第2.12章 - 独立の衣装
小さな説明:ここで言うアメリカとはアメリカ合衆国のことではなく、アメリカ大陸全体の独立戦争のことを指します。2人の人物に触発されています。1人は「エル・ソロ」、もう1人はアメリカ大陸の独立の父、シモン・ボリバルです。
ありがとう
ダルの屋敷の中、静かな夜の気配がしみ込むように広がる食堂では、
長い木のテーブルの上を月の光と灯火がやわらかく照らしていた。
その淡い光は、まるで水面に揺れる星のようにきらめき、温かい空気を作り出していた。
テーブルには三人が座っていた。
ダル・エイッカー、そして向かい合うように座るジェイ・ベイカー。
そしてジェイの隣には、銀色の毛並みと狼の耳、ふわりと揺れる尾を持つ少女、ネコティナが静かに座っていた。
その中で一人だけ落ち着きがなかったのはジェイだった。
彼は食事を、まるで生きるために急いでいるかのような勢いで食べ続けていた。
炎の次元では腹が減らなかったはずなのに、味という感覚が恋しくて仕方がなかったのだ。
だからこそ、今は一口一口を全身で楽しむように食べていた。
—お前、何年も食べてなかった人みたいに食ってるぞ— とダルが笑いながらいう。
ジェイはほおばったまま顔を上げ、のんきに答えた。
—実は二年—
ダルは目を大きく開き、スプーンを落としそうになった。
—どういう意味だ、それ— と身を乗り出すダル。
ジェイは面倒くさそうに肩を落とした。
—炎の次元では二年たって、ここでは二日しかたってないってことだ。もう質問すんな、説明だるい—
ダルは数秒黙り、それから手を叩きながら納得したようにうなずいた。
—なるほどな。異世界主人公の力を正当化するための、よくある強化イベントってわけだな。分かるぞ、うんうん—
食べ続けながらジェイはスプーンでダルを指さし、
—その通りだ、兄さん— と言った。
ネコティナは静かに彼らを見ていた。
彼女の銀の瞳はいつも通り穏やかで、ただジェイが無事に帰ってきたことを喜んでいるようだった。
その視線は暖かく、そして少しだけ安心がにじんでいた。
ダルはふとネコティナを見て、指を鳴らした。
—ああそうだ、ネコティナはネコティナじゃない。ずっと間違えてた。本当はネコティナだ—
ジェイはパンをのどに詰まらせ、目を丸くした。
—なんで今までおしえてくれなかったの— と口の中にまだ食べ物を入れたまま聞く。
ネコティナは肩をちいさく上げ、
「別に気にしてなかった」とでも言いたげに表情をゆるめた。
食事を終えたジェイは椅子にもたれながら尋ねた。
—で、この二年間何してた?まあここでは二日だけど—
ダルは腕を組んでうなずいた。
—そうだな。この二日でネコティナのオーブ容量を増やした。サソリの心臓をもっと使えるようにな。それと今、心臓をはめる腕輪を作ってる—
ジェイは横を見る。
ネコティナはほんの少し誇らしげに背筋を伸ばした。
ジェイは笑い、彼女の二つの狼耳のあいだを優しくなでた。
その瞬間、ネコティナの頬は真っ赤に染まり、尾がふわふわと揺れた。
そこへ、銀髪でとがった耳をもつ侍女が静かに歩み寄り、深々と頭を下げた。
—ジェイ様。ご用意していた服が仕上がりました—
「ジェイ様」。
その言葉に、ジェイはなぜか胸の奥が少し温かくなった。
—分かった、オレの部屋に置いといて。あとで見に行く—
侍女が下がると、ジェイは勢いよく立ち上がり胸を張った。
—さてと。二人とも、オレの新しい服を楽しみにしてろよ—
食堂の灯りが彼の背中を照らし、影が長くのびてゆく。
静かな夜に、三人の時間が静かに流れていった。
ダルの屋敷の階段を上がるたび、ひびく足音が静かな夜にしみこんでいく。
廊下には月のかけらを閉じこめたような水晶ランプがならび、ほのかな光がゆれるたび Jay の影がゆらりと揺れた。
火の世界で二年を生きのびた彼を、屋敷はまるで古い友人のようにあたたかく迎えていた。
Jay は自分の部屋の前に立ち、ゆっくりとドアを開けた。
その軽い音でさえ、懐かしい帰還のあいさつのように聞こえた。
そして目に入った。
ベッドの上に――それはあった。
Jay が注文した装い。
いや、想像をこえるほどの仕上がり。
彼はゆっくり近づき、そっと息をのむ。
黒い長いコート。
二列の金ボタンは、小さな太陽のように光を返し、上品で力強い存在感を放っていた。
高いえりは軍服のようにきびしく、そして気高い。
肩から流れる黒いマントは、まるで闇そのものが形になったようで、静かに波うちながら Jay を見つめ返していた。
黒のズボンは夜空のように深く、足元には重厚な黒のブーツ。
まるでどんな地獄でも踏みこえられるような力強さがあった。
その横に置かれた白い手ぶくろは、雪のように清らかで、どこか秘密めいた響きをまとう。
そしてベッドの端には黒いサングラスが、星明かりを受けて小さく光っていた。
Jay はそっと服に触れながらつぶやいた。
—すごい…—
驚きと誇りがまざった声だった。
一つ一つ身につけていくたび、まるでその服が Jay の物語を受け入れ、形作っていくようだった。
しかし、コートを整えたところで、Jay の表情がふっと固まった。
—でもこれ…白じゃなくて黒だろ!!—
