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第3.2章 - 火事

ジェイの目は、炎色と黒のあいだで点滅し、まるで胸の奥で燃える鼓動そのもののようにゆらめいていた。

その前に立つ影は、白い光のような目をひらき、まわりの光をすいこむようにゆれていた。


二人はしばらく動かなかった。

やけた木のにおい、ゆれる風、落ちる灰だけが、この静かな空気をゆらす。


そして――始まった。


ジェイはわずかに前のめりになり、夜の空気ぜんぶをのみこむように息をすい、地面をけって前へはじけ飛んだ。

その一歩はまるで大地をくだくようで、黒い土と灰があがり、風がうなった。


影はにげない。

よけない。

ただ、その一撃を受けた。


あたった感触は、かたいのかやわらかいのかわからない、煙のかたまりのようだった。

衝撃は影の体をゆらし、黒の波となって広がった。


ジェイは一歩下がり、指をひらいた。


—受けるつもりだったのか—ジェイ 目をほそめながら


影は返事をしない。

ただ、黒い体が水のようにゆれるだけだった。


そこからが本当の戦いだった。


ジェイはふたたび走る。

その走りは、けもののようにしずかで、いなずまのように速い。

左のこぶしが闇を切りひらき、影のわき腹をねらう。


影は人間ではできない動きで体をひねり、黒いしっぽのような残像をひきながらよけた。


ジェイは止まらない。


足をひねり、かかとに小さな炎をまとう。

ほそい火の糸が夜の空気をなぞり、こもれ日のように影の顔をてらした。


そのままけりが当たる――はずだった。


影はすぐに黒い煙となってくずれ、ジェイの背後へすべるように再生した。


—安いトリックだな—ジェイ ふりむきながら


影の腕がのび、そこに黒いゆがみが生まれた。

まるで月の光さえすいこむような、まがった円。


夜気がふるえた。


魔法だった。


uoɔ sǝɹɔuᴉ ǝɹᴉnɔsoɹd


さかさの言葉が風にのり、森の音がすべてうしろ向きにひっくり返るような寒気がひろがった。


—うわ…変な魔法だな—ジェイ うでで顔をおおいながら


影の円から、黒いヤリのようなものがいっきにふき出す。

空気を切りながら、いきもののようにジェイへむかった。


ジェイはとび、ころがり、木のかげに身をひねってよける。

だが一本が肩をかすめた。

その冷たさは、まるで冬そのものが骨にふれたようだった。


—ちっ…これは少し痛いな—ジェイ 肩をゆらしながら


ふたたび走る。


やけた丸太に足をのせ、バネのようにとび上がり、火のこぶしをかかげて落下する。


熱がふきあがり、木々の影がながくのびた。


その一撃は岩をもくだく力があった。


影は黒いうでで受け止めた。

光と闇がぶつかり、空気がゆがみ、ドンと低い音が森にひびく。


ジェイは押しもどされて着地し、影は数メートルすべりながら後ろへ引かれた。

地面には黒いあとが残る。


風が灰をまきあげ、星のように光った。


ジェイは深く息をすう。

つかれは体より心にくる。

この世界にあるものは、理屈も形も、彼の知るものではない。


それでも、口元は上がる。


—ほら行こうぜ、モンスター。リズムについてこられるならな—ジェイ 軽い笑いで


影は首をかしげた。

白い目がより強く光る。


そして音もなく、ジェイへ向かって走り出した。


戦いは、まだ幕をあけたばかりだった。


森は、まるで息を止めたように静かだった。

空中にただよう火の粉は、小さな星のようにゆっくり回り、

人ではない“何か”と、人であるはずの少年の戦いを見つめていた。


焼けた土のひび、黒い風のうなる音、

こげた木の葉がふれるかすかなざわめき。

すべてが、ふたりの戦いのリズムをつくっていた。


戦いはほぼ互角だった。

しかし――ほんの少しだけ、影のほうが上だった。


ジェイは「バージョン2」をまとい、力も反応もあがっていたが、

影のような“古い存在”の経験は、やはり重かった。

闇に生きるものは、何百年ものあいだ

「どうすれば相手をこわすか」を体と本能で知っている。


ふたりはぶつかった。

火をまとう拳と、黒い液体のような腕が正面から。


空に赤い光がひらき、

こわれた木々が一瞬だけ夜明けを見たように明るくなった。

大きな衝撃が広がり、白い灰が輪をえがいて舞う。


ジェイは歯をくいしばりながら押されていく。

足が土にめりこみ、熱い風が顔を切った。


—力、つよすぎだろ…

ジェイはじりじりと後ろに下がりながら言った。


影は言葉を出さない。

だがその体がふるえ、笑っているようにも見えた。


ジェイは力をほどき、体をひねり、回しげりを放つ。

影は黒い腕で受けるが、すこしだけ後ろにすべる。

その動きのあとに、すうっと黒い跡が空に残った。


ジェイはすぐに走り出し、

地面から生えた影のトゲをすべり込むようにかわす。

トゲは空気を切るだけで、ほろりと消えた。


だが影はすぐ反撃した。

地面から黒い槍がいっせいに立ちあがり、

ジェイは強く息をすい、飛び上がった。

火の目がまた赤くゆらめく。


—おいおい…それ反則じゃない?

