおもたい剣を持っていた。
戦いなれた人という空気があった。
レザーアーマーの男が声をあげた。
「ここにわな作りが上手いヤツいるか? 外でレオンクツノをしとめたって聞いたぞ!」
ジェイは、考える前に手をあげていた。
反射で。
男が近づいてきて言う。
「おまえ、オレらと組まないか? けものをいっぱいしとめて、大金が入るぞ。」
ジェイは「大金」の二文字で脳みそが止まった。
「やる。」
考えずに答えた。
いまのジェイは、食べ物=命 という法則がすべてだった。
三人の男はみょうにほこらしげにうなずいた。
「食べおわったら、村の入口に来い。まってる。」
ジェイは心の中で思った。
(よる? ほんとに? めちゃくちゃあぶない気がするんだけど。)
だが何も言わず、
「わかった。」
とだけ返した。
ジェイは食事をおわらせると立ちあがり、ネコティナに言った。
「おまえは休め。おれは仕事する。もっとウマいメシ食べたいしな。この味のないやつじゃなくて。」
そのしゅん間、食堂の奥で誰かが「ゴホン」とせきをした。
料理を作っているおばさんが、ジェイをにらんでいた。
ジェイはひきつった笑いをしながら言った。
「い、いや、これもおいしいよ。すごくね!」
おばさんはため息をついた。
ジェイは心の中で泣いた。




