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第2.7章 - 0日目

雲が地平線まで広がり、どこまで見ても白い海のように揺れていた。

その果てのない空の上に、草に覆われた小さな島がぽつりと浮かんでいる。

まるで雲の海に流される小舟のように、六メートルにも満たない緑の平地。

そこには二つの影が向かい合って立っていた。


一人は地球人の少年、ジェイ・ベイカー。

もう一つは炎をまとったジャガー――火のエレメンタル。


二人は長い沈黙の中で、互いの目を見つめていた。

雲の上を渡る風が、ジェイのシャツを揺らし、ジャガーの火を軽くなでる。


やがて、ジェイが口を開いた。


—なあ、ところで……どんな訓練をするんだ?—


ジャガーはあくびをしながら、だるそうに言う。


—まあ、ふつうに考えて…訓練らしいことをするだけだよ、サル—


あまりにも説明になっていない答えに、ジェイは肩を落とした。


—……意味わかんねぇよ、それ—

と小声でつぶやきつつ、別の質問を投げる。


—なあ、お前以外にもエレメンタルっているんだよな?—


ジャガーはしっぽを火花のように揺らしながら答える。


—いるよ。ぜんぶで五体。土、風、水、光…そしてオレ、火だ。—


ジェイは目を丸くした。


—五体か……じゃあ、光がいるなら闇のエレメンタルもいるだろ? ふつう—


好奇心いっぱいで聞いたその質問に、ジャガーは耳をピクッと動かし、顔をそむけた。


—あー、もううるさい。質問ばっかり。こたえない。—


まるで子どもがふてくされるようにそっぽを向く。


ジェイはむっとしながら腕を組んだ。


—なんだよそれ。こっちは不安なんだよ……—


そう言った瞬間、奇妙な光がジャガーの頭上に現れた。


燃える輪。

火の輪がジャガーの頭の上に浮かび、ふわりと回転していた。

黄金のような光が赤い炎と混ざり、空の夕焼けに溶けていく。


ジェイは思わず一歩下がった。


—え、なにそれ……なんか天使みたいになってるぞ?—


ジャガーは面倒そうに肩をすくめた。


—本来はいつも出てるんだよ。でも隠してただけ。今日はもう…めんどくさいから隠さないだけ。—


—いや、めんどくさくて正体出してるのお前くらいだよ……—

とジェイが半分あきれた声で言うと、突然ジャガーの炎が強くゆらめいた。


—もう話は終わり! お前の訓練を今から始める!—


雲の海がその声に震える。


ジャガーの目が真剣に光り、空気が一瞬で熱を帯びた。


—そして最後にもう一度言う……—


炎が一気に吹き上がった。


—シャツを脱げ!!—


その叫びは空中に反響し、遠くの雲まで揺らした。


ジェイは飛び上がるほど驚いた。


—はあ!? なんで訓練が上半身裸から始まるんだよ!? 意味わかんねぇ!—


ジャガーは即答した。


—オレがそう言ったからだ! 火の訓練はそういうものなんだよ、サル! はやく脱げ!—


ジェイは頭を抱えながら叫ぶ。


—くそぉぉぉ!! 絶対まともな訓練じゃねえ!!—


夕焼けの空の下、風は穏やかで、雲はどこまでも優しく広がっているのに……

彼の未来だけは、とてつもなく厳しい予感しかしなかった。


こうして、ジェイ・ベイカーにとって人生最大の地獄――いや、修行が始まった。

望んだわけでもなく、期待したわけでもなく、ただ巻き込まれただけの運命。


それでも、この日から彼の物語は確かに前へ進み始めるのだった。


雲が地平線まで広がり、永遠に夕暮れが続くようなその世界。

わずか六メートルにも満たない草の小島の上で、ひとりの人間――ジェイ・ベイカーと、炎をまとった一頭のジャガーが向かい合っていた。


沈黙が流れ、どちらが先に口を開くのかを探るように視線だけが交差する。

最初にその静けさを破ったのはジェイだった。


―ところで…その、トレーニングって何をするんだ?―

ジェイは半ばあきれた声で聞いた。