部屋に Jay の叫びがひびきわたり、ランプの光さえ震えるほどだった。
鏡の前に立ちながら、彼は心の中でぼそりと思った。
アイツ…ダルのやつ…やっぱり自分の色にそろえやがった。
肩を落としながらも、ふっと笑ってしまう。
結局、黒が似合っている自分が悔しいほどわかったからだ。
Jay は鏡の中の自分を見つめる。
そこに映るのは、この世界に来たばかりの少年ではなかった。
黒いコートはまるで長い旅を共にする相棒のように体に寄りそい、金ボタンは静かな誓いのように光っていた。
—黒マントと黒コートって、よくあるんだけどさ…これは反則だろ…かっこよすぎる…—
ふと視線をベッドに戻すと、彼の目が見ひらかれた。
—あれも…作ったのか…?—
そこにあったのは一つの帽子。
カウボーイのような形だが、Jay には南米の草原を思い出させる“平原の男”の香りがした。
二つの金ボタンが夜の光を受けて、やわらかく輝いている。
となりには黒いバンダナ。
Jay は帽子を手にとり、しばらく見つめたあと、頭にはかぶらず首にしっかり結び、背中に流れるように下げた。
バンダナは何気なくズボンのポケットへ。
深呼吸し、コートの前を軽く引きしめる。
影が長く伸び、マントが静かにゆれる。
—これで…このクソみたいな世界でも戦えるな—
その声は小さかったが、強く、揺るぎなかった。
まるで夜風が屋敷の窓をたたき、Jay の決意にこたえたかのように音をたてた。
こうして――
旅人は再びこの世界に立つ覚悟をととのえた。
ジャイは深く息を吸い込み、新しい服がまるで生まれた時から彼のために作られていたかのように身体へ馴染んでいくのを感じた。
鏡の前で高いえりを整え、黒いマントを肩から自然に流し、最後に机の上に置かれた黒いサングラスへ目を落とした。
—このサングラス… やっぱりしっくりこない。ここに置いていこう。この世界には合わない—
そう静かに言い、そっと机の上へ戻した。
部屋の扉を開けると、マントがふわりと風をすべらせる。
ダルの屋敷の階段を降りる足音は、どこか戦場へ帰る兵士のような、誇りと疲れを混ぜた響きをもっていた。
リビングへ足を踏み入れると、そこにはダルとネコティナが並んで座っていた。
ジャイは部屋のど真ん中で立ち止まり、堂々たるポーズを取るが……
ふたりは一瞬見ただけで、すぐに視線を外して無視した。
ジャイはわざと大きく咳ばらいをした。
するとダルがちらりと見て言う。
—何を言ってほしい? カッコいいって? まあ、カッコいいけどな。でも黒マントと黒服なんて、めちゃくちゃありがちな格好だぞ—
ジャイはため息をつき、ゆっくりと中指を立てた。
—クソ野郎。おまえ、メイドさんに黒で作れって言っただろ。オレは別の色を頼んだんだ—
ダルは笑いながら肩をすくめる。
—いやいや、おまえがマントほしいって言ったから、オレが色を良くしただけだって—
ジャイは完全に無視し、ネコティナへ向き直った。
ネコティナはじっと彼を見て、銀色の目を細める。
—ティナ、どう? 似合う?—
ネコティナは首を少しかしげて言う。
—その服… どこからきたの?—
ジャイは胸を張り、マントを揺らしながら答える。
—オレの元の世界のデザインだ。アメリカの独立戦争の軍服をイメージしてる—
ダルが帽子を指さす。
—じゃあ、その帽子は何だ?—
ジャイはニヤリと笑った。
—さあな。多分 “怪傑ゾロ” になりたかったんだよ—
ダルは呆れた顔で言う。
—それなのに白が良かったって?—
ジャイは手を広げて言う。
—白だったら “もう一人のオレ” みたいな感じで良かったんだよ—
そして腰に「ダマスコス」を固定し、マントを整えながら言った。
—よし、準備完了—
ダルは眉を上げて言う。
—何の準備だよ—
ジャイは素で驚いた顔。
—え? 魔獣を狩って金を稼ぐんじゃないのか?—
ダルはため息をついた。
—オレ、金あるって言ったよな?—
ジャイはもう一度、中指を突き立てた。
ダルは笑いながら言う。
—じゃあ “邪気の精霊” を狩りに行くか。来る?—
ジャイは目を細めた。
—オレたちだけで? 場所はわかるのか?—
ダルは首を振る。
—いや。でも外を回れば “ミアズマ” が見えるだろうし、魔獣の群れが変な所にいたら、そこがヤツの仕業だ—
ジャイは確認するように言う。
—どういう意味だ?—
ダルは少し真面目な声になって答えた。
—“アギトの精霊” は混乱が大好きなんだ。だからそう呼ばれてる。ときどき魔獣を村や町へ送りこんで、人を殺すんだ—
その言葉を聞いた瞬間、
ネコティナの銀のしっぽがピンッと逆立った。
彼女の目には怒りが浮かび、爪が軽く震えていた。
ジャイは心の中でつぶやく。
あの村のこと… まだ忘れてないんだな。
そして口に出して言った。
—よし、やるよ。復讐のために。ヤツを倒したら金は出るんだろ?—
ダルは頷きながら言った。
—ああ、王との面会もあるぞ—
ジャイの心の中で何かが弾けた。
王と会う → 報酬 → 金 → メイドさんいっぱい
顔が輝き、拳を握りしめて叫ぶ。
—よし決まりだ! あのクソ野郎をぶっ殺す!—
マントが広がり、ジャイの影が長く伸びる。
その影はまるで、新たな運命が静かに歩き出す合図のようだった。