空中でひねりながらジェイが叫ぶ。


着地と同時に転がり、首に向かってくる影のつめを受けとめた。

腕にかかる重さは、石を落とされたようだった。

影はまえにすべるように近づき、

白い目がジェイの胸の奥までのぞいてくる。


ジェイは息をあらくしながら一歩下がった。


—無言…ほんとこわいんだけど。

話しかけてくれよ、せめて文句ぐらい言えって。


影はゆっくり首をかしげた。

まるで羽をもつ動物が、獲物を見る前の動き。

そして歩みだした。

はやい。

重い。

まるで夜そのものが押しよせてくるようだ。


ジェイは反射的に腕を上げたが、

次の一撃は大木をへし折る力があった。


ドン、と音がはねて

ジェイは木にたたきつけられ、

木の幹が真ん中からぱきりと割れた。

上の枝からこげた葉がこぼれ、黒い雨のように落ちてくる。


ジェイは土ぼこりの中でむせながら立ち上がる。


—あーはいはい…これな。

これが“触れられたら死ぬ”タイプの敵ね…ありがとな…


黒いカサついた葉を払って、

ジェイは黒いマントを整えた。


—おい、これ汚したらマジで燃やすからな、お前ごと。


影は返事のかわりに手をひらく。

手のひらが黒い花のように開き、

小さな闇の玉がいくつも生まれる。

その中で何かが小さく泣くように震えていた。


ジェイは息をのむ。


—うわ…出たよ。影の得意技。はい拍手ー。


闇の玉が撃たれる。

ジェイは地面を蹴り、左右へ走る。

玉が土に触れるたび、小さな影の花がはじけ、

黒いインクがひろがるように地面をぬらしていく。


ジェイは地をけってすべりこむように避け、

一つを足で蹴り、火で焼き切った。

赤い花のような火が夜にひらく。


焦げた香りが風に流れる。


ジェイは呼吸を整えた。


—な?互角だろ。

いや…ちょい負けてるかもだけど…

気のせいだよな?