炎のジャガーは大きくあくびをし、まるで眠そうに尻尾を揺らした。


―まあ、ふつうの生き物がする事をやるだけだよ―

と、気のない声で答えた。


ジェイはまったく理解していなかったが、深く考えるのをやめた。

代わりに別の質問をする。


―なあ、お前以外にもエレメンタルはいるんだよな?―


ジャガーはめんどうくさそうにまぶたを下げて答える。


―ああ。全部で五つ。土、風、水、そして光…いや、私を入れて火だな―


ジェイはその言葉に興味を持ち、もう一つ質問を投げた。


―光があるなら、闇のエレメンタルとかいないのか?―


するとジャガーは子どものようにイラついた声で返す。


―うるさいな、質問ばかりするなよ。もう答えないぞ―


その時、ジャガーの頭の上に炎の輪がふっと浮かんだ。

まるで炎の天使のような姿。


ジェイは目を丸くする。


―お、おい、それ何だよ? 天使みたいになってるぞ―


―本来はいつも出ているが、隠すのがめんどうでな。まあ気にするな。それより…話は終わりだ。トレーニング開始だ。最後にもう一度言うぞ…シャツを脱げ!―


ジェイは観念し、大きく息を吐きながらシャツを脱ぐ。


―よし、これで満足だろ…? で、次は何だよ?―


ジャガーはようやく満足したようにうなずくと、


―これから六ヶ月、お前は速度と体力を鍛える―

と告げた。


ジェイの魂が空へ飛んでいきそうになる。


―ろ、六ヶ月!? 半年まるごとそれだけ!?―

と叫ぶ。


ジャガーは得意げに胸を張る。


―当たり前だ。私は火のジャガーだ。光も少し扱えるからな―


ジェイは顔をしかめて叫んだ。


―光を扱う!? それって光のエレメンタルの仕事じゃないのか!?―


ジャガーは首をかしげ、


―あれ? 私そんな事言ったか? 違う違う。光のエレメンタル…本当は“エネルギーのエレメンタル”だ。言い方をまちがえた―


ジェイの混乱は深まる。


―エネルギー? じゃあ何してるんだそいつは?―


ジャガーはしっぽで地面をポンと叩き、


―エネルギーに関わる全部だ。雷とか。もちろん光もあるが、それは私と力を合わせた時だけだ。星が熱と光を出す理由、知らないのか?―


ジェイは皮肉っぽく返す。


―いや、星って核融合のせいだろ? まだ火と速度の関係もわからないし。お前、ジャガーだけど速くないよな? 速いのはチーターじゃないのか?―


その瞬間、ジャガーの耳がぴくりと動き、激しく吠えた。


―おい子ども! いいから私に従え! さもなくばお前を恐竜みたいに絶滅させるぞ!―


ジェイは飛びのく。


―は!? なんで恐竜!? 火と速度と光とエネルギー…全部話ぐちゃぐちゃだろ! 穴だらけだぞ!―

と、両手を広げて叫ぶ。


ジャガーは完全にキレた。


炎がその体から一気に立ちのぼり、


―もういい! トレーニング開始だ!!―

と、大地を震わせるような声で叫んだ。


草原が波打ち、夕焼け色の空が一瞬だけ深紅に染まる。


ジェイは背筋をのばし、息をのみながら思う。


(……帰りてぇ。メイド服のエルフと猫耳のメイドに囲まれて生活したい……)


こうして、彼が望んでもいない地獄の修行が幕を開けた。


雲の大地がゆっくりと形を変えた。

最初はふわふわの白い雲だったが、すぐに平らになり、まるで磨かれた石の床のように光を反射した。その白い床が波のようにゆらぎ、いくつもの島――雲のプラットフォームや橋へと姿を変えていく。

足元のずっと下では、赤いマグマがゆらゆらと燃え、熱気が空気をゆがませていた。


ジェイは思わず息をのむ。


—じゃあ…何をすればいいんだ?— とジェイが言うと、

炎のジャガーは巨大化し、五階建てのビルほどの大きさになった。


—走れ。お前の魂を焼きたくなければな。—

ジャガーの声は低く、地響きのように広がった。

—良いほうに考えろ。六か月なんて我らにとっては一瞬だ。お前は老いない、腹もすかない、のども乾かない。あるのは精神の疲れと筋肉の痛みだけだ。お前の魂なら、できる。—


ジャガーが吠えた瞬間、空が大きく震え、前方に長い走路が出現した。雲で作られた道はところどころ途切れ、狭い橋や高低差のある島々をつないでいる。


—ちょ、ちょっと待て!—

—始めるぞ、人間!—


—チクショウ!!—

ジェイは叫び、走り出した。


◆ 第一日目の地獄の訓練


最初の足場に飛び乗った瞬間、ジェイは違和感を覚えた。

地面が…滑る。

まるで氷のように足がすべり、力を入れすぎると逆にバランスを失う。ジェイは足の裏でそっと「なでる」ように地面を蹴り、前へ飛び出した。


次に待っていたのは、空中に浮かぶ石の板。

一枚一枚の間には数メートルの隙間があり、下にはマグマ。

跳ぶしかない。


ジェイは息を吸い、体を前へ投げた。

空中にいる時間が長いほど、下から来る熱気が肌を刺す。

着地の瞬間、膝が痛む。だが止まらない。


そのあと現れたのは透明のガラス橋。

下が丸見えで、足がすくみそうになる。


—止まるな。—

ジャガーの声が背後から響く。


ジェイは前方の一点――ジャガーの赤い目を目印にし、ガラスを駆け抜けた。


雲の柱が突然せり上がり、炎の壁が左右に吹き上がる。

足場は回転し、ゆれる。

ジェイは息を合わせ、タイミングを読んだ。炎の“間”を見つけ、その一瞬に飛び込む。足裏が焦げるような熱が走る。


—クッ…!—


壁にぶつかりそうになりながらも、体をひねって前へ跳ぶ。

うまくいかない動きも多い。

何度も足を滑らせ、何度も落ちかけた。

そのたびに地面ぎりぎりで風が巻き、足場が現れ、ジャガーの尾が炎の弧を描いた。


—悪くないぞ、人間。—

ジャガーが低くつぶやいた。


ジェイは息を切らし、汗で服が重くなる。

足は痛み、手には擦り傷。

だが、何度も繰り返すうちに、少しずつ動きが変わっていった。


呼吸はゆっくりと一定になり、

ステップのリズムがそろい、

ジャンプの角度が安定し始めた。


五回目の試走で、ジェイはついに“流れ”をつかんだ。

炎の柱を横目に、体をひねり、連続で二枚の足場を飛び越える。


—ほう…やるじゃないか。—

ジャガーが目を細め、炎がわずかに揺れた。


訓練は一度では終わらない。

倒れても、息が上がっても、痛みで震えても――

ジャガーはただ言う。


—立て。走れ。まだだ。—


ジェイは服をちぎり、即席の包帯で足を巻いた。

痛む脚をかばいながらも、また走る。

星空は時間とともに色を変え、空気が重くなったり軽くなったりする。


長い長い一日の終わり、

ジェイは雲の草の上に倒れ込み、ぜぇぜぇと息を吐いた。


—ふん…すこし成長したな。—

ジャガーが静かに言う。

—これはまだ初日だぞ。明日はもっと早く始める。—


—マジかよ…死ぬ…—

ジェイはそう言いながらも、どこか満足そうに笑った。


炎の空の下、ゆっくりとまぶたが重くなり、

ジェイは深い眠りに落ちていった。


第十日目の訓練が始まっていた。

空の果てまで雲が広がり、永遠の夕暮れが世界を染める中、ジェイはようやくほんのわずかな成長を感じ始めていた。わずかだが、確かに前より身体が動く。胸の奥に、小さな火種のような力が灯っていた。


五日目のある会話が、ふと脳裏をよぎる。


――見れば分かるだろう、人間のお前の魂は普通とは違う。

あの新しい世界の人間とも違う。例えるなら…私たちは“大人”。そしてお前は“胎児”だ。


その時ジェイは、侮辱なのか警告なのかも分からず、ただ混乱していた。


今、十日目の空中訓練場。

雲は滑らかな平面に変わり、次の瞬間には宙を渡る足場や揺れる橋へと姿を変える。

その下には、真紅のマグマが煮え立ち、絶えず炎柱が噴き上がっていた。


ジェイは全力で走り、跳び、転がり、迫りくる火柱や崩れる足場を避け続ける。


だが、失敗すればすぐに死の痛みが襲う。


焼ける熱。

砕ける衝撃。

全身を裂くような痛み。


それでも死なないのは――


――お前の魂、まだ壊れんよ。


巨大な炎のジャガーが咆哮すると、ジェイの周囲に炎の輪が展開され、まるで時間を巻き戻すように傷が消えていく。


ジェイは息を荒げながら叫んだ。


――なあ、これって回復魔法の炎バージョンか?

(ジェイ・息を切らしながら)


――違うな。いや、人間から見れば“魔法”だろうが…私たちにとってはただの力だ。

(ジャガー・欠伸しながら気だるそうに)


炎のジャガーは、のそりと歩きながら説明を続ける。


――あの世界の魔法とは別物だ。人間が使う“オーブ”も関係ない。魂が“元素”なら、我らの力は制限されない。制限するのは身体と心だけだ。


ジェイは飛び移った足場が崩れかけ、思わず声を上げた。


――ちょっ…危ねぇだろこれ!!


だがジャガーは淡々と言葉を続ける。


――お前は“生命の魂”を持つ。元素そのものではないが、存在そのものを体現する魂だ。母が創った最初の生き物。最初の人間でもあり、最初の魚、最初の恐竜、最初の細菌でもある。


ジェイは信じられない表情で振り返った。


――はあ!?どういう意味だよそれ!!


――死ぬたびに魂が別の身体に入る。普通の生命のように魂が作り直されることはない。魂だけは完全なまま残り続ける。しかし身体と精神は違う。…例えるなら、古いコントローラーに原子電池を入れたようなものだ。電池は永遠でも、本体は先に壊れる。


ジェイは足を滑らせながら怒鳴った。


――例えが下手すぎる!!全然意味わかんねぇよ!!


炎のジャガーは低く唸り、目を細める。


――黙って走れ、人間。


次の瞬間、巨大な炎の爪がジェイの背後を切り裂いた。


――うおおおおおおお!?(ジェイ・全力疾走)


そして、空に浮かぶ訓練場にはジェイの悲鳴とジャガーの咆哮がこだました。


永遠の夕暮れの中、十日目の訓練はまだ終わらない。

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