影は返事を待たずジェイの前に出現した。

その拳が胸に向かって直線をえがく。


ジェイはとっさにかばい、ふたたび地面をころがる。

夜の森がまた大きくゆれた。


ほんとうはわかっていた。

互角に見えても――


影に少しだけ“上”がある。

小さな差。

だが、その小ささが命を決める。


ジェイは地面に手をつき、立ちあがった。

汗があごから落ちる。

それでも、笑った。


—いいよ…負けるのは慣れてる。

でも、まだ終わりじゃねぇ。


ジェイは拳を上げた。

黒いマントが夜風にうごき、

月の下で影のようにゆらめく。


—来いよ、怪物。

まだ一発もらってねぇ気がするんだよ。


影が歩み寄る。

ジェイも一歩ふみだす。


夜がふたりをつつみ、

希望なんてない場所で、

炎と影がまたぶつかりあった。


戦いは、まだ終わらなかった。

それは火と影の交差する詩のようで、

誰も望んでいないはずなのに、

ジェイはその詩を自分の骨で書き続けるしかなかった。


時間は泥のように重く、

一分ごとに彼の力を奪っていく。

呼吸は荒れ、筋肉は悲鳴をあげ、

体の中の熱は痛みに変わっていた。


ジェイの全身は傷だらけ。

血は乾き、黒い跡となって皮膚に残り、

その痛みは火よりも鋭く彼を刺した。


目の前の影は変わらない。

疲れという概念さえ持たないように、

静かで、強く、

そして恐ろしく冷たい存在だった。


—まさか…お前、終わりが無いのかよ—ジェイは震える足を隠すように笑った。


彼は前へ跳び出した。

かつてのような切れ味は無い。

だが、まだ動ける。

まだ戦える。


拳に小さな火を宿し、

第二段階の速度で連打を放つ。

赤い火花が闇に散り、

焦げた森に瞬間の光を落とした。


折れた木々、漂う灰、

黒く焼けた地面。

そのすべてが、二人の戦いを照らす舞台となった。


ジェイの拳が影の胸に叩き込まれる。

確かにダメージは入っている。

だが、それは泥を殴っているようで、

凹むだけで壊れない。


—くそ…少しは止まれよ!—ジェイは叫び、さらに踏み込んだ。


しかし影は素早く反撃した。

闇で作られた長い槍のような腕を伸ばし、

空気を裂く不気味な音とともに突き出してくる。


ジェイはなんとか身をひねって避けたが、

槍は彼の黒いマントを裂き、

布が闇に吸い込まれるように散った。


呼吸は乱れ、

彼の動きは少し遅れて反応する。

もはや限界は近い。


影がふっと姿を消し、

次に見えた瞬間にはジェイの背後にいた。


反応が遅れても、彼は腕でガードを作った。

だが衝撃は凶悪で、

岩に叩きつけられた体は周囲の石を砕いた。


遅れてやってくる痛み。

まず骨の奥から響く低い音、

その後に背中から胸へと走る焼けるような感覚。


それでもジェイは立ち上がる。

立つべきだと、体が勝手に決めていた。


荒い息が夜の冷気に混ざり、

白い蒸気となって揺れ、

灰が雪のように彼の肩へ落ちていった。


—はぁ…はは…アニメならさ、ここで隠された力が目覚めるんだろ?—ジェイは血を拭いながら呟く

—残念だけど…俺にはそんな都合のいいもん、無いんだよな—


彼は拳を構え直す。

手は震え、足も重い。


しかし、

その瞳だけはまだ燃えていた。

炎のようにゆらめく赤。


影は滑るように近づいてくる。

音もなく、迷いもなく、

まるでこの世界に溶けているかのような足取りで。


ジェイは一歩前へ。

地面が彼を引き止めるように重く、

体の中の何かが軋んでいた。


「退け。」

「無理だ。」

「それでも、倒れるな。」


心の声が混ざり合う。


最後の火花が胸の奥で弾け、

ジェイは叫びながら突進した。


拳に火が灯り、

蹴りが夜風を切り裂く。

全ての一撃に「まだ終わらない」という意志を込めて。


影がわずかに後退する。

その隙は小さく、すぐ閉じる。

だが、確かに押し返した。


影は静かに立ち直り、

何事もなかったように一歩踏み出す。


ジェイは息を吸い込み、視界の端が揺れるのを感じた。

赤い瞳の光は、消えそうな炎のように瞬いた。


—さぁ…—ジェイは苦笑を浮かべる

—もう一度やろうぜ、化け物。俺が立ってる限り…お前には負けねぇよ—


夜はさらに深まり、

森の空気は二人を囲むように張り詰めていた。


まるで大地そのものが、

どちらが先に倒れるのかを見届けようとしているように。


戦いはもはや「戦闘」ではなかった。

それは嵐だった。

火と影、息と虚無──

倒れぬ人間と、倒れることを知らぬ怪物の衝突だった。


ぶつかる度に土が舞い、

拳が交わる度に森の闇が一瞬明るくなり、

そして一秒ごとに、ジェイ・ベイカーの魂が削られていくようだった。


大地はひどく壊れていた。

ひび割れ、抉れた土、まっ二つに折れた木々、

影の魔が残した黒い傷跡。

空気は重く、熱く、どこか壊れかけていた。

血と煙の匂いが混じり、夜の冷気がひどく冷たく感じられる。


ジェイの呼吸は荒く、

胸は古いふいごのように上下し、

吸うたびに鋭い痛みが走った。


腕は震え、

足は軋み、

そして炎も、風前の灯のように消えかけていた。


対する影は、ゆっくりと歩いた。

白い光のような目が闇に浮かび、

獲物が逃げられない瞬間を楽しむ獣のようにジェイを見つめていた。


その口から、ひずんだ笑い声が漏れる。

凍えるような、耳を刺すような、不気味な笑いだった。


ジェイは歯を噛みしめ──

そして進んだ。

後ろへ下がる事は、すなわち「死」。

ただそれだけの理由で。


魂が裂けるような叫びをあげ、

全力で影へ走る。

それは怒りでも、勇気でもなかった。

ただ「倒れたくない」という、

人間らしい狂気にも似た意志だった。


影はその動きに応え、

煙のような速さで揺れた。

真っ黒な爪が空気を裂き、

雷のようにジェイへ向かった。


ジェイは腕で防ごうとしたが、

衝撃は彼を木へ叩きつけた。


木は紙のように割れ、

ジェイは破片と土の中に埋もれた。


血が額から流れ、

汗に混じって頬を伝う。


—ちっ… —ジェイが血を吐きながら立ち上がる—

別に…ヒーローでもねぇのに…なんでこんな事してんだよ…


足が震える。

肺が焼けるように痛む。

世界が左右に揺れる。


影は音もなく現れた。

走らず、跳ねず、ただ「そこにいた」。

まるで最初からその位置にいたかのように。


黒い腕が上がる。

爪が伸びる。

それは人間を殺すための、迷いのない一撃だった。


ジェイはかろうじて顔を上げた。

ほとんど光を失った瞳に、

わずかな火が揺れた。


とても弱く、

とても儚い。

それでも──たしかにそこにあった。


—まだだ… —ジェイが低くつぶやく—

まだ…終わらねぇ…


影の腕が振り下ろされる。

空気を裂く音が、悲鳴のように森に響いた。


そして──


ジェイは一歩踏み出した。


不自然な一歩。

見たことのない姿勢。

まるで誰か別の戦士の動きを写したような、奇妙な重心移動。


その一歩は「彼のものではなかった」。

だが、どこか懐かしく、

血の奥に眠っていた技のように自然だった。


影の一撃はジェイの頬をかすめ、

髪を切り裂き、

背後の地面を深くえぐった。


ジェイは息を吐き──

そして言った。


—パソ・デ・ジャグアル—


その言葉が夜に落ちた瞬間、

世界が一秒だけ止まった。


未知の動き。

驚く影。

満身創痍でも倒れない人間。



